2002年4月21日(日)
天候:曇、風強し、海上波あり

今年は私にとってはGY(Golden Year)で毎日が休日です。気分はプロトライアスリート。さしずめ、スポンサーは家内か?例年に増しての練習量で夢の9時間台が見えている。体調も良く、あとはレースコンディションとBikeトラブルの有無次第か。

 418日木曜日の午後に関空から直行便で宮古に入る。いつものように、ホームスティ先の前川さんの出迎えを受ける。ああ、宮古の暑さだ。急に暑いところにくると暑さに対する不安を覚えるがこれが宮古トライアスロンのコンディションだ。早速、事前に送っておいたBike2台を組み立てる。年々梱包もうまくなり、開梱してからの組み立て時間も短くなる。バイクは充分にメンテナンスして有るので問題は無いだろう。

 前川さんの車を借りて平良市の体育館へ向かう。そして「登録」を済ませる。あっ、フラッシュの光が、ここでポーズを作る暇なく写真を撮られる。なんと、この写真が翌日の宮古毎日新聞に掲載されていた。登録受付の風景として写っていた。いい記念だ。

 今回は、前川さん宅にもう一人トライアスリートがお世話になっていた。慶応大の2年生でトライアスロンクラブに所属する19歳。ロング初挑戦でフルマラソンの経験も無
い。おまけに目標が
10時間以内で100番以内とか。しかし、昨年の各種大会結果を聞いてみると、私よりも遅い。目標を高く持つのは良いが、それだけの練習と経験を積んで来ているのだろうか、慎重派の私としては、はなはだ疑問である。この無謀さは若者のなせる業かも。しかし、19歳でロングのトライアスロンに挑戦とは私達の時代には考えられなかったことで、羨ましいと言うか何と言うか。

 いつものように食事は奥さんの勝子さんの手料理であれもこれもとどんどん出てく
る。宮古へ来ていつも思うのは、トライアスロンをしに来ているのに、更に、「豪勢な食事のもてなし」と「オト−リ」という宮古のしきたり
一つのグラスで、一人一杯ずつつがれた泡盛を、エンドレスで飲む習慣)があり、宮古での食生活も、食事、おやつ、泡盛のトライアスロンさながらである。少食で酒に弱い私にとってはなかなか辛い。食間には沖縄名物のお手製のサータアンダキーやお手製のケーキなどどんどん出てくる。食事時にはビール。これでいつもおなか一杯の状態になるのです。
金曜日の朝からはBikeの調子とセッティングの確認のため、宮古で一番景色の良い東平安名崎へ向かった。マラソンの折り返し地点の保良(ぼら)からはマラソンコースを辿って中休み(前川さん宅のある地名)に戻った。午後の便で東京は千葉から応援に来てくれる園佐紀さんを迎えに、勝子さんと3人で行く。例によって、一昨年、春岡さんが応援に来てくれた時と同様に、勝子さんが「ようこそ宮古へ園佐紀様」のプラカードを持って迎える。

 そして夜になると、近所の人や前川さんの知り合いが、私達の歓迎に駆けつけてくれるのです。そうすると、必ずオト−リが始まる。オト―リはまず、親である前川さんがコップに泡盛(焼酎)を注ぎ、口上(挨拶)を述べて泡盛を飲み、その後、一人ずつついで回り、一通り回ったら最後の人がもう一度コップに注ぎ、親が飲み干します。そして親は次の親を指名します。それが延々と続くのです。もちろん泡盛は薄めてあり、飲めなければ残しても良いというルールがあるのですが、その時はついつい飲んでしまい、途中で例の如く眠たくなり、こっそり場を離れてゆきました。この私の尻拭いは家内が最後までお付き合いしてくれるので安心でもあります。今回は、調子に乗り飲み過ぎたの
か、夜中に気分が悪くなり、戻してしまいました。これが辛く苦しかった!

