特集   佐藤さんの 滋賀−博多 ドリームランニング

 
  やった! 完走 6月20日 金曜日 到着
 
滋賀県野洲町から福岡市の自宅まで、741kmを15日間で走破


ランニング仲間の佐藤克二さんが、35年間勤めた会社を退職する記念に、6月6日金曜日の午前10時に滋賀県野洲町を出発し、740km先の福岡の実家まで、ランニングで帰郷しました。到着は6月20日金曜日の午後7時35分でした。1日の平均走行距離は約50kmで、15日間で走破しました。私、原田雄二は、3日目を除いて初日から最終日までを自転車でサポートしましたのでその模様をお伝えします。
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楽しかった !? 15日間を振り返って   佐藤克二

 66日に滋賀工場の人達に盛大に見送られて、自転車でサポートしてくれる原田さんと共に博多を目指して走り始めたのがつい昨日ように思えてなりません。そして15日間で完走出来たなんて、未だに信じられません。

滋賀工場に転勤した直後の昼礼で「退職したら滋賀から博多まで走って帰ります」と、言ってしまったことに端を発し、沢山の人達を私の夢の実現に巻き込んでしまって、一時はどうなる事かと後悔もしましたが、今の気持ちとしては、一人でも多くの人に夢と希望を分かち合えた喜びを噛みしめている次第です。

思い起こせば、15日間の11日が鮮明に甦ってきます。2日目の淀川沿いを炎天下の中、延々と走りクタクタになって尼崎の旅館に到着し、この先、本当に博多まで辿り着くのだろうかと、不安な気持ちに陥り、皆さんから頂いたTシャツの寄せ書きに励まされて眠りについたのが2日目でした。

3日目の翌朝、尼崎の旅館を出て、武庫川大橋にて谷垣さんから伴走を頂くまでのわずか約5Km15日間で一人で走った本当の単独Runだったのです。そしてこの日は谷垣さん、飯田さん、奥出さんそして池側さんが伴走してくれ、予定を上回る明石まで走ってしまいました。この頃は足の“マメ“が潰れたり足の筋肉痛で、またまた弱音をはきつつ不安に取り付かれていました。そんな時、原田さんが再びサポートの為、舞洲でのトライアスロンが終わったばかりの疲れた体で私の宿泊先に合流してくれ、これで明日もなんとか頑張れるなーと、気持ちを新たにする事が出来た1日でした。

そして、5日目には予定を大きく上回り、岡山県に入り、日生(ひなせ)まで走り、夕食の弁当やビールの買出し後、宿に戻る途中、三田さんが奥さんと共に大阪から車を飛ばして激励に現れ、びっくりするやら、感動するやらで、なんとしても博多までの完走の決意を新たにしたものです。

さらに、またまた私をビックリさせたのは9日目の土曜日に関西文具の奥出さんが朝4時過ぎに家を出て、大阪の会社で一仕事した後、大阪から三原まで新幹線に飛び乗り、出発直前に本郷の宿に激励に来てくれたのです。そして瀬野までの上り下りのタフな山岳コース中心の約47Kmを伴走してくれ、ほんとに皆んなで私のドリームランを支えてくれている事を痛切に感じた1日でした。

次の日の10日目は造座さん、堀場さんご夫婦が広島で私たちの激励に現れ、6人で、お茶を飲み、昔話しや今回のランニングでの思い出話しと、沢山の差し入れを頂き、宮島口でお別れするまで本当に楽しいひとときを過ごす事ができました。

その後、12日目には、徳山の国道2号線沿いでセブンイレブンを経営する上原龍一郎君と何年振りかの再会を果たす事が出来き、この日は感動と感激を体一杯に受け、お昼ごはんと沢山の差し入れを頂き博多までの完走を誓って走り出した1日でした。

「明日は関門トンネルを越えて九州だ!」と意気込んでいた14日目は台風6号が山口県に接近中との事で、今日はどこまで走れるんだろうと不安な気持ちで、小野田市の旅館を飛び出し、行ける所まで頑張ろうと走り始めた22Km地点の長府で雨・風ともに最悪のコンディションとなり、今日はここまでかと覚悟を決めて昼食を兼ねて、台風の様子を伺っていると、雨が止み、ひょっとしたら行けるかもという状況になってきて、原田さんの「行こう」と言う一言に背中を押され、その日はとうとう小倉までの約50Kmを走破する事になったのです。関門トンネルに到着した時には、台風にも負けずに、本当によくここまで来れたなーと感慨深い思いが胸をよぎり身震いしたものでした。

