烏須井八幡神社(栗原八幡神社)
 
尾道市西則末町 

〈烏須井八幡神社 御拝殿〉
明治35年焼失、明治41年に再建されました。



 仲哀天皇、応神天皇、神功皇后

 旧記紛失のため不詳ですが、
 この地は、日本武尊が西征の際に滞在された地と伝えられています。
 その後、神功皇后が三韓征伐の際にも立ち寄ったとも伝えられています。その際、烏が良水が湧く井戸を皇后に知らせたので、皇后はその良水を用いられ、そこから「烏須井」と名づけられたとも伝えれています。

 院政期から南北朝時代にかけて、この地(備後国御調郡栗原村」は皇室大炊寮の荘園でした。
 朝廷の意向により、地域に散在していた「社」をまとめ、「八幡神社」としたと伝えられています。
 一説には、御調八幡宮(広島県三原市)の分霊を勧請したともいわれています。

 御調郡尾道、向島東、向島西、三成村、本郷村5ケ町村の氏神であったところから、「五箇村頭八幡宮」と称されました。
 また、神社の東にある「臼井清水」にちなみ、「臼井(烏須井)八幡宮」と呼ばれました。

 天文年間(1532-1555)に、氏子分離の争論があり、氏子らは当社本殿内にあった祭器を各村へ持ち帰り、各村に分祀したといいます。

 寛永12(1635)年に再興され、明治維新に際し、「栗原八幡神社」と改称しました。のちに村社の社格を与えられました。

 現在は「烏須井八幡神社」と称され、縁結びの八幡さんとして知られています。


 ○境外社として
   艮神社(二の宮神社・尾道市栗原町))があります。祭神は伊邪那岐命です。
   艮神社は烏須井八幡宮が勧請される以前より鎮座し、栗原村の産土神であったとも伝えられています。



 陰暦の8月24日。現在は10月第3日曜。



御朱印

参考文献
青木茂 『新修尾道市史』 尾道市役所発行 1971-1977
広島県神社誌編纂委員会 『広島県神社誌』 広島県神社庁 1994
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