 今年の宮古はここ数年と比較し、天気が良く、雨が降ったのは木曜日の夜半から朝方に掛けてのみだった。しかし、いつもより風が強いような気がする。
 
 明日はいよいよレース。
レース前日には、何度も何度もトランジッションバッグ(着替え袋)のチェックを行う。いつものことなのだが既にかなり緊張している。夜は早めに床に着くも、興奮しているのか寝付けない。

 やがて
4時半になり、自然に眼が覚める。感覚的にはぜんぜん眠れていない。が、多分短時間熟睡のはず。食事を頂き、トランジッションバッグを持って会場へ。前川さんの運転で私達夫婦と園さん、慶応の学生の平田君の計5人。いつもは駐車場に誘導され、多少歩かないといけないのだが、今回はうまく東急リゾートの玄関口まで車を乗りつけることができた。今年から最終受付はスイムスタート地点に入る時が最終チェックのた
め、まず、左腕にナンバーを記入してもらい、バイクの最終セッティングに行く。空気を入れ、ボトルをセットし、ギアの選択を確認し、
OKあとはパンクなどのトラブルの無いことを祈ろう。いつもの所でいつものように用を足して準備よし。軽くストレッチングし、ウエットスーツを着る。理津子は今年も水着の下に天然素材(高脂肪の付いた)高浮力、全身ウエットスーツだ。周りを見ると今年はウエットスーツ無しの選手はあまりいないようだ。まずは、スイムコースを眼で追う。第1ブイにあるいつもの船が見えないのでコースの目安がつかみにくそう。前川さんや園さんが側まで来てビデオや写真を撮ってくれる。彼らはStaffで登録して有るのでどこでもフリーパスだ。スタート時間が近づいてくる。緊張でのどが渇くので持ってきた水を飲む。

 号砲とともにスタートするも、理津子と私はのんびりしたものだ。ほとんどの人が泳ぎだしてから水に入り、ゆっくり泳ぎだす。コースの左から出て、できるだけ外側のコースを泳ぐが目標がつかみにくい。でも、第
1ブイまではそんなに距離が無いので我慢。左から波が寄せてくる感じ。今年はいつもと状況が違う。泳ぎだすまではあまり分からなかったが、例年に無く波と風がある。あきらかに沖に向かって左側から右へと波があり、潮の流れもある。第1ブイをまわり岸と平行に泳いでいるときは後ろから波に押される感じで、速く進んでいるようだ。もっと波に乗りたいので腕に力が入る。海は相変わらず綺麗だ。大きな魚も泳いでいる。泳ぎ始めはダイバーも下から見ているので安心。第1ブイから第2ブイまではできるだけ沖の人のいない所を泳ぐ。気持ちがいい。今年はいつもより周りに人がいない。遅いのか速いのか分からないが、練習はたっぷりしたので、いつもよりは速いはずだ。第2ブイの目印は例年の如くヨットが有るので分かりやすかった。さて、ここからが勝負だ。流れに逆らい、そして右オープンの泳ぎでは呼吸でまともに波をかぶることもある。結構海水を飲んでいる。辛い。今度はコースを見失わないように、コースロープの直ぐ側を泳ぐ。海中には「あと1km」、「あと500m」などの看板が見える。いつもはコースロープ沿いにはたくさんの人がいるのに今年はあまりいない。きっと流されている人が多いに違いない。進み具合は遅いが泳ぎやすい。前を行く人をどんどんパスする。こんなことは珍しい。しかし、時間がかかるし、呼吸のタイミングも結構難しい。荒れた波に対する恐怖心は私も理津子も何回か経験しているので特に問題無いが、あまり気持ちの良いものではない。

 浜に上がったときは時計が1時間5分を示している。えー、予想より10分も遅い。気持ちが焦る。いつもならシャワーで充分海水を落とすところをほどほどに、トランジションバッグを取り、着替えを急ぐ。周りの滋賀県選手団はまだ上がってきていない。やはり、このタフなコンディションでみんな苦しんでいるのか。Bikeに移る前にトイレを済ませたいが、運悪く空いてなくて並んで待つ。昨年と違い、Bikeはまだかなり主を待って残っている。お、早いほうか?