そして、とうとう私のドリームランの最終日となる15日目は昨日の台風がウソのような好天となり、「天気まで私のドリームランの完走を祝福してくれているのかなー」と、勝手な解釈をしながら、小倉の旅館を後に博多の自宅迄の約70Kmを目指す事にしました。しかしこの天気と70Kmという事を考えると距離的にも体力的にもとても辿り着くとは思えませんが、とにかくベストを尽くそうと走りはじめました。やがて、お昼近くになってそろそろご飯でもと思っていたところ、突然、先の方で誰かが何か拍手をしているのが見え、なにやってるんやろうと思っていたら、なんと、そこにはあの三田ご夫妻が大阪から車で激励に駆けつけてくれているではないか。この突然の出来事には言葉も出ず、ただただ感動するだけでした。私には何とすばらしい友達がいてくれたのだろう。本当に三田さん有難う。ひと時の談笑と昼食をご馳走になった後、再び博多のゴール目指して走り始め、博多駅に640分頃到着した時には本当によく此処まで来たなーと感慨深い思いがまたまた胸を熱くしました。

そして、我が家迄の途中では女房の両親が沿道で小さな鯉のぼりを振りながら「万歳!万歳!」と言って喜んでくれ、本当に胸が熱くなるばかりでした。

そして、19時35分にとうとうゴールの我が家に到着し、そこには女房とあの三田ご夫妻が出迎えてくれてゴールテープを切り、シャンペンでの祝杯を原田さんと共に味わい、私達の、いや私たちと応援してくれた沢山の人達の15日間のドリームランニングは幕を下ろす事になりました。

最後になりましたが、滋賀県は野洲町のP&G滋賀工場から博多の自宅まで総距離741kmを無事に完走できたのは自転車でサポートしていただいた原田さんをはじめ、途中伴走してくれた方々、応援やサポートのために駆けつけてくれた人々、メールや電話で励ましてくれた多くの仲間たちの力強い支えが有ったからに他なりません。ここに厚く御礼申し上げます。本当に有難うございました。

佐藤克二


佐藤さんのドリームラン奮戦記  記 原田 雄二

第1日 6月6日(金) 滋賀県野洲町→宇治市中書島 43km  天候:晴 暑い
 出発に先だち、勤務先の滋賀工場の工場長以下大勢の社員による激励の出発式が行われました。社員有志による立派な横断幕も作成され、佐藤さんへの励ましや期待の大きさが伺われました。佐藤さんもたくさんの人達から抱えきれないほどのエネルギーをもらい、ドリームランニングのきっかけや今の気持ち、謝意を述べ、決意新たに、10時過ぎに多くの人達に見送られてスタートしました。
     
      立派な応援の横断幕まで準備してもらって感激!でも、プレッシャーが・・・
   
   さあ、出発の時が来た         国道大津付近 天気が良すぎて暑い   逢坂山もなんのその
   
 三田さんが応援に。宿も探してくれた。       観月橋付近は宿がない      本日の目的地「中書島」に到着
                                                      宿泊はビジネス旅館「阿蘇」


第2日 6月7日(土) 中書島→尼崎 52km(滋賀から95km) 天候:曇後晴後曇
 8時半に宿を出発。宇治川沿いに八幡市を経て淀川沿いに牧野へ。午前中は気温もそれほど上がらず曇り空で快調に走る。マクドナルドでアイスコーヒーを飲んで休憩。ファーストフード店がオアシスに思える。昼頃から晴れてきて気温が上がり暑くなる。牧野からは淀川河川敷を走る。車が通らない道なので気持ちよく走れるが、直射日光をさえぎるものがないのが辛い。河川敷では野球やサッカーを楽しむ少年たちやバーベキューで盛り上がるグループを尻目に淡々と走る。でも、水道設備が至る所に有るのが嬉しい。顔を洗い、うがいをするのが気持ちいい。淀川に架かる橋の下の日陰で休憩する。しかし、このルートでは食べるものを売っていない。仕方なく、河川敷を外れて街中へ行き、2時半頃に遅めの昼食。疲れで喉に通らない。水ばかり飲む。再度、河川敷に戻り、南下する。十三大橋では今日も三田さんが冷たいスポーツドリンクを準備して待っていてくれた。有り難い。一緒にコーヒーを飲む。ここまで予定の45kmを走った。しかし、淀川大橋近辺には宿がないので、結局は尼崎まで走った。到着は17時40分。今日の宿は駅前の旅館「大和」。JRで先回りした三田さんが探してくれた。
  
  午前中は余裕の走り             ここから河川敷をひたすら走る         日陰がなく暑い!
  
