ESSAY

 《思い出の監督達》 (2) 小沼勝監督の執拗な演出

 1983年5月頭、三浦朗さんから事務所に電話。
 大作「ブルーレイン大阪」の主演女優さんが東映出身ということで、5社協定で突然降板。急きょ主演女優探ししてるとのこと。
 面接は調布の日活撮影所。(あの石原裕次郎が撮影したとこに行きたい!)
 「監督が気に入らなきゃ選ばれないんでしょ?」
 マネージャー曰く「そりゃあ、そうだよ」
 選ばれるわけない、けれど日活撮影所には行ってみたい。
 撮影所の食堂で台本渡されて「読んでみてください」と。
 読んでもメロドラマというだけで、たいして普通の台本と変わらない。
 監督と対面。カメラテストしたいということで、下着になり撮影。
 今思えば、裸を見せるのが当たり前なのに、気遣い?!
 運命が変わった! なぜか気に入られてしまった。
 女優探してる時間も無かったのか?…。
 もう泣いて駄々こねる年では無い。断る理由がない…オーディション受けたんだから…開き直って頑張るしかない。
 すぐ翌日から撮影所の大江戸で本読みとリハーサルとポスター撮影が待っていた。
 立って本読みしてると、監督の挙動不審な行動。
 私の顔を360度、頭の上から顎の下から舐めるように観察している。気味悪いくらいに…。
 「動くな! 君の一番美しいとこ探してるんだから」
 その日帰りが用事で夜遅く帰った。と、翌日監督から電話が。
 「遅くまで何してる!俺の作品に入ったら、君は俺のものなんだから」
 ビックリ! でも、映画が初めての人間はこんなものかと…。
 すぐに撮影は始まった。大阪ロケから。ロケバスでは監督の隣に座るよう命じられる。食事する時も一緒。自分の顔を観察するよう、いつも手鏡で顔を見てるよう言われ、私はただ言われるとおり見てたっけ。
 毎晩撮影に疲れ果てて、宿に帰ると翌日のリハーサルが待ってる。
 睡眠時間3、4時間ほど。最初に撮った顔と最後のほうでは痩せて顔付きが違う。それはアフレコした時に思った。
 16日間の撮影、最後はにっかつ撮影所のセット。朝方終了。午後からすぐアフレコ。撮影所で仮眠するのは休まらない。
 いったん家にもどり、3時間ほど寝てアフレコ。
 今思えば、過酷な撮影現場だったのかも。
 小沼監督とは個人的に山登りしたり、結婚式に出てくれたり(この時の相手役・広瀬昌助と結婚)、自宅に招待してくれてスタッフや俳優達に手料理を振舞ってくれたりと個人的なお付き合いをさせていただいた。
 今日の私があるのは、主役をやらせて頂き、演技指導含め、強烈な演出で同じ釜の飯の美味しさを味あわせてくれた小沼監督のお陰だと思っている。

    
 小沼監督・広瀬昌助と奥多摩山へ登山

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 (1) 浦山桐郎監督との酒談義

 (3) 西村昭五郎監督は飲み友達

 (4) 神代辰巳監督の濡れた欲情

 (5) 下駄男!? 相米慎二監督

 (6) 細越さんが縁結びの伊丹十三監督

 〜あとがき〜
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