 今年から、トランジションバッグは東急リゾートの中庭に設置してあり、そこで着替え、エイドは前回までのナンバーの若い選手のバイク置き場に移り、すべてのバイクが昨年までの大きいナンバーの選手のバイク置き場に変わったが、我々滋賀県選手団は一番奥で、Bikeを取りに行くのに時間がかかり、かなり不公平だ。まだまだ改善の余地がある。

 Bikeに移り、ホテルの敷地を出ると、すぐ追い風だ。早い。時速40から45kmで走れる。トップ選手の平均スピードを体感だ。かなりの追い風を感じる。遅れを取り返すためにガンガン行くぞ!早速、松本晴美(日本の女子ではロングのトップクラスだが、スイムは遅く、バイクの前半を抑えて走り後半ペースを上げる。そしてランはかなり速い)をパスする。皆生トライアスロンでもそうだが、いつも最初は一旦抜くも、中盤で抜き返される。彼女は徐々にペースを上げる人のようだ。今回も最初から沿道の応援に手を振りながら走る。気持ちが良い。天気も良い。そして、今は風も味方だ。平良港前を過ぎて、急な短い上りも軽く越え、左折の急カーブが近づいてくる。スピードを落とせとのアナウンスもあるが周りに誰も選手がいないのでちょっと速く入りすぎたか、それに多分ブレーキも掛けたような気がする。見事転倒。左にコケ、滑ってゆく。しまった。もはやこれまでか。すぐさま立ち上がる。バイクはチエーンも外れてないしハンドルも曲がってない。走れるか。左ブレーキレバーが内側にずれているが機能的には問題なし。乗ってみると何処もおかしくない。ラッキー!周りは「頑張って!」と声を掛けてくれるが反応はできない。もう必死だ。左腕と左足外側がアスファルトに擦れて真っ黒になっている。血はそんなに出ていないがやはり痛い。痛さを紛らわすために一生懸命ペダルを漕ぐ。遅れた時間を取り戻さなくてはと更に気合が入る。しかし、エイドでスピードが速すぎて水のボトルが取れない。これは失敗。落ち着かなくては。池間島への道はガンガン飛ばす。池間島内のアップダウンもいつもより軽く走れる。練習と風の好影響か。しかし、池間大橋を渡っての帰りはまったくの向かい風。スピードがガクンと落ちる。来た道をしばらくは戻るコース設定なので仕方ない。「行きはよいよい帰りは辛い」といった所か。でも、ここで理津子がどのくらいの位置で走っているのかが確認できる。そろそろ理津子が気になる。今年はいつもの所でバイクでのすれ違いは無理か?まず、阪下美幸さん(60歳を過ぎでエイジグループでは上位入賞の常連)とはすれ違った。そして、今年もほぼ同じところで理津子とすれ違う。おおー頑張っている。ひとまず安心だが、追い風を利用できるか、向かい風をうまく乗り切れるテクニックがあるかが心配だ。いや、人の心配よりも自分が走りきれるかが問題だ。汗をかくと、先ほどの転倒で怪我した傷口がヒリヒリする。ボトルの水を掛けて汗を落とし、傷口も洗うが片手では思うように行かない。消毒などの手当てはゴール後でいいや。とりあえず水を掛けながら走ろう。しかし、自分ながらうまく転倒したものだと感心する。ロードバイクでの転倒は初めてだ。それからはカーブがちょっと怖くなりかなりスピードを落とすことになる。かつては、カーブをペダルを漕ぎながら回り、ペダルの外側を地面にこすり、その反動で後輪が浮くようなことがあっても転倒しなかったのに、一度転倒すると弱気になるものだ。カーブにブレーキは禁物。東平安名崎へのアップダウンも比較的順調。鉄砲ゆりの咲く岬を左に太平洋、右に東シナ海を見ながら気持ちよく岬の先端を目指す。七又海岸は左手の海側から横風を受ける感じなのでハンドルをしっかり握る。ここはジェットコースターのような上り下りで走り甲斐がある。七又海岸の後半の上りで松本晴美に追いつかれる。しばらくは併走するが、少しずつ離されてしまう。上野村のエイドを過ぎての下り坂では、老人ホームがあり、いつもご老人達が応援してくれる。下りでスピードが速く一瞬だが、思いっきり手を振って応援に答える。我々の元気を少しでももらって頂ければ嬉しい。