思い出のスカイタワーをバックに      兵庫県尼崎市に入る             今日のゴールはJR尼崎駅前
                           荷物は三田さんが運んでくれたので楽だった


第3日 6月8日(日) 尼崎→明石 46km(滋賀から141km) 天候:快晴
 
8時40分に出発。武庫川大橋で谷垣さんが待っていてくれる。谷垣さんとは本社勤務だった頃に1度だけ六甲アイランドの周回コースを一緒にジョギングした記憶があります。1度しかお会いしていないのに、文字通り(応援に)駆けつけて頂き、感動。最近は体調があまり良くないにもかかわらず、六甲道までの10km余を一緒に走って頂きました。また、途中の西宮からは関西文具の奥出さんが、芦屋から池側さんが伴走。、夙川では”女子大生”の飯田さんが自転車で駆けつけくれ、賑やかな楽しいランニングになりました。さらに、明石大橋付近では、またも三田さんご夫妻の姿が。三田さんはこれで3日連続で応援に来ていただき恐縮です。奥出さんには約40kmの間、6kgのディパックを背負ってもらうなど、皆さんの暖かいサポート、応援で楽しくに走ることができました。(記 佐藤)

夙川付近で池側さん、飯田さん、谷垣さん    陽気な奥出さん                  三田さんご夫婦も応援に

第4日 6月9日(月) 明石→姫路 43km(滋賀から184km) 天候:晴
 
8時半出発。今日もいい天気だ。海岸沿いの自転車道を東二見まで走り、西二見からは新幹線の高架下の自転車道を走る。高架下なので日陰になり風も少し有るので走りやすいかも。11時頃にファミリーレストランで早目の昼食。かなり喉が乾くので、飲み放題のドリンクバーが有り難い。食後は少し歩いてから走り出す。途中で自転車道が新幹線の南側にかわり、陰がなく暑そう。上を走る新幹線に乗れば3時間で博多まで着いてしまうのに・・・。姫路到着後、駅の観光案内所で宿を探す。駅近辺は結構高い。おまけに案内所で予約したら通常より500円高い料金を取られたことが後に判明。これも経験か。佐藤さんは左右の足の小指にできたマメを針でついて水を出す。右足小指は血豆になっている。しびれて熱い感じだ。とても痛そう。

後ろには明石大橋が           新幹線高架下       橋を渡るための上りはきつい       トイレはGSやコンビニで

第5日 6月10日(火) 姫路→日生 51km(滋賀から235km) 天候:曇時々小雨(梅雨入り)
 昨日までの天気とは打って変わり、小雨交じりの曇り空。国道2号線をひたすら西へ。昨日までに比べて暑さがしのげるので走りやすそうだが左足前面に張りがあるようだ。龍野のレストランでは「揖保の糸」そうめんを食べる。何が楽しみかといえば、各地の美味いものを食べることか。喉が渇くので、何度も水をお代わりしたくなるので、水のポットをテーブルにおいてもらう。
走っている途中にママチャリのおばさんから「頑張ってや」と声がかかる。ちょっと声をかけてもらうだけでも嬉しいものだ。赤穂市に入る手前には高取峠が、赤穂を過ぎて岡山との県境には鳥打峠が容赦なく立ちはだかる。しかし、佐藤さんのペースは安定している。すでにフルマラソンの距離を越えているのに、ペースは安定している。平地では時速10から11km、上りでも9−10kmとあまり落ちない。どこにそんなパワーを残しているのだろうか?今日は民宿「うおしま」に泊まる。夕食とビールを買出しに出ての帰り道に三田さん夫婦が待ち構えている。わざわざ大阪から応援に来てくれたのだ。これで4回目だ。神出鬼没の三田さんには驚かされるとともにとても励みになる。
  
揖保の糸そうめん                早くも岡山県に入る                 日生の喫茶店前で三田さん夫妻と

第6日 6月11日(水) 日生→倉敷 55km(滋賀から290km) 天候:曇
 民宿のお兄さんに見送られて出発。R250、R2,そして再びR250を岡山市内へ向かう。今日は蒸し暑いので汗がよりたくさん出る。昼食は王将で餃子を食べ元気をつける。その後、ファミレスのサイゼリアのドリンクバーで冷たいソーダ類をがぶ飲み。1日に何リットルの水分を取っていることか。店が暇だったので元気なウエイトレスのお嬢さんと博多まで走って帰る話をしたら、「頑張ってください」と励まされ、元気倍増!倉敷手前の川崎医大の前にはたくさんのバラが咲いており、走りながらもその花美しさを楽しむ余裕もある。信号待ちしていると、ビジネスホテルの広告看板があり、2人で泊まれば1部屋5,800円と書いてある。早速予約の電話を入れるとOKの返事。これで今日の宿は安心。でも、ほんとにそんなに安いのか不安だ。17時にホテルに到着。名前は「ホテル1−2−3」1人で泊まれば1部屋4,800円、3人だと1部屋6,800円とかなり安い。数は少ないがチエーン店で全国にある。部屋は綺麗で、冷蔵庫も備えてあり、トイレはウォシュレット、おまけに自動販売機で売られているジュースやビールはコンビニで買う値段と一緒だ。佐藤さんの左足親指に水ぶくれができているので自分でつぶして水を抜く。マメの痛さは走り始めると次第に軽減されるようだが、右足小指は相変わらず痺れている様だ。もう一つ大変なのが応援メールに対しての返信だ。佐藤さんはとても几帳面なので、メールをもらったら、一生懸命返信している。パソコンと違って、文字入力が大変だが黙々と打っている。入力が大変だが、メールをもらってとても嬉しそうな一面も見せる。
岡山市内に入ってきました

