■市立田無小学校
所在地: 田無市本町4−5−21
 
田無小学校の校舎および校庭の景観。この場所から多くの学校が分かれていった。それはある意味で田無の発展の移り変わりを意味しています
田無小学校のおもな成り立ち
 明治期
 初年 村医賀陽 済、田中良伯、数十名の児童を集めて寺子屋を営む
 6年8月 神奈川件第十一大区、第八中学区、第百二十四番小学 真誠学舎を田無村下宿、当時の密蔵院に開く(入学した生徒は78人といわれている)

 15年4月

費用2,000円で上宿に校舎を新築し開校式
 大正期

 3年3月

かしわを校章として制定
 14年4日 現在地に校舎落成
(以来、4月22日を開校記念日と定める)
 昭和期 
 12年 学校給食開始
 16年3月 田無国民学校と改称
 22年4月 新学制による小・中学校発足
田無町立田無小学校と改称する
 28年4月 創立80周年記念式典をあげる
校歌制定、刑部初代校長、二宮金次郎像再建
 29年4月 田無小学校より谷戸小学校独立
 31年10月 養老畑の碑、本校庭に建てられる
 35年4月 田無小学校より向台小学校独立
 39年3月 創立90周年記念式典をあげる
 39年4月 田無小学校より西原小学校独立
 42年1月 市制施行のため、田無市立田無小学校となる
 43年4月 田無小学校より芝久保小学校独立
 48年4月 創立100周年記念式典をあげる
 50年4月 田無小学区一部変更され、新設柳沢小へ編入(児童36人)
 53年3月 新校舎完成(3/25)、新校舎落成式(10/24)
 53年4月 田無小学校より上向台小学校独立
 58年11月 創立110周年記念式典をあげる
 平成期 
 5年10月 創立120周年を祝う会を行う
 
創立125年余の歴史を持つ田無小学校は市内公立小・中学校のルーツという由緒があります。創立当初の田無小学校は『田無用水路(現、やすらぎの小道)』沿いにある観音寺(現在も同じ場所:本町5丁目)と田無警察署に隣接した場所にありました。
広さは校舎の敷地が500坪(1650平方メートル)用水路をまたいだ青梅街道までの運動場敷地が274坪(904平方メートル)。用水路が敷地内を横切る場所を選んだのは飲用水を確保するためだということで、当時の生活事情がよくわかります。
その後、児童の激増と校舎の腐朽、墓地と警察署に隣接し敷地内を用水路が横切るといった風紀・教養上の問題など様々な理由から現在の場所に移されたそうです。
(参考資料:田無市史)
 
 
←由緒ある小学校の定番『二宮金次郎』。
昭和28年に再建されたものらしいが、筆者が子供の頃地元の小学校で見た像はもっとスリムだった
←正門近くにある『養老畑』の碑。身よりのない老人や旅人のために一町歩の畑をつくった仁慈の人、下田半兵衛富久の遺徳を偲んで建立された(と思う)