市街地を抜け、サトウキビ畑や葉タバコの畑を見ながらしばらく走ると、来間島への直線路に入る。ここで、直ぐ横にタクシーが併走するかと思えば、Pressの車でカメラをこちらに向けて回しているようだ。少しだけかなと思っていたが、しつこく撮っている。一応ポーズだけはしておいた。どこの局か分からなかったが放映されれば嬉しい。地元の宮古TVではなさそうだ。何故なら宮古TVはすべてオープンカーを使っている。聞いておけばよかった。来間大橋は横風がきつい。この折り返しはコースが狭いので苦手だが選手がまばらだったのでゆっくり回れた。やがて1周が終わろうとしている。今年は昨年のように疲れてはいない。昨年は100km地点でかなりスピードが落ちてしまったが今年は順調。おまけにここから池間島までは追い風になる。いつもより周りを走っている人は少ない。あとで分かったのだが、Bike順位は186位と過去に例を見ない速さだった。よって、周りに走っている人が少なかったようだ。

 1周目で転倒した地点ではさすがにゆっくりと回った。その時、「あの人、まだ走ってる」という声が聞こえた。1周目の転倒を見ていた人のようだ。池間島までは速かったが、さすがに戻ってくるときは極端にスピードが落ちる。橋を渡ったあとの上りで、前を行く慶応の19歳の平田君がスピードを落としている。声を掛ける暇なくそのままパスする。私は、彼が私の後ろを走っているものとばかり思っていたのでちょっとびっくり。あとで聞いたら痙攣を起こしたらしい。走りこみ不足と経験不足で立ち止まらざるを得なかったのだろう。結局彼はランもかなり歩いたようだ。Bikeも終盤に入るがまだまだ調子は悪くない。転倒にもかかわらずBikeも順調だ。傷口がヒリヒリするのが気になるが血が出ていない。地面に擦れた部分が真っ黒になっていて、こすっても取れない。体裁を気にする自分としては綺麗な体でゴールしたい。

 バイクゴール間近の熱帯植物園の前ではたくさんのギャラリーが応援してくれているのでペダリングにも力が入り、急カーブもスピードが上がる。そろそろスピードを緩めて次のランのための切り替えの準備をしないといけないけど、いつも最後まで思いっきりペダルを踏んでしまう。これは自分の癖というか性格なので仕方ない。