第7日 6月12日(木) 倉敷→福山 44km(滋賀から334km) 天候:曇時々晴 午後小雨あり
 このホテルでは無料の朝食も提供してくれる。いろんな種類のパン、コーヒーにジュース。そしてオレンジにバナナと充分だ。とても気に入った。8時半に出発してしばらくすると青空が見えてきた。気温が高く蒸し暑い。しかし、ペースは6分/kmと正確なピッチだ。後ろから見ていると汗の量がすごい。頻繁に自動販売機で500mgのスポーツドリンクやコーラを買って飲んでいる。運良くキャンペーン中とかで500mgのドリンクが100円で買えるのが嬉しい。右足をかばって走ったせいか、左足の親指付け根の辺りに水ぶくれができてきたようだ。おまけに膝も痛くなってきたらしい。しかし、淡々と走る姿は力強く着実に進んでいるので安心してみていられる。昼食は牛丼。ここでもポットの水を飲み干すほど乾いていたようだ。しかし、食欲は旺盛なので心配なさそう。道中、大きな犬が10分あまりも佐藤さんに付いて走る。いったいどこまで着いてくるのか心配だったが、途中で他に楽しみを見つけたのか離れてくれたので一安心。今日の宿泊も「ホテル1−2−3」だ。不要な荷物の選別をし、郵便局から実家に送り返す。私、原田は明日の金曜日までのサポートのつもりなので、少しでも荷物を減らさないと持って走るのが大変だ。夕食の買出しのついでに福山城前で記念撮影。佐藤さんは、宿に到着後も夕食の買出しには必ず自分で行くほど元気だ。普通なら、「原田君、適当に買って来て」と頼んでもおかしくはないのだが・・・佐藤さんの生真面目さか?それとも市内散策で歩くことが疲労回復にもつながるのか?
  
自転車、歩行者用の立派な橋        犬が佐藤さんとの走りを楽しんでいました     何回もたこ焼きを食べました


第8日 6月13日(金) 福山→本郷 46km(滋賀から380km) 天候:曇後快晴
 2時間近く走って尾道大橋が見えてきた。尾道駅のラーメン屋で尾道ラーメンを食べる。味が濃く美味い。店に入ってくる客はお年寄りばかりだ。自動販売機で食券の買い方がわからないお年寄りには店員が親切に手伝っている。しかし、何でこんなにお年寄りが多いのか不思議だった。この辺りからは海沿いの道で景色が良いが、快晴で陽射しをさえぎるものがなくムチャクチャ暑く、日焼けもかなりしている。三原には2時頃に到着。たこ焼きを食べる。足はかなり熱を持って足の裏がぶよぶよになっている。三原駅の観光案内所で宿を探す。隣町の本郷町の「本郷グランドホテル」が手ごろか値段なのでそこまで行くことにする。R2は途中で歩道がなくなり、通学路、線路沿いの車の通らない道を選んで走る。夕方には奥出さんから電話があり、予定より1日早くなっていることに驚かれる。この辺りでサポートを終え、帰ろうかと思っていたが、どうも中途半端な気もしたので、取り敢えずは門司までついて行く事にする。門司からは船で帰れるので都合が良い。

ここで、宿に着いてからの佐藤さんの行動を紹介すると、まずは風呂かシャワーを浴び、ついでにランパン、T-シャツ、靴下の洗濯。その後、少し横になるか携帯のメールを打つ。そして、コンビニ、スーパー或いは「ほか弁」へ、夕食の買出しに行く。もちろんビールと缶チューハイも1本づつ。
    
