ヘンデル没後250年記念 オラトリオ メサイア コンサート」ご報告
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豊田 正治
去る3月29日(日)、西宮北口の兵庫県立芸術文化センターに於いて,、ヘンデルの「オラトリオ メサイア」全曲演奏会が開催されました。
今年はヘンデル没後250年にあたるため、年初から日本中でメサイアの演奏会が開かれています。復活祭の4月12日を迎える大切な時期にメサイアを歌うことが出来たのは大きな喜びです。
「メサイアを歌い続ける会」について
「メサイアを歌い続ける会」はKCGHクワイアのOB・OG有志を中心とした合唱団です。1950年に故長井齊先生のご尽力により関西学院高等部(KGH)グリークラブと神戸女学院高等学部(KCH)コーラス部により結成され、毎年「メサイア」を歌い続けていましたが、1999年の第50回コンサートをもって休止していました。
それから数年を経て、メサイアを歌い続けたいというOB・OGから「メサイア アゲイン」の声が湧き上り、2006年7月、KGH・OBの大阪音大名誉教授 松尾昌美氏を指揮者に迎え、「長井斉先生没後20年記念メサイアコンサート」が神戸で開かれました。
それをきっかけとして、KCGHクワイア有志を母体としながら、両校の同窓のみならず、広く地域のメサイア愛好家にも呼びかけが始まり、「メサイアを歌い続ける会」として2007年10月に兵庫県立芸術文化センターに於いて、第1回「メサイア全曲コンサート」を開きました。
メサイア AGAIN 2009演奏会について
このたびの公演は常任指揮者松尾昌美先生のもと、ソリストにはKCOGの金房儀子(SOP)氏をはじめ、福原寿美枝(ALT)・西垣俊朗(TEN)田中勉(BAS)の各氏で、人気・実力を兼ね備えた豪華なメンバーを迎えることが出来ました。
神戸でのコンサートの為に結成された特別編成の管弦楽団「コンセール・オルタンシア(紫陽花管弦楽団)」とは3回目の共演となり、いつもどおりの素晴らしい演奏で合唱団を引っ張ってくれました。
合唱団は最初の神戸公演では総数94名でしたが、その次の兵庫県立芸術文化センター公演では122名、そして今回は日を追って参加希望者が増え、総勢145名(SOP47・ALT45・TEN27・BAS26名)の大合唱団に成長しました。
一年半の練習・活動を振り返る
前回のメサイア公演からの1年半を振り返って見ると様々な事が思い出されます。早くから今回の公演日が決まり、それまでの練習をどのように運営するかは大きな問題でした。団員のモチベーションを維持しながら長期間練習を続けるという事は簡単なようで極めて難しい事です。
松尾先生をはじめ役員や運営委員の方々のご苦労もその辺にあつたのではと思います。
神戸栄光教会でのチャペルコンサート
先ず本公演の半年前に目標を置いて、昨年10月11日、チャペルコンサートを開きました。関西学院の創設者J.Wランバスが1886年(明治19年)に来日後すぐに始めた教会が元になり発展した「神戸栄光教会」でのチャペルコンサートは私たちKGOBにとり大変感慨深いものがありました。
1922年(大正11年)、当時の牧師日野原善輔氏(KGOB・同じくKG旧中OBの日野原重明氏の父上)の時に建てられたレンガ造りの教会は神戸山手の景観として神戸市民になじみの深い建築物でしたが、阪神淡路大震災で全壊しまた。教会関係者の懸命な努力の結果、10年後の2005年に旧教会の外観を残す形で再建されました。KGH5回生の清水康博氏は聖歌隊の指揮者として長年尽力され、震災後もテント張りの教会で毎年「メサイア」「クリスマス・オラトリオ」等の演奏会を開いていました。音楽の環境としては決して恵まれてはいませんでしたが、むしろ其れだけに聴くものに感動を与えてくれました。
チャペルコンサートの曲目はJ.G.ラインベルガー作曲の「レクイエム」、KGHOBの高山惇氏に編曲を委託した讃美歌8曲のメドレー「一日(ひとひ)の祈り」、「メサイア」よりの7曲でした。
特に讃美歌「一日の祈りは」練習日に必ず歌われる曲になっています。
関学千刈キャンプ場での合宿
昨年9月13・14日には松尾先生の提案により、新しいメンバーを迎えて合唱団の意思の統一と交流を図る為に、今回も関学千刈キャンプ場で前回と同様の合宿を行いました。
ステージを楽しむ
1年半にわたる練習は私達合唱団員にとっては、厳しくもまた楽しいものでした。いつもながらユーモアに溢れた松尾先生のレッスンは、楽しく歌うことの喜びを私達に与えて下さいました。
今回の演奏はいつも通り松尾マジックにのせられて、ソリスト・管弦楽団・合唱団が一体となり、それに呼応して下さった聴衆の方々の空気がステージに直に伝わった素晴らしい演奏会であったと思います。
満席の聴衆の歓声と拍手で終った瞬間の大きな達成感は何物にも代えがたい喜びです。
「期待した以上の演奏に惹きつけられ、3時間という時間を感じることなく楽しんだ」と多くの方々からうれしい言葉を頂きました。
前回までは、歌うことで精一杯。ステージで音楽を楽しむところまでは行かなかったのですが、今回は独唱と管弦楽を楽しみながら日頃の練習以上のものが出せたのではないかと思います。これも皆、松尾先生のお陰だと感謝しています。
