松山神社(東照宮) ― 東照大権現徳川家康公をお祀りする社 ― 松山市祝谷東町 

8代藩主定静公が家康公150回神忌法要を行うために創建した東照宮

〈松山神社神門〉                    〈松山神社御拝殿〉
元治元年、伊予松山藩13代藩主松平隠岐守勝成公により造営されました。
ときに神君家康公の250年祭の年で、その法要のため常信寺境内に建立されました。



 東照大権現(徳川家康公) 
 天満大自在天神(菅原道真公) 
 大己貴神、少名彦命(相殿)


 明和4(1767)年、8代藩主松平隠岐守定静公は、神君家康公の百五十回神忌法要を行うため、天台宗常信寺に東照宮造営を命じました。翌年、東照宮の仮宮が完成し、藩主定静公の臨席のもと、東照宮家康公150回神忌の法要が執り行われました。そして、常信寺の塔頭のひとつである広厳院が別当寺となりました。


 春季例大祭:4月24日   秋季例大祭:10月7日   ※1月25日には初天神祭が行われます。


 東照宮は家康公の法会を行うために造営された御宮でした。藩政時代に行われた家康公の法会を一覧表にしてみます。

年代 藩主名 できごと
明和5(1768)年 8代藩主定静公  家康公御神忌150年大祭、東照宮造営。藩主定静公御臨席。
文化12(1815)年 11代藩主定通公  家康公御神忌200年大祭。常信寺へ家康公御神像を勧請。御用掛代拝。
元治2(1865)年 13代藩主勝成公  家康公御神忌250年大祭。社殿再造営(現存)。藩主勝成公御臨席。


 明治元(1868))年
  廃仏毀釈により、常信寺より分離。この頃、広厳院も廃絶しました。
  東照宮は松平隠岐守家(久松家)の所有となりました。

 明治中期
  久松家より祝谷村の鎮守にするようにと、村へ譲渡されました。

 明治43(1910)年
  祝谷より祝谷天満宮を合祀、松山神社と改称しました。
  今では、松山の除難鎮護の神として、また祝谷地区の氏神さまとして、尊崇されています。
   ※延喜年間、道真公が太宰府へ流される途中、祝谷の地を訪れ、里人に字を教えられたといいます。
     それ以来、祝谷には道真公をお祀りする天満宮が造営されました。天満宮の別当寺は真言宗円盛寺でした。


 昭和3(1928)年
  社殿の屋根の葺替が行われ、これまで檜皮葺であったものが、銅板と瓦に葺き替えられました。

 平成14(2002)年
  ふたたび社殿の屋根が修復されるなどしました。
  ※平成16年には、本殿・石の間・拝殿、唐門、透塀、御供所、裏門の6棟が、松山市指定の史跡に指定されています。


御朱印

伊予の葵