●● 大名家の戒名・法名●●

大名家の宗派は次のとおりですが、ここでは大名家の戒名(法名)についてお話します。

宗派 家数 割合(%)
曹洞宗 83 32
臨済宗 70 26
浄土宗 65 24
天台宗 19 7
黄檗宗 13 5
日蓮宗 11 4
浄土真宗 4 1
真言宗 2 1
266 100

大名家の菩提寺を訪ねた際、大名の墓碑を拝見しますが、その中でさまざまな法則があるのを見つけました。
 現代ではあまりみられない事例なので、簡単にご紹介します。

● 戒名・法名について ●
 そもそも戒名(法名)とは本来出家した人に与えられるお名前です。ただし、浄土真宗では「授戒」の儀式がないため、「法名」とよびます。
 一般に浄土真宗以外の戒名(法名)の構成は (院号)―道号―戒名―位号 となります。
 
しかし、大名家の戒名は、院殿号−官位官職−道号−戒名−位号となる場合が多いようです。


● 置字 ●
 墓碑や位牌には、戒名(法名)の下に「置字」が書かれます。
 将軍家や大名家には「尊儀・神儀」が用いられています。われわれには「霊位」が用いられます。 


● 院殿号(院号) ●
 大名家には必ず、「院殿号」がつけられています。ただし、側室は「院号」の場合が見受けられます。
 (家老以下の武士は院号です)
 
 院号の「院」とは太上天皇の御所を指し、転じてその人を指した称号です。
 初見は弘仁14(823)年に譲位した嵯峨天皇です。
  天皇は譲位後、京都堀川西に冷然院(のちに冷泉院)に移り住み、のちに院号となりました。臣下での初例は、法興院と称した平安時代の関白藤原兼家です。
 このように、「院」とは太上天皇の尊号であり、戒名(法名)の階級の中で最高のものでした。
 ところが、足利尊氏は将軍家の権威を高めるため、院の字の下に「殿」を加え、「
院殿」としました。尊氏は「等持院殿仁山妙義大居士」と号しました。
 歴代の足利将軍、徳川将軍もこれを踏襲し、武家の間に広まりました。そして、「院号」の上に「院殿号」が位置されるようになりました。
 ↓
 院殿号や院号をいただけるのは、ただ一個人の権威を高めるためのものではなく、
 いずれも寺院の開基様、もしくは中興開基様、大檀那様となって、仏法の興隆を図られた功績によるものです。

 ですからお金で買うものではないのです。現在は本来の意味が薄くなっているような気がします。


● 道号 ●
 院号(院殿号)の次におかれるのが、「道号」です。
 仏教を習得した人に、生前の徳を讃えてつけられたのがはじまりです。


● 法号 ●
 法号は道号の下に置かれ、仏道に入られた方の本来の名前です。これら道号と法号をあわせて戒名とよびます。
 ただし、浄土真宗では「授戒」の儀式がないために、戒名といわず「法名」とよびます。
 道号法号の四文字の中に、規定の文字を組み入れる宗派(浄土宗)が多く、それによって宗派の判断ができます。


● 位号 ●
 仏教徒としての位を示します。つまり敬称です。大名家の成人男性に「大居士」、成人女性に「大姉」の位号がつけられています。

【参考文献】
 今泉淑夫 『日本仏教史辞典』 吉川弘文館 (一九九九)
  
 
 愛媛県史編纂委員会 『愛媛県史 学問・宗教』 愛媛県 (一九八五)

 神宮司庁 『古事類苑 宗教部一』 吉川弘文館 (一九七七)  
 慧岳曲水 『禅宗  院号・道号・戒名字典』 国書刊行会  一九八九 

 原勝文 『戒名よもやま話』 国書刊行会 (一九九〇


【更新日】
平成29年7月27日