テニスコートにて二つの顔がボールを打つ音に合わせて、同時に左を向いたり右を向いたり。但し、あまり上手 なラリーではないらしく、二つの顔は二、三度往復すると直ぐ止まってしまう。ボールの音に 交って時々、「ごめんなさーい」とか「あっ、いかん!」といった声が聞え、遠くの方からは、 草野球の試合をやっているらしく、その音が聞えている。夫の方はかなりの好男子だが、今では腹がたるみ、髪には白いものが多くなっている。 妻は上品な美人だが、線が細く、その動作などに神経質な性格が時々顔をのぞかせ、そうした 際にはむしろ夫よりもふけて見えたりする。 舞台はいかにも明るく爽やかである。赤トンボを追う子供など登場してもよい。 しばらくはそのまま……二つの顔が交互に動き、遠くの草野球の音のみ。 やがて金網の向うを、一人の肥った中年男が、ジョギング姿で喘ぎ喘ぎ下手から上手へ走りぬ ける。 間 淑子 (顔の動きでラリーが途切れたことが分る)あなた。 吉沢 あ。 淑子 あの人…… 吉沢 え? 淑子 あの肥った人。 吉沢 ああ。 吉沢の顔だけラリーを追い、淑子の顔は俯き加減で、チラリと上限使いに吉沢の顔をうかがう。 間 淑子 ……あたし、そんな風な意味で言ったんじゃない わ。 吉沢 え? 淑子 だから、ただあたしは…… |
吉沢 (淡々と、つぶやくように喋る。以下彼の喋り方は全てそん
な調子である)……そんな風の意味って、どんな風な意 味だい? 淑子 だから、あなたが考えた風な意味ですよ。 吉沢 俺はどんな風に考えたの? 淑子 ……(二人、顔を見合わせている) 吉沢 いや、俺はどんな風に考えた……という風に君は 考えたの? 淑子 だから…… 吉沢 だから? 淑子 (俯く) 吉沢 だから……って言葉は、同じ説明を何遍もくり返 したので、堪えきれなくなって発する言葉 だと思う けど、君はいつも早過ぎるのよ、堪えきれなくなるの が。 吉沢 別に堪えきれなくなったわけじゃないわ。 吉沢 そりやあ、そうでしょう。この程度で堪えきれ ……いやもう止そう…… 淑子 ほら又。 吉沢 何が? え? 淑子 ……もう止すんでしょ…… 吉沢、突如笑い出す。特徴的な笑い方。 吉沢 あー素晴らしい天気だ。(テニスコートの岩岡と英子 の方に向って)いやいや、君たちのプレーを笑ったんじ ゃないよ。 岩岡の声 (下手から)先輩、もう代ってよ。 英子の声 (上手から)まだまだ、これからよ、そうら一つ! 岩岡の声 (おどけて)ヒャアー。 以下、吉沢と淑子の会話は時々顔を左右に動かしながら続き、時々岩岡と英子の声が聞える。 間 淑子 ……でもあなた、この頃回復したわ。 吉沢 そう。君の特製ジュースのせいかな。 淑子 ほら、やっぱりあなた、そんな風の意味に考えて たじやない。 ー以下略ー |