 今年からBikeトランジッション方法も変更になった。以前は高校生のボランティアがBikeゴール時はBikeを預かってくれたが今回は自分でラックに掛けなければいけない。この方法は最近の主流であり、宮古は今までは親切であった。周りを見回すとあまりバイクは戻ってきていない。と、言うことは結構上位にいるのか?トイレに行きたかったので、まずはトイレに向かうが、間一髪先を越されて先に入られてしまい、またしても待つ羽目になった。2つ有るが、二人とも長い。いらいらする。スイムのときもそうだったが、ついてない。着替えにはいつも時間がかかる。トランジッションの練習も重要だ。ここでの失敗はランシューズの紐が穴2つ分ほどけており、その穴に紐を通すのにえらく時間がかかったように思う。事前のチェック漏れだ。転倒の際に左太腿のバイクパンツの下に擦り傷があったがバイクパンツは破れていなかったのでパンツはそのまま(トランジッションバッグにはラン用のランパンも準備していた)で、シャツだけ着替え、ランは曇り空と判断し、帽子は使わずバンダナにする。日差しをさえぎる必要が無いときは、バンダナのほうが頭から水を掛けたときに効率的で気持ちよいと考えたが今回は正解だった。
 着替え後、サプリメントを摂り、ランスタート時に右手の発信機でタイムチェック。今回はスイムトランジッションとバイクトランジッションはバイクタイムに含まれる。エイドステーションで持参したアミノバイタルプロを摂り、マラソンに備える。走り始めると、左足の足底腱辺りが痛い。前々回もそうだったが、バイクを頑張った時はこの部分が痛む。しばらくは我慢か?ストレッチを試みても変わらない。できるだけかばわないようにしないと他の部分を痛めそうだ。ペースはゆっくりと我慢しながら走る。
5km、依然として痛い。どんどんパスされる。でも、最初の5km25分強でカバーしているのが不思議である。5km毎のラップとしては一番速い。バイクの後はスピード感が鈍るのか。自分としては6/kmよりも遅く感じる。街中を抜けた頃、前川さんと園さんが応援ボードを持って沿道で力づけてくれる。今回のテーマとして、「苦しいけど、できる限り笑顔で走る」を目標にするが、なかなか難しい。宮古空港横を右に見た後、大通りに入ると、岩田さんの奥さん(元MF社員)が応援してくれる。その後、「レストラン花龍」前では、花城(前川さんの次女の優子ちゃんの嫁ぎ先)さんの奥さんと優子ちゃんが声を掛けてくれる。知り合いがいるのはとても嬉しいし、知らない人が選手名簿を見てナンバーカードから名前を探し、名前を呼んでくれるのも励みになる。しかし、走り去ってから声を掛けてくれるのは嬉しいけどちょっと困る。振り向いて手を上げて答えるのが辛い。ホームスティ先の前川家のある「中休み」(れっきとした地名である)に向かっての上りをひた走る。9km地点にエイドステーションがある。この辺まで来ると、足の痛みは無くなった。良かった。これで何とか走れそうだ。やがて、いつもの応援の横断幕(今年のJTA:日本トランスオーシャンの機内誌に私と家内の応援の横断幕の写真が載っていた)を掲げてある所を多くの声援にこたえながら自分としては颯爽と駆け抜ける。見ている人にはヨタヨタ走っているようにしか見えないだろう。しばらく行くと、トップ選手が帰ってくるのにすれ違う。おー、何とピーター・クロプコと宮塚が併走している。凄いデッドヒートだ。宮塚は記者会見で宣言していた。「今年優勝すれば宮古のレースを引退する」と。と、言うことは優勝しなければ、来年も参加するのだ。これはきっと宮古のレースにずっと出続けるということかなと詮索していたのだが、そうではなく、今年はよほど自信があった様で、本当に優勝を狙っていたようだ。彼らは前半からずっと併走し、死力を尽くしていたようだ。現に、ピーターは優勝しながらもゴール後は崩れるように倒れこんで、担架で運ばれている。今年は特にレースコンディションもかなりタフだったし、トップ争いも過酷だった。しかし、ピーターも宮塚もともに38歳というのがすごい。上位入賞はほとんどが30代である。やはり、ロングのトライアスロンは経験がものを言うようである。トップとすれ違った場所はいつもよりゴール寄りだった気がする。と、言うことはやはり今年は遅いのかと不安になる。抜いてゆくランナーの走りは軽快だ。うらやましい。エイド間の距離はまちまちで、短いところは1.5km位だが、長いところは2.4kmある。この長い所が辛い。エイドは本当にオアシスだ。水、スポーツドリンク、コーラ、時にはお茶が嬉しい。今回はあまり食べたいとは思わなかった。しかし、水分はたっぷり取り込んだ。宮古に来て、前川家で毎日の食事ではお腹一杯頂き、間食ではサータアンダキーやレモネードケーキなどを充分腹に詰め込んだお陰かも。

