妙向山玄通院法華寺(日蓮宗) 
― 松平隠岐守定頼公夫人の菩提寺 ―
 
 松山市御幸町


〈法華寺本堂〉


  日蓮宗


  釈迦如来と日蓮上人


   了端院日侃


  妙向大姉(松山城初代城主加藤左馬頭嘉明公に仕えた局)


  甲斐身延山久遠寺直末。松山藩からは日蓮宗中本山触頭を命ぜられました。
    ※領内日蓮宗寺院のうち最高の寺格を誇りました。
 
 
    延命院

 
   法華寺100石 延命院3人扶持


〈光雲院殿丸山姫の墓〉
(1639〜1704)
 丸山姫は、寛永16(1639)年、2代藩主松平定頼公の3女として誕生しました。母は養仙院京極氏です。万姫と名づけられました。のちに丸山姫と改められています。
 阿部備中守定高公に嫁しましたが、定高公の卒去により、黒田之勝公と婚約。しかし、入輿を前に之勝公が死去し、松平家へ戻りました。松山に帰ると、松山城東門屋敷を住まいとし、落髪して光雲院と称しました。

京極氏と法華寺
 法華寺が養仙院殿京極氏の廟所とされると、これ以降その一統の位牌が祀られました。鏡智院殿(定頼養女、松平直明室・享保元年卒)、春光院殿(定長後室、京極高勝女・享保2年卒)、恵光院殿(定直養女、京極高兼女、阿部正福室・享保5年卒)の3人です。いずれも日蓮宗を篤く信仰する京極家に連なります。

伊予の葵