   尾道大橋                    尾道駅の尾道ラーメン美味かった  本郷町の静かで快適な道を行く

第9日 6月14日(土) 本郷→海田 56km(滋賀から436km) 天候:曇時々小雨
 ホテルで朝食を摂り、フロントの高橋尚子似の女性と記念撮影。そこに奥出さんから佐藤さんに電話が入った。何と、三原まで来ていると言う。朝、4時過ぎに西宮の家を出て大阪の会社に立ち寄り、一仕事してから新幹線に飛び乗りやってきたのだ。信じられない。本郷駅で奥出さんを迎える。駅前でランニングの格好に着替え、出発。これからは山の中を広島に向かう。小雨も降ってきた。奥出さんのトークは絶好調。佐藤さんにはかなりのライバル心を持っている。奥出さんいわく、「篠山マラソンでは、前に佐藤さんの背中を見ながら、そして、後ろから来るリッちゃん(私の家内)の足音におびえながら走っているが、そろそろ一泡吹かせてやりたい」とか。でも、奥出さん、「もっと練習しないと佐藤さんの背中が見えなくなってしまいますよ」。今日のコースはアップダウンが多く、奥出さんは下りが得意なので、下りは早く、上りで徐々に佐藤さんに追いつかれるという繰り返しで距離が進む。途中、歩道上にスズメの雛が飛べずにうずくまっているのを佐藤さんが見つけ、そっと拾い上げて、道端の踏まれないような場所に移動させている。かなりの距離を走ってきて、疲れているにもかかわらず周りが良く見え、そして屈むのも辛いだろうに、何と言う心の優しさだろうか。奥出さんとともに感動する。その後、奥出さんのペースが上がり、引き離しにかかる。今日の目的地瀬野が近づいてきた所で、佐藤さんも奥出さんに追いつくべくペースを上げる。何とこんな所で2人がライバル心を燃やしている。すごいパワーだ。本郷から47kmで瀬野駅に到着。宿を探すもこの辺りにはないので、9km先の海田町まで行くことにする。しかし、奥出さんはここからJRに乗り愛する奥さんと子供の待つ自宅に帰ることになる。佐藤さんは走りながら、奥出さんの乗った電車に大きく手を振る。乗っている奥出さんからは良く見えたようで、「まるで、恋人同士が分かれてそれぞれの道を行く」ようなドラマの場面を想像させる。奥出さんいわく、「電車の窓を開けて手を振りながら声を出して叫びたかった」心境だと。しかし、周りには女子高生がいっぱい乗っていたので恥ずかしくてできなかったとか。「相手が佐藤さんでなく女性だったらほんまに涙が出るとこでしたわ」とは、後日談でした。海田町で宿泊した宿は、昔のヘルスセンターのような感じの所で風呂もいろんな種類があり、ゆっくり疲れを癒せたようだ。今日は今までの最長距離56km、それも数回のアップダウンがあるタフなコースで、左ひざにかなり痛みを感じているようだ。しかし、脚は日焼けもあり、引き締まって強くなっているようにも見える。

奥出さん現る          楽しそうに走る2人                   奥出さんは闘志むき出しで前へ前へと

第10日 6月15日(日) 海田→岩国 50km(滋賀から486km) 天候:曇時々小雨
 小雨振る中をいつもより早く8時10分に出発。神戸の本社勤務以来のジョギング仲間であった高梨さん(旧姓造座さん)夫妻が東京から広島で生活している元同僚の石井さん(旧姓堀場さん)夫妻を訪ねて遊びに来ており、両夫婦が宮島観光を兼ねて廿日市に駆けつけてくれた。おまけにたくさんの差し入れまで頂き恐縮。6人でコーヒーを飲みながらワイワイと思い出話やドリームランについての話で盛り上がり、アッと言う間に1時間が過ぎ去った。お二人とも新婚さんだが家庭内では政権をガッチリつかんでいる様だ。一旦別れて、宮島口で再会することに。「黄色い声を張り上げて声援する!」と言われていたので、期待していたが、ようやく恥じらいを感じる年頃になったのか、あまり黄色い声は聞こえなかった。でも、大きく手を振って迎えてくれる。宮島の鳥居を遠くに皆で記念撮影し、彼女たちは宮島へ、我々は岩国を目指す。大竹市街の手前で念願の広島のお好み焼きを食べる。広島ではこれを是非食べたかったので大満足。40km地点の大竹市のショッピングセンター「YOU ME TOWN」のマクドでコーヒータイム。佐藤さんの右足首の腱付近がかなり痛いという。今日は走りやすい天候だが足の痛みが気になる。
岩国駅の観光案内所で旅館の一覧表をもらう。一番近い宿に電話をかけるが、「使われていない」という案内。仕方なく、その場所に行くとやはり閉まっている。なんとか他の安い宿を探しそちらに向かう。宿は「朝日軒」部屋には冷蔵庫もあり、1人1部屋をあてがってくれた。

