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あるキャンドル作家と彼女の曾祖母のDiary

2月19日

昭和壱壱年 弐月壱九日 曇
オ昼過ギ蓼沼マデ買イ物ニ行ッテ来タ。門井、栗原、高橋、野沢、石田
海後ノ各氏ニ内祝イトシテ半衿弐拾五銭ノ品三懸ケ、壱拾七銭ノ品三懸ケヲ買ッタ。
帰途中屋ヘ大賀氏ニ上ゲル蜜柑(六拾銭)ヲ届ケル様頼ンデ来タ。

儚い薄水色の空が見上げた天に広がっていた。
早く起きてしまったので、庭に出てみると、風に伸びた薄い雲が模様のように泳いでいる。
裏山では蝋梅が黄色い花を咲かせていた。
コートを羽織り、回遊路を散歩する。
すれ違った人が2人。
頬が陶器のように硬質で白いワンピースの少女。
小脇に卒塔婆を抱えた男性。
鶯がどこかで鳴いている。
私はまだ開かぬ蕾を見つけてそっと触れた。
モノクロからカラーへ切り替わる、その足掛かり。
春の新作シリーズの名前を迷っていたのだが、これが決め手になった。
「Spring Monochrome」


3月6日

晴時々曇
本宅ノ姉ガ来タ。発信、康雄ヘ。

午前中に隣町のレストランに納品。4月末にある結婚式のキャンドルを頼まれる。
午后はいつのものように、店を開けながら工房で制作。
春の作品がだいたい揃う。
今年は、淡い色の中に、薄墨のような影を潜ませた作品を作った。
春は芽吹きの季節と同時に、彼岸がすぐそばに漂っている気がする。
霞や仄温かい気温の所為だろうか。
裏山の白梅と紅梅が開花し、魯桃桜や山茱萸も折り重なって、山肌を染めていた。
三時の陽ざしが色あせて射し込む窓際に立って、珈琲を1杯。
柳の葉が少しずつ芽吹いている。風のない穏やかな日なのに、やけにざわざわと揺れていた。
夕刻、男性の客が1人あり。
熱心に眺めていたので、いろいろと説明するとまた熱心に聞いて、2つ買い求めていった。
とても丁寧なしぐさの人だった。