コンサートを成功させる為には、出演者だけの力では不可能です。
長期間に亘り準備に多大の精力を注いでいただいた役員・運営委員の方々や演奏会当日のボランテア スタッフの方々に改めて感謝いたします。
過去3回の公演全てに聴衆として来て下さった方から「会場全体の雰囲気がとても温かく、他のコンサートには無い楽しい時間だった」と感想をいただいたのも嬉しい事です。
松尾先生からの講評
終演後のレセプションで松尾先生から講評をいただきました。
「今回の演奏は前回に比べて確実に進歩したと思います。
確かな手応えと共に、次回に向けての問題点もはっきりしているので、そこを修正していけば更に良い演奏会を目指せるでしょう。」
前回、2007年の公演は神戸での公演から1年が経過していましたが、その時に頂いた講評は
「1年前には後10年かければ何とか一人前のメサイアになるのでは、
と話しましたが、この1年で5年分の成長が見られました」
と言われました。
松尾先生の目指される「日本一のメサイア」と言われるレベルまで私達が成長出来るのか自信はありませんが、より高い目標を設定する事は平均年齢の高い我が合唱団には必要な事かもしれません。
来場者からの演奏会についての感想
今年も、大勢の方々から感想を頂いています。その一部を紹介します。
・前回に比較して大きくレベルアップした。
・字幕の対訳が大きく見易くなり、聴衆の理解が深まり、より一層メサイアのメッセージが伝わった。
・150名近い合唱団の迫力に圧倒された。
・ソリストの素晴らしさに聞きほれた。
・管弦楽・ソリスト・合唱団の一体感が素晴らしかつた。
・初めてのホールだが素晴しい設備と音響に感心した。
等々多くの言葉を頂きました。
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プログラムにメサイアの解説をいただきました水野驤鼕ヨ西学院大学神学部教授よりも演奏会の感想を頂いていますのでご紹介します。
「皆さんが《メサイア》を愛しておられるのが、演奏から伝わって来て,温かな気持になりました。皆さんの熱意と努力に、アマチュア合唱団の真実のあり方を、改めて見せていただいたように思います。」
私達にとって何よりの励ましの言葉を有難うございます。
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《メサイア》の伝える「真理」」について
プログラムにメサイアの解説を寄せて頂きました水野驤齔謳カ(関西学院大学神学部教授)のご諒承を得て転載させて頂きます。
水野先生は関西学院大学神学部昭和60年・神学部院昭和62年卒。
ヘブライ語言語学専攻、神学博士。旧約聖書を物語として読む観点からの研究をされています。在学時代は聖歌隊に在籍され、今も聖歌隊の指導にあたっておられます。日本キリスト教団出版局発行の「礼拝と音楽」に“賛美歌を読む―歌詞と曲(讃美歌21)”を連載。関西学院聖歌隊によるCD「いかに幸いな人〜『讃美歌21』の歌詞によるジュネーヴ詩編歌〜」が間もなく出版されます。 ----------------------------------------------------------------------------------------------------
水野驤黶i関西学院大学神学部教授)
ヘンデルの時代、《メサイア》の歌詞台本には必ず、次の言葉が印刷されてありました。
さらに偉大なことを、わたしたちは歌う (ウェルギリウス『牧歌』4)
信心の秘められた真理は確かに偉大です。すなわち、神は肉において現れ、“霊”において義とされ、天使たちに見られ、異邦人の間で宣べ伝えられ、世界中で信じられ、栄光のうちに上げられた。 (新約聖書テモテへの手紙一3章16節)
知恵と知識の宝はすべて、キリストの内に隠れています。
(新約聖書コロサイの信徒への手紙2章3節)
この言葉は、《メサイア》の「ねらい」を端的に表しています。つまり、「メシア」(ヘブライ語で「(特別な任務に就くために)油注がれた者」の意。ギリシア語では「キリスト」)であるイエスの生涯やその出来事を音楽によって表現するのではなく、「信心の秘められた真理」、つまり、イエス・キリストの生涯が持つ意味を歌い上げることが、《メサイア》の目的であるということです。
出来事そのものではなく、出来事に「秘められた真理」を描こうとする例は、イエスの受難と十字架刑を取り上げる箇所(第23026曲)に見られます。「受難曲」ではイエスが鞭打たれ、十字架上に刑死したという出来事を直接に語るために「福音書」(イエスの言行録)を主な歌詞としますが、これとは異なり、《メサイア》では「しもべの歌」と呼ばれるヘブライ語聖書の箇所(イザヤ書53章)が歌詞に選ばれています。
彼の受けた懲らしめによってわたしたちに平和が与えられ
彼の受けた傷によって、わたしたちはいやされた。(イザヤ書53章5節)
この「彼」をイエスのことであると解釈して、「贖罪の死」というキリスト教の教えが可能になります。《メサイア》は、出来事ではなく、その「解釈」の方を歌詞にするのです。台本を作成したチャールズ・ジェネンズは、The Book of Common Prayer(1662年)に基づいて、このような歌詞の選択を随所にしています。
