江戸城殿席 

 大名が江戸城に登城した際の控えの部屋を殿席(伺候席)とよんでいます。殿席は武家官位や石高、将軍家との親疎の別などが複雑にからみあって決定されました。
 家格として定まったのは、明暦の大火(1657)以降といわれています。
 大広間、帝鑑間、柳間は「表」大名とされ、その殿席は「控の間」とも総称されました。江戸城では表玄関から出入りをします。つまり、幕府としては「客」とされ、城内での儀式では、「控えの間」を与えられる、名誉的色彩が濃い部屋です。
 溜間(溜間詰)、雁間、菊間縁頬は「詰」大名とされ、その殿席は詰の間と総称されました。江戸城では中之口門(勝手口)から出入りをし、、交替で江戸城に詰めたり、将軍家廟所の参詣などのお供、代参などを勤めたりしました。
● 江戸城殿席一覧 
 殿席   官位   大名家 
大廊下 上之部屋 権中将〜権大納言  尾張徳川家、紀伊徳川家、水戸徳川家。
下之部屋  松平加賀守、松平越前守
黒書院溜間 侍従〜権中将  井伊掃部頭、松平肥後守、松平讃岐守(以上3家は常溜と称されます)。
 松平隠岐守、松平下総守、酒井雅楽頭、松平越中守(これらの家は飛溜とよばれます)。
 元老中。
大広間 四品〜権中将  国主、御三家連枝、松平三河守、准国主、四品以上の外様。
帝鑑間 五位〜侍従  城主格以上の譜代、「古来御譜代」、「表御譜代」、御譜代衆と呼ばれます。
柳間 五位  五位の外様。
雁間 五位〜侍従  城主格以上の譜代(詰衆)。
菊間縁頬 五位  三万石以下の無城譜代(詰衆並)
 最高の格式をもつ溜間詰 
殿席のうち特に職務を持ち、最高の格式を有していたのが、溜間詰です。それらを具体的に見ていきます。
 【職務】
  @5日から7日に一度、江戸城へ登城。
    白書院で将軍家のご機嫌を伺い、溜間に控える老中に挨拶して退出。
    この白書院では老中が将軍家の拝謁を賜い、政治上の諸問題を言上していました。
    将軍家や老中は溜間詰大名に諮問していました。以上のことから幕政に参与していました。
    このようなことから、溜間詰大名は老中格としての権威、いうなれば元老のような権威を持ちました。
  A将軍家の名代として、禁裏御所や仙洞御所に昇殿、天皇や上皇の拝謁を賜いました。
    その後、中宮御所、女院御所へも昇殿しています。
  B将軍家の名代として、紅葉山霊廟や日光東照宮へ参拝。
 【格式】
  @溜間詰大名は、将軍家の代替後の武家諸法度頒布において、御三家、御三卿に次いで、将軍家より直接頒布を受けました。
  A月次御礼の拝謁場所は、御三家とともに黒書院でした。他の大名は白書院でした。
更新:平成29年5月3日