 折り返しでは、大時計が8時間を既に過ぎている。やはり10時間以内は無理だったか。でも、ベストを尽くそうと自分に言い聞かす。いつものように菅井さん(日本のトライアスロン創生期から活躍され、過去にIronmanや宮古トライを何度も完走されている。現在はボランティア活動に尽力されている)に折り返し地点で応援してもらう。ここからもうひと踏ん張りだ。半分を越えたことで、ちょっと元気が出て、ペースが上がる。天候も曇り空だし、風も適当にある(前半向かい風で後半は追い風)。ここまで、女性にはパスされていない。いつもなら何人かに抜かれているのが今年は無い。折り返しに向かう女性の中には速い人が何人か見えた。この人たちに追いつかれないように走らなくては。25から30kmまでは結構走れた。しかし、すべてのエイドステーションでは立ち止まり水分補給し、前後を少し歩くという繰り返し。このあたりを改善しなければいけないのは今後の課題だ。城辺(ぐすくべ)町のエイドの手前の坂で岩田さんとすれ違う。歩いていた。昨年の皆生トライアスロンでは後塵を拝しているので雪辱しなくては。今回はきつそうだ。役場を過ぎての直線路では、折り返しを目指すランナーの多さに自分のポジションがいつもと違う感じであることを認識するが、タイム的には完璧に遅いことが分かっているので混乱状態にある。どこかで、順位を数えている人がいないかなと期待する。コース脇では、車に大きなスピーカーを積んで、ランナーを励ますように音楽を流して応援してくれるおじさんもいて気がまぎれて有難い。この人はいつもこんな感じで応援してくれている。バイクコースではきつい坂を上り切った所でも音楽をかけていてくれた。さて、そろそろ、理津子に出会う頃だ。いつもなら美幸さんが前を走っていて、直ぐ後ろに理津子がつけているというパターンだが、なかなか出会わない。ちょっと不安。やはり、バイクの風はきつくて駄目だったかもしれない。でも、今年は充分練習も積んだし、きっとぎりぎりでもバイクフィニッシュしているはずだ。やがて、遠くにその勇姿(小顔でアメリカンボディー)が見えてきた。今年は美幸さんより前だ。楽しそうだ。これならいけると確信。その直ぐ後、美幸さんに出会う。今年はやはり辛そうだ。その後、美幸さんは私設のエイドで、缶ジュースをもらったのだが、その中にタバコの吸殻が入っていて(タバコを吸う人のモラルの問題)、それを飲み、気分が悪くなり嘔吐したらしい。それでも、中間点まで行ったそうだが、その後レースを続けられる状態ではなくなったようだ。私設のエイドはランナーにとって非常に有難いが、このようなトラブルがあると次回からは私設エイドが全面禁止されるかもしれない。なお、美幸さんは一旦病院に運ばれたが、翌日には元通りの元気を取り戻されていた。

 中休みまで帰ってくると、あと10km弱。元気は出てくるのだが足が言う事を聞いてくれない。園さんがビデオで撮影しながら元気付けてくれる。ありがたい。ここからはしばらく下りだ。往路は上りもそんなに苦にならなかったが、復路ではちょっとした上りが辛い。下を見ながら黙々と走る。しばらくは併走する人と会話しながらも気を紛らわせる。この辺りでも折り返しに向かって走る人がいる。昨年は中休みを過ぎてから峰岸徹とすれ違い、彼は制限時間の2分くらい前のギリギリゴールだったが、今年は何処ですれ違ったか分からなかった。走っている人全員にゴールしてもらいたいものだ。空港横を通り、初めて女性にパスされる。結構速い。ぜんぜんついていけない。今までなら何人もの女性に抜かれるのに今回はまだ一人目だ。いつもと何かが違う。市街地に入ると元気を取り戻し手を振ってすべての応援に答える。足取りも例年に比べてましかも。

 最後のエイドではこれまたいつものようにボランティアの人たちに、今までのエイドの人たちへの感謝を込めてお礼を言う。ここでカメラマンが一杯写真を撮ってくれた。でも、何処の人かは分からないので残念。後半10kmは韓国の選手と抜きつ抜かれつの繰り返しだったが、あと2kmからは置いて行った。そして、最後のだらだら上りだ。でも、ここまで来たらまた元気が出てくる。いや、まだまだ元気は残っている。競技場に入った所で園さんが待っていてくれた。ビデオを撮りながら併走してくれるが、「しんどいしんどい」といいながら走っている。大丈夫かいな?綺麗に撮れているの?最後の直線に入ったところで、勝子さんや喜美代(前川さんの長女)ちゃんから花束、レイをもらう。ゆっくりしていると、また女の人に抜かれてしまった。これで女性に抜かれたのは計2名。今回は少ない。

 ゴール地点では、例年通り前川さんが放送も担当されており、帰って来る選手を時には、宮古の方言を交えて紹介している。これがまたプロ顔負けの話術である。実にうまい。結婚式でも、良く司会を頼まれているようだ。更に、前川さんは昨年に市会議員に立候補し、見事当選しているし、平良市の陸上競技協会の会長も務めている。今年は競技場も全天候型にリニューアルされ、雨の日でも心配なくなった。