そして、ヘンデルは、台本に盛り込まれたメシアの物語の意味を、当時の音楽語法を駆使して描き出すことに成功しています。さらに、語弊があるかもしれませんが、その音楽は誰にとっても楽しめるものです。《メサイア》は、西洋音楽史においてアマチュア合唱団のレパートリーとなった最初の曲の1つであり、その人気は今もなお衰えることはありませんが、それには音楽的な魅力が大きく寄与していると言えるでしょう。
しかし、キリスト教的な内容が表現されているだけなら、キリスト教徒の少ない日本においてこれほどに《メサイア》が演奏されることはないでしょう。「信心の真理」を伝えるというそのねらいを超えて、このオラトリオはもっと普遍的なメッセージを感じさせてくれるからこそ、《メサイア》は愛され続けているのだと思います。
「序曲」の厳粛さに身の引き締まる思いをし、優雅なアリアの旋律に「美」を感じ、「ハレルヤ・コーラス」の高揚感に身を浸し、気品溢れる「アーメン・フーガ」の力強さに触れるとき、私たちが日常生活の中で忘れかけている「真実なもの」を取り戻せるように感じます。そして、音楽的な感動をとおして、「人生は元来美しく、高貴なものだ」という「秘められた真理」、単純であって、しかも、誰もが聞きたいと思っていることを改めて実感できる。それこそ、《メサイア》の素晴らしさであり、ヘンデル没後250年を迎える今日まで《メサイア》が愛されている理由であると思うのです。
(聖書の引用は『新共同訳』によりましたが、台本に引用されているKing James Versionに合わせて、一部を変更しました。)
| ------------------------------- 「メサイア紀行」について -------------------------------- |
| プログラムに掲載されました「メサイア紀行」を執筆者の善積俊夫氏のご好意により転載させて頂きます。同氏は関西学院中学部5回生、高等部9回生、経済学部昭和36年卒。ヤマハ(株)を経て(財)ヤマハ音楽振興会で音楽普及活動に従事。平成7年より(社)日本クラッシク音楽事業協会常務理事としてクラッシク音楽の普及活動を行っています。その他、International Arts Management Association 理事、大阪室内樂コンクール・仙台国際音楽コンクールの運営委員等。合唱団コール・メサイア指揮者。 |
メサイア紀行 〜 ヘンデル博物館を訪ねて 〜 |
| メサイアを歌い続ける会 善積俊夫 |
ロンドンに音楽関係の国際会議に出かけた時、ヘンデル博物館が公開されていることを知り訪ねた。ヘンデルがメサイアをわずか24日間で書き上げた部屋は、大切に保存されており、小さなテーブルとハープシコードのある小部屋だった。ここで天からの啓示を受け、熱に魘されたように、殆ど食事も取らない日もあった位に創作に集中したのかと思うと感慨も一入だった。
次に、ロンドンのイギリス王立博物館にメサイアの初稿が保存されていることを知っていたので、会議のフリーの時間に博物館を訪ねた。音楽の資料室の受付では、大柄の黒人が入室する人々の荷物の検査をしていた。なんとなく怖そうな人なので恐る恐る荷物を見せると、私の鞄の中にオイレンブルグのメサイアのスコアを見つけ、ニッコリ笑って「私も歌っている」と言って握手を求められた。英国でいかにメサイアが愛されているか、その一端を見るような気がした。通訳と案内に一役かってくれた西宮出身のピアニストが、博物館の専門委員にメサイアの原譜の閲覧を求めてくれたが、国宝級の資料であり一見の訪問者には見せることが出来ないと言われ落胆していると、なぜそんなに見たいのかと問われた。高校時代からメサイアを歌っていること、メサイアのアマチュア合唱団を指導していることなどを話すと、30分待てば原譜をフィルムで見られるよう手配すると言われた。時間があまりなかったが一目でも見たいと思い待つこと30分、とうとうフィルムをセットして見ることが出来た。その間同道してくれたピアニストがいろいろ調べてくれると、そのフィルムのコピーを購入出来ることがわかったので、すぐに申し込んだところ、帰国1ヶ月後にフィルムのコピーが届いた。
メサイアの原譜といわれる楽譜は、王立博物館保存以外にも、ヘンデルが演奏会のたびに修正したり、ソリストに合わせて変更したりしたバージョンがあり、どれが原譜かは論議のあるところだが、フィルムをみると熱にうかされて書きなぐったような判読に苦労する原譜であり、第1部8番の“O thou that tellest ”の冒頭には、明らかにインク瓶を倒した跡がある。
メサイアは、3部5章からなり、預言・降誕・受難・復活・永遠の命で構成されている。他のオラトリオと異なり、預言者やイエス・キリストが直接登場せず、台本作家のジェネンズの卓越した構成力とヘンデルの天の啓示を受けた作曲により、見事に救世主イエス・キリストの生涯をドラマとして聞かせ、そのメッセージは世界中に広がっている。
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