●● 備後三原城 ●●

数年前に三原城を訪ねましたが、JR山陽本線、山陽新幹線の三原駅構内にあり、昔の面影はいずこ…?
かの 戦国武将の小早川隆景はと兄の吉川元春とともに、おいの毛利輝元を助けて中国統一を完成させた、
永禄10(1567)年に築城したとか。
現在はその城門は糸碕神社へ移築されています。


糸碕神社の神門

やがて、浅野家が広島城に移封と、浅野長政の従弟長吉が広島藩家老として城を任されました。
歴代は次のとおりです。


●● 松平安芸守家老 三原浅野家歴代) ●●

代数 当主 戒名 実父 誕生(上段)
卒去(下段)
家老就任(上段)
家老隠居(下段)
享年
浅野右近大夫忠吉
(浅野長政従弟)
大通院殿南叔道栄大居士
広島日蓮宗妙頂寺
浅野長忠 天文16(1547)年
元和7(1621)年
元和5年
元和7年
76
浅野甲斐守忠長
(忠吉外孫)
実相院殿逃外周逋大居士
曹洞宗宗光寺
伊予大洲加藤家臣
大橋清兵衛
文禄元(1592)年
万治3(1660)年
元和7年
明暦2年
69
浅野右近大夫忠真 正寿院殿玉翁道仙大居士
三原日蓮宗妙正寺
二代浅野忠長 元和4(1618)年
元禄7(1694)年
明暦2年
天和3年
77
浅野甲斐守忠義 大智院殿巍山道勇大居士
三原妙正寺
三代浅野忠真 寛文7(1667)年
享保15(1730)年
天和3年
享保15年
64
浅野甲斐忠綏 大嶺院殿法山大隆大居士
三原妙正寺
四代浅野忠義 元禄15(1703)年
宝暦8(1758)年
享保15年
宝暦8)年
57
浅野甲斐忠晨 大乗院殿教山道喜大居士
三原妙正寺
五代浅野忠綏 享保17(1732)年
寛政6(1794)年
宝暦8年
宝暦9年
63
浅野甲斐忠正 大法院殿普山道照大居士
三原妙正寺
四代浅野忠義 享保6(1721)年
明和3(1766)年
宝暦9年
明和3年
47
浅野甲斐忠愛 大聴院殿智山道惠大居士
三原妙正寺
五代浅野忠綏 宝暦2(1752)年
寛政5(1793)年
明和3年
寛政5年
42
浅野甲斐忠順 延寿院殿大慧修山日読大居士
三原妙正寺
広島少将
松平安芸守重晨
寛政2(1790)年
文政7(1824)年
寛政5年
文化11年
35
10 浅野甲斐忠敬
(忠正外孫)
大義院殿慈山道快大居士
三原妙正寺
伊勢津藤堂家臣
藤堂監物
享和元(1801)年
万延2(1861)年
文化11年
天保14年
61
11 浅野遠江忠助 神式葬?広島妙頂寺 九代浅野忠順 文政2(1819)年
明治25(1892)年
天保14年
安政3年
74
12 浅野右近忠英 神式葬?三原妙正寺 十代浅野忠敬 文政12(1829)年
明治30(1897)年
安政3年
明治4年
廃藩置県
69
13 従四位勲六等男爵
浅野忠純
神式葬?広島妙頂寺 十二代浅野忠英 文久3(1863)年
大正4(19152)年
53

※ 参考文献 ※
澤井常四郎 『御調郡誌』 (1925) 社団法人御調郡教育会
(復刻 昭和47年 芸備郷土誌刊行会)


作製日:平成30年5月12日