 最後は園さんと手をつないで一緒にゴール!完走ポロシャツを受け取ってびっくり。なんと、206位。目標は300位以内だったので信じられない好成績。でも、タイムは目標の10時間から34分余りも遅れてしまった。スイム、バイクがタフだったので全体に時間がかかっているようだ。今度は200位以内に色気が出てきた。そのためにはやはりマラソンのタイム短縮が課題だ。一昨年、今年といい、タフなレースコンディションの時ほど成績は良いようだ。勿論、練習の成果が大きい。

 喜美代ちゃんや園さんと喜びを分かち合いながら、お立ち台で記念撮影をする。トランジッションバッグを受け取り、いつもの放送席前の前川さんたちが待っているところに向かう。その時、あの兵庫県のトップクラスの坪田さんが帰ってきた。自分が坪田さんより早くゴールしたなんてこれまた信じられない。後で聞いた話だが、彼にはスイムパンツが破れるというアクシデントがあり、レースに集中できなかったようだ。

 怪我の治療のために救護テントへ。治療は体育館の中だったのでそちらに向かう。左足と左腕の怪我の消毒とガーゼを当ててもらい、転倒時の状況説明を求められる。私が落車した所では何人も転倒者がいた危険箇所ということで、今後の対応、改善として、減速の徹底が必要という話をしておいた。その後は隣のフロアーで高校生がマッサージをしていてくれる場所があったのでそちらに行く。さすがにまだ完走者は少ないので、直ぐにマッサージを始めてもらう。2人の女子高生が担当してくれた。部活はバスケットをしているらしい。レースの話を中心にいろんな話をしながらマッサージをしてもらうが、筋肉痛はそんなに無い感じ。お尻の横が痛いくらいか。2,30分もしてもらっただろうか。帰り際には、一緒に写真を撮ってくれとか、T-シャツにサインしてくれとか言われ、少々戸惑いながらもスターになった気分で応じる。サインの練習をしておけば良かった。競技場に戻り、理津子の帰ってくるのを待つ。今年は知り合いの参加者が少ない。峰岸徹は今回13時間余で帰ってきた。昨年までとは大違いだ。しかし8時半になっても理津子は帰ってこない。9時になっても帰ってこない。制限時間が近づいてくる。心配になってきた。やはり今年はランでもきつかったのか?おー、やってきた。制限まであと15分。理津子も同様に前川さん一家から花束やレイをもらい、ゆっくりとゴール。制限まであと12分余だった。その後も次々とアスリートが帰ってくる。10分くらいの間に100人はいたろうか。

 今回は、完走率が84%とかなり低かった。いつも上位にいる選手も今回に限っては、マラソンで時間を費やした人が多かったようだ。ランのコンディションは曇りで風があり、走りやすかったが、バイクで足を使い果たし、ランのときに足が残ってなかった人が多かったようだ。私は、練習の甲斐あって、なんとか走れた。良いレースができて満足。レース終了時には花火が上がり、完走を祝っていたが、コース上でこの花火を見た人は完走できず、さぞ、残念だったろう。

 翌日の月曜日は表彰パーティーに参加し、完走証と記録集をもらい、完走できたことと自分の予想以上の好成績に改めて驚いた。課題も見つかったので、皆生トライアスロンまでには弱点補強を成し遂げたい。

応援してくださった皆様、有難うございました。

機会がありましたら、皆さんも宮古トライアスロンに参加、或いは応援に来て下さい。

原田 雄二

距離 Swim:3km、Bike:155km、Run:42.195km、Total:200.195km
制限時間 
14時間
出走 1385名(男子1194名、女子191名) 
完走 
1167(男子1027名、女子140)
完走率 84.3 (男子86%、 女子73.3)

雄二 206位 10時間34分23秒
S 1:05:37  578B 5:11:37 186位(231位で通過)
 
R 4:17:09  265位)
理津子  1076位 13時間47分49秒
S 1:25:45  1088位、B 6:53:03  1105位(1132位で通過)
  R 5:29:01   833位)

スタート前の余裕?

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第18回大会レース結果

第18回宮古トライアスロン参戦記