左:石井夫妻、右:高梨夫妻           宮島口での再会を約束して一旦別れる    宮島口に向かって走る                 

宮島口で再び両夫妻と再会          彼らは船で宮島へ


第11日 6月16日(月) 岩国→下松 45km(滋賀から531km) 天候:雨後曇
 雨足が強い。折角なので少し回り道になるが岩国の錦帯橋を目指す。記念撮影を済ませて、県道(欽明路道路)を玖珂町へ。R2を走るよりもかなり近道になる。しかし、大型トラックなど交通量は非常に多い。上りもきつい。佐藤さんは淡々と走る。最初は傘を差して走っていたが、風にあおられて危ないので雨の中をずぶぬれで走る。この道路には3つのトンネルがあり、3つ目は1170mと長い。トンネル内の歩道(歩道とは思えない狭さ)を走っていてもトラックが横を通り過ぎるたびに恐怖を感じる。あとで気がついたのだが、旧道があり、そこを走れば距離は長くなったが快適には走れたようだ。いつもは勘が働き、そのような道もだいたい推測できるのだが、もし、行き止まりになっていたり、あまりにも遠回りになったりすると大変なのでそれを選択する勇気がなかった。まあ、無事に通過でき何より。佐藤さんは長い下りが辛そうだ。上りは当然心拍数が上がりしんどいが、下りは膝や脚への負担が大きくなる。今まで痛かった足のマメはもう痛さを感じなくなったと言う。膝や腱の痛みが増してきているのか?R2に合流し、またしても峠上りだ。雨にぬれ、寒くないか心配だったが「大丈夫」と言う。確かに走っている時は寒さを感じないが、休憩や昼食時にレストランなどに入った時はクーラーが効いてるので寒いようだ。徳山まではかなり距離があるので、予定変更し、下松に向かうことにする。下松市役所の観光課で旅館、ホテルの一覧表をもらい、予約の電話を入れるが、2件のホテルは満室、1軒の旅館に電話すると、お年寄りが電話に出て「今誰もおらんのでわからんが、多分部屋は空いとると思う」と頼りない返事。小1時間ほどもウロウロしたろうか、ようやく女将さんが戻ってきて宿泊できることが確認でき一安心。今日の宿は「かめや旅館」夕食を買いに1kmほどもあろうか大きなスーパーに行く。まずはコーヒーを飲む。そこへ、佐藤さんのかつての同僚であり友人でもある上原龍一郎さんが徳山から応援に駆けつけてくれる。しばし、昔話に花を咲かせたあと、夕食を買って旅館に戻る。上原さんは3年前にP&G退職後、徳山でコンビニを経営しているので、明日お昼頃に立ち寄る約束をする。しかし、毎日40km以上走った後も、よく歩けるなと感心する。
 
錦帯橋をバックに雨の中はこんな感じで走ってます        峠上りは辛いが以前よりは楽に上れるようになった

第12日 6月17日(火) 下松→防府 39km(滋賀から570km) 天候:小雨後曇
 朝は小雨が降っていたがすぐに止み。約束どおり徳山の上原さんのコンビニ「セブンイレブン」に11時に到着。奥さんとともに迎えて下さった。早速昼食にと、うな丼を頂く。お茶やデザートなども持って行けと差し出していただき恐縮。話を聞いているとコンビニの経営がとても楽しそうだ。お客さんも結構入っている。今日の難関は椿峠。今日の目的地を早めに防府市に決め、宿に宿泊の電話を入れる。夕食も準備してもらえるのでラッキー。というのは、宿である「防府市サイクリングターミナル」近辺はコンビニやスーパーが近くに無く買出しが大変なのだ。
岡山、広島、山口と走ってきて、どこも今が田植えの時期のようだ。滋賀ではゴールデンウイークあたりがピークだが、この辺では今がピークのようだ。これは気候の違いなのか?
佐藤さんは上り下りとも辛そう。左ひざの痛みに加えて右ひざにもきているようだ。右脚内側の腱は足を蹴り出す時に痛いという。マメは痛みが無くなり、筋肉痛もあまり感じないと言う。私ならかなりの筋肉痛に悩まされると思うのに、佐藤さんは大丈夫。毎日の通勤ランや日頃の練習で鍛え上げた効果が出ているようだ。今後は100km以上のウルトラマラソンに挑戦してもらいたい。きっと良い成績が残せるはずだ。
明日は台風6号の接近での影響で1日中雨の予報が気になる。
  
上原さん夫妻が経営するコンビニの前で


第13日 6月18日(水) 防府→小野田 50km(滋賀から620km) 天候:雨 台風6号接近中
 雨が降るので佐藤さんは傘をさして走る。サイクリング道路を川沿いに7km走った後、R2を西へ。右ひざの痛みに耐えながら走っている。以前に比べ表情も険しくなって来た。かなりの疲れが予想される。しかし、走りは淡々としており。普通ならイライラしたり、弱気になって愚痴が出たり、文句の一つも言いたくなるだろうが、常に冷静だ。人生経験の豊富さとコツコツ積み上げた練習の成果、そして何としてでも完走して家族の元に帰り着きたいという執念が走る苦しさ、辛さ、痛さを上回り、何かに取り付かれたように脚を一歩一歩前へ出させているのか。たくさんの人に見送られ、途中では多くの人が伴走、応援に駆けつけたりしているのでそれらをプレッシャーから元気に変えて走っているようにも見える。道路脇にはアジサイが綺麗に咲いており、それらを鑑賞しながら走る余裕もある。30km地点の山中のドライブインで昼食。最近、ちゃんぽんを食べることが多い。何故なら野菜も一緒に食べられるからと、栄養にも気を使っている。R2は歩道が無くなり、路肩も狭くなるようなので、予定進路を変更し、遠回りになるが県道を小野田市へ向かう。宇部駅近くのスーパーでコーヒータイム。ここで、10分間でカット¥1000の看板が目に入り、思い切って髪を短く切ることに。若い綺麗なお姉さんに短くカットしてもらい上機嫌。なかなか似合っていてカッコいい。しかし、走っている途中に散髪するなんて、何と言う余裕なのだ。小野田市に着き市役所で宿泊場所の一覧表をもらう。係りの女の人に滋賀から博多まで走っているという話をすると、叔母さんが野洲にいるという。そして勤め先は大手の訪販の化粧品会社らしい。しばし、談笑する。今日の旅館は「松月旅館」。1泊朝食つきで4300円。夕食はほか弁を買いに行く。
     
       日焼けした顔、すっきりした頭で一段とたくましく、そして若々しくなりました

第14日 6月19日(木) 小野田→小倉 49km(滋賀から669km) 天候:台風6号の暴風雨後曇後晴 
 台風6号が九州西部の海上を通り日本海に抜ける予報なので、台風に近づくように走ることになる。宿の女将さんが心配してくれて、下関で安く泊まれそうな宿の電話番号を調べてくれる。出発時はほとんど風が無かったが、徐々に追い風(東の風)を感じる。1時間ほどで埴生に到着。ファミレス「Joyful」のドリンクバーで給水。佐藤さんは大好きなソーダをがぶ飲み。ついでにカプチーノも味わう。こんな天気でもかなり喉が渇くようだ。道路の両側に歩道が有ればいいのだが、左のみだったり右のみだったりで何回も道路を渡らねばならない。信号待ちの時に、かなり強い風にあおられ、ガードレールに取り付けてある反射板を思わず掴んだ時、反射板の前面につけてある羽で手のひらを切ったようだ。かなり深い傷だ。治療もできず、タオルで押さえて走っている。風が更に強くなってきた。進路が南西になり、風向きが
横風になる。幸運にもR2はバイパスで側道が風下にあるので風をさえぎってくれ、走りやすいしかし、時々トンネルがバイパスを横切ってるので、トンネルの前を通るときにはかなり強い風だ。吹き飛ばされそうになる。そして、川を渡る時は一旦バイパスに上がり広い歩道上を走るも、風にあおられ端の欄干近くまでよろけることもある。佐藤さんは自転車の私のことを心配してくれる。何とか切り抜け、長府の大きなショッピングセンター「YOU ME TOWN」に到着。かなりの危険を感じ、我慢もここまでで限界か?昼食を取った時に店の人に、近くに泊まれる所が無いかを尋ねたら、健康ランドや、安い宿があるというので、名前を教えてもらい、しばらく待機する。ここから先は海岸線沿いも走るので波が道路まで押し寄せているかもしれないとも言う。友人たちにメールや携帯で台風情報を聞くと、かなり速いスピードで対馬海峡から日本海へ北東に進んでいるようだ。2時間ほどして、雨が止み、風も収まった。台風が通過したとは思えないが、少しでも距離を進めようと出発。1時間で関門トンネルの門司側に到着。途中では見事に波しぶきもかぶってしまった。
しかし、写真をとりまくり、念願の九州入りだ。佐藤さんも私も感激。エレベータで地下におり、山口県と福岡県の県境でまた記念撮影。門司側に上がると、晴れ間が見えてきて、どんどん天気が回復してくるのは嬉しいが、蒸し暑くなってきた。おまけに、今度は正面からの向かい風になり、埃が目に入り走りにくい。さらには、木の枝がいたる所で折れて道端に散らばっている。相当強い風が吹いたことを物語っている。結局小倉まで走り、駅の観光案内所で宿を探す。ここでも若くて親切なお嬢さんが近くて安い宿を探してくれた。今夜は「ともえ旅館」で1泊朝食付き\3500と嬉しい値段だ。佐藤さんは、「明日は博多の自宅までの70kmを行く」と決断する。今までの最長は56kmで、ましてや最終日に70kmを走るなんてちょっと無謀に思える。しかし佐藤さんの意気込みはすごい。おまけに今夜は前祝を居酒屋でしようという。なんと疲れを知らない強靭な体と精神力の持ち主なんだ。恐れ入りました。
 
外は暴風雨、表情も引き締まる   下関到着。後ろは関門大橋         関門トンネルの中、山口県から福岡県に

最終日 6月20日(金) 小倉→博多 72km(滋賀から741km) 天候:快晴
 「今日は何時になってもゴールするぞ」と覚悟を決めて出発。九州に入ると国道は3号線になる。バイパスも多く、できるだけ最短コースになるようにルートを選ぶ。そして、実は三田さん夫婦が佐藤さんの応援のために昨日門司まで来ていることがわかっていたのだが、三田さんとの約束で、佐藤さんを驚かせる手はずになっていた。よって、逐次、通過場所を佐藤さんに内緒で連絡を入れる。(佐藤さん、内緒にしてゴメンナサイ!)しかし、私にも三田さんがどこに現れるのかはわからない。三田さんは人を驚かせるのも趣味の一つらしい。遠賀町ではR3をそれて県道に入り、再びR3に出た所で、遠くから拍手をしている人が見える。佐藤さんはすぐに三田さんだと気づき、ビックリするとともに嬉しそうに二人に駆け寄り抱擁でその嬉しさを表していた。三田さんには、またも昼食に天ざるをご馳走になってしまった。ここまで26km、先はまだ長いので、ゴールでの再会を約束し先を急ぐ。今日は暑い。ファミレスのガストに入り、ドリンクバーで給水。佐藤さんはドリンクバーの前で立ったまま3杯のソーダを飲み干す。相当乾いているようだ。今日も小刻みなアップダウンが試練を与えるかのように立ちはだかるが、ペースは依然衰えない。

今までの佐藤さんのペースは、昼食までは1時間走って休憩、また1時間走って休憩、そして昼食後は30分走って5−10分の歩きを入れる。もちろんその間にファミレスやファーストフード店での休憩も適宜入れる、といった感じで、すべて自分でコントロールしている。よって、私の役目は地図を見ながらの道案内と荷物を運ぶことだけなのでとても楽だ。走るのは8時半から遅くて5時、早い時には3時前に上がったこともある。でも、一日がとても早く過ぎ、2週間もあっと言う間に過ぎ去った感じがする。ただ単に走るという行為なのだが、たくさんの友人たちの応援、サポート、そして見知らぬ人達から受けた親切などに感謝しながら、更にはそれらをエネルギーに変え、目標に一歩一歩近づくという毎日がとても充実していたようにも思う。

福岡市の手前の新宮町で佐藤さんお勧めの牧野うどんを食べる。太い麺でおつゆを麺が吸い込むのでおつゆを継ぎ足しながら食べる。好みの味付けだ。食べ終わるや否や、早速出発。17時7分福岡市に入る。市内に近づくにつれ、信号機が多くなり、人通りも賑やかになる。Stop & Goが多くなり、ちょっと走りづらそう。午後6時50分博多駅前通過。自宅と博多駅の中間あたりで奥さんのご両親と弟さんが鯉のぼりや旗を持って「万歳!万歳!」と叫びながら迎えてくれる。ちょっと目頭が熱くなりかける。とうとう福岡まで来たという実感が湧く。実家まであと少し。最短距離を行くにはきつい上りがあるが、ちゅうちょ無く上りのコースを選択する。佐藤さんにとっては、もはや上りは敵ではない。むしろ得意になってきたようだ。嬉しさが会話にも現れる。「足のどこが痛いか?」と聞かれても「言えない」と答える。何故なら、ありとあらゆる所が痛いのだ。実家のあるマンションが見えてきた。奥さんの啓子さん、そして三田さん夫妻が待っている。啓子さんお手製のゴールテープが佐藤さんらしい静かなゴールを迎え入れる。啓子さんとガッチリ握手し、無事にそして元気に帰ってきたことを互いに喜び合っていた。そして三田さんが準備してくれたシャンパンでお祝いの乾杯だ!「佐藤さん、夢の実現おめでとう!」

な、な、何と大阪からわざわざ応援に・・・      好物の牧野うどん        やったー!、福岡市に入った。

ショッピングセンター「You Me Town」はオアシス   奥さんのご両親がお出迎え        寄せ書きT-シャツを着てラストスパート

奥さんの啓子さんお手製のゴールテープが主人を迎える             三田さん提供の高級シャンパンで祝杯!

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