1966年2月
2月に受験申請 4月期 電話級アマチュア無線技士 無線従事者国家試験を受験
当時16歳 工業高校電気科2年生 ぴかぴかのラジオ少年1年生
合格通知がきたのは6月の梅雨の時期で玄関引き戸の隙間に入っていた 見落としてれば今の自分はないかも
1度目の受験で合格できうれしかった
当時毎夜布団の中で毎日無線機のカタログを眺めるのが日課のひとつだった
春休みに某家電メーカでアルバイト〔日給680円だった〕をしてTRIO 9R−59の真空管無のキットを買って組み立て
重たい9R−59を手に下げ約2kmの距離の学校まで持って行き、担任の先生にお願いしてテストオシレーターを使わ
せてもらい調整した
毎夜SWLにいそしんでいた
送信機を買うお金がなかったので親に無理を言ってTX−88Aのキットを買ってもらった
従事者免許を申請後無線局の申請書を購入しブロック図等や家の近辺の地図が書いたり結構複雑であった
今か今かと無線局免許状を待ったが当時は申請後3-4ヶ月を要しやっと11月29日付けで免許が下りた
受験申請から開局まで8ヶ月でした
7MHz AMでの開局で開局第一声は高校の文化祭会場からの運用で自宅から運用したのは11月6日であった
TX−88Aの出力をかまぼこ板の上に組んだアンテナカップラーでリンクコイルを介し3C−2V同軸ケーブルに給電
アンテナは水平部8m折り曲げ部両側6mづつのベントダイポールでSWRなど知る由もないアンテナだった
空中線出力は6−7W程度であったであろう
7MHz AMで1/2/3/4/6/7/8/9エリア など年末までに合計124局交信した
1967年
1月24日7MHz AMで当時としては珍しい沖縄KR8DTと交信した
2月に電信級アマチュア無線技士の受験申請 4月受験 6月合格通知 7月免許証受領
毎日の交信が楽しみだったが春一番の風によりさお竹2本つなぎのポールがり隣家方向に大きく倒れこんだ
親がよそに迷惑になるのでアンテナ降ろせと言われそれでは小さなアンテナで済むからと無理を言って50MHz AM
のトランシーバをFDAM−2を買いにいった 4月4日だった
竹ざお1本の先にエナメル線で作った垂直ダイポールを取り付け50MHz AMの運用を4月5日から開始した
7MHzのアンテナは数メートルの線でローカル局との交信をつづけた
50.34MHzの水晶一波でCQを出した後ダイアルを廻し呼んでくる局を探すといった運用が一般的だった
お互い同じ周波数での交信はまずなかった 古き時代のよき思い出である
6月4日ローカル局と**山に始めての野外運用に出かけた
アンテナは1,5mのホイップアンテナ2本で作った水平DPで11局交信
7月16日に2度目の**山移動
50MHz AMで知り合ったローカル各局と泊りがけで**山で初めてフィールドデイに参加 50局交信
運用地点は山上のホテル横の空き地でホテルよりAC100Vを借用した
この年は50MHzでの運用が主になっていた
1968年
1月5日自作のローテータ完成
コンデンサモーターを利用し正逆回転可能のものでアンテナマストに取り付けた30cm位のプーリーにVベルトで
回転を伝達した簡単なものでこれで800円で買った中古の50MHz 3EL八木アンテナを廻した
工具屋でプーリーを買い紹介してもらった家内工業の旋盤で1インチの孔を空けてもらった
当時は部品をそろえるにも大変な時であった
2月2日ローカル局と21MHz でCW初交信
2月末工業高校電気科を卒業 技能優秀につき技能賞受賞〔専門科目全科85点以上〕 また3年間皆勤賞受賞
電気工事士の資格も1967年1月に取得
3月から某家電メーカに就職 初任給20100円であった
国内トタンジスターテレビの回路設計及び製品設計を行う第2技術部に配属となり自分用の半田ごてや工具など
支給されて社会人生活スタート
4月20日ローカル各局で50MHzを中心とした無線クラブ サンスポットクラブを立ち上げ理事の一人となる
以後50MHzでの運用がメイン
11月23日ローカル局にて21MHz CWで運用させてもらう SR−700A/ST−700Eのすばらしいラインだった
DU1/UA0/ZL1/K1/CX3/VK5/PY2/UA9/OH2/DL0/KR8 などなど瞬く間に5大陸と交信できた
電信でのDXに目覚めたきっかけである
1969年
仕事が忙しくなりアクティビティが下がる
設計部門なので製造部門のラインで不良品が出るとその対策で回路検討/設計変更/部品手配などなどとにかく
次の日の朝の製造開始時間までにやらねばならんことでその日のうちに帰れれば幸せの人生となる
残業は月100時間程度であったが60時間以上は残業代出ず 金返せ!!!!!
2月23日 自宅から7/21MHz 電信で交信開始
これ以後電信での運用がメインになってゆくが50MHzでのローカルラグチューも続く
50Mhz A2にても正式免許により運用開始
A2で電信出ていると当時のJARL監視委員に連絡した局が居るようで早速監査指導に赴くと監査指導委員より
はがきが来た
正式に免許受けているので免許状を示しお引取り願った
この当時7MHzの電信はTX−88Aを電信専用機に改造しブロックバイアスキーイングとしていた
8月31日 HF7/14/21/28MHz対応の旭精工のバーチカルアンテナ ECHO−8Gを購入しベランダに取り付
9月14日 50MHzVFO付固定機を持って御在所岳にて移動運用
11月29日 **無線でTS−510X 10w機購入 当時給料の4ヶ月分程の値段であった
当時10万円ものお金を胸に秘めどきどきしながら買いにいった
CWフィルターで快適運用 短波帯の電信にのめりこむ
1970年
7MHz CWにてほぼ毎日運用し50MHzでのローカルラグチューは減ってきた
電信が楽しくて仕方のないときであった ログを見てもA1モードで埋め尽くされている
28MHz CWにて海外とも簡単に交信できた 10Wと1ELループで直接給電していた
7月11日会社の無線仲間と**山に移動運用に出かけた
3名でテント パナ6 ホンダ300w発発 ガソリン20Lなど電車バスケーブルカーを乗り継いでの移動で今思うと
大変しんどい事だが若いからできたのでしょうね
8月22日ー23日にかけてALL ASIAコンテストに参加 21MHz CWでヨーロッパ 夜間の7MHzで北米と交信
9月29日夜7MHz CW 10W でGD2CFとも交信できている
11月28日-29日WW−CWコンテスト7MHzで参加 北米中心に交信
交信は出来るがさすが10WなのでW6の局のQSLには お前さんの信号は弱かった 一体何ワットだと書かれて
いました
1971年
1月4日 中国 BY1AAと 7MHz CW で交信 当時のBYは珍局
2月21日 ローカルのOMと移動運用 3.5/7MHz CW/SSBにて初の短波帯移動である
第一級アマチュア無線技士免許証を得たので7月5日付で短波帯を100Wにすべく電波管理局へ変更申請
今までの移動局を固定局にそして新たに移動局の申請である
7月13日付で変更許可を得8月6日変更検査合格
このときの設備はTS−510X 10W機のファイナルをパラレルに変更