HOME 第43回 2004.1/24
21:30〜2200
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人生に迷ったとき、大きな決断に迫られているとき、
あと少し力が必要なとき、ぼくがそっと背中を押してあげるよ。
今夜はFURACHIなオトコと、FURACHIな夜を過ごそうよ。

Gacktの、FURACHIなオトコたち。


真冬でも、気持ちは生まれたままの格好で。
冬のFURACHIO、Gacktどえっす。


そうです、冬のFURACHIはとっても激しく動きます。
え〜ことし、年が明けて、ぼく台湾に行って来たんだよね。
で、それは、台湾にいる友達、末期ガンの友達がいて、
その友達がもう1年前に、もう助からないって言われてて。
でもそこからがんばってがんばって1年、命を延ばしてたんだけど。

年が明けて1月7日にはいって、ちょうど昼過ぎくらいかな、
台湾から電話かかってきて。その子の妹から電話かかってきたんだよね。
で、もう。。。。話すこともできなくって、もう危ない。
で、いまもう、生命維持装置をつけてて。。。。
もうたぶん助からないと思う、みたいな、電話がきて。


で、話しかけてやってくれないかっていう話をずっと電話で話しかけてて、
ケフカっていうんだけどね、
ケフカに、歌を届けてあげてくれないかって言われて、
歌をずっと歌ってたの、電話越しに。

そのあと、とにかく今から台湾に行くからっていう形で
台湾に行ったんだけど、間に合わなくって。
もう着いたときには、亡くなってて。
でも彼はね、21歳っていう若さで、まあ亡くなってしまったんだよね。

でも、凄くこう。。。。まわりにいる人たちに、
生きるっていうことはどういうことなのか、
生きているっていうことがどれだけ素晴らしいことかっていうのを、
凄いこう、体現して、見せてくれたんじゃないかなって思うわけ。

簡単に死にたいとか、そういう言葉を使ってしまう人たちって、
ほんとうに生きるっていうことにしがみついてないんだなって。

もちろん、その子も、自分が末期ガンだっていうことを宣告されなければ、
そこで気がつかなかったかもしれない。
でも、自分が生きているっていうことを感じる瞬間っていうのは、
もしかしたら一生に一度あるかないかかもしれない。

その瞬間に到達できた彼は、うん、ある意味生きるっていうことを
一生懸命全うしようと思えた瞬間を手に入れたわけで。
よかったっていうわけじゃないんだろうけど、
決して彼の人生は無駄じゃなかった、うん、とぼくは思っているし。


彼がぼくらに教えてくれたものっていうのは、
凄くたくさんのものがあるんじゃないかなって。

以前のぼくはね、自分がもしね、なにかの病気だったりとか、
死ぬっていうことを宣告された場合は、
たぶん自分で一番最後死ぬ瞬間くらいは、自分で決めたいって思ってたんだよね。
彼の姿を見たときに。。。。


その、最後の最後まで生きるっていうことにしがみつく、
もがき続ける、
それがどれだけまわりの背中を押すことができるか、
生きるっていうことの素晴らしさを教えることができるか、
届けることができるかっていうこと
を凄いぼくは感じることができて。

で、今回の、ケフカ、その友達の死を受けて、
ぼくの中でもともと持ってた気持ちがさらに大きくなったものと、
そして一番大きく変わったことは、ぼくがもし死ぬ瞬間、
みんなさ、百年たったらいなくなっちゃうわけで、
みんなそれぞれ必ず死は訪れるわけじゃない?


でも、その死ぬ瞬間にほんとに最後の最後まで、
もがいて、生っていうものにしがみついて、かっこ悪くてもいい。。。。。
それで、まわりにいる一人でも、一人の人でも、その人の人生に、
なんらかの影響を与える、生きるっていうことを届けることができるのだとしたら、
それは凄く、人としてやるべきことをひとつやったんじゃないのかなって思うんだよね。

まあ。。。。凄く、素敵な男だったっていうことと、
そしてそのまわりにいる家族も、凄くいろんなものを教えられたっていうことと、
ぼくは凄く大切な仲間と出会うことができたっていうことと。。。。
決して彼を忘れないってこと。いろんな想いの中で、台湾から帰ってきました。

FURACHIになって既成概念を捨てて新しい発見を。
GacktのFURACHIなオトコたち。

(CM)


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レポ作成 イリヤ  編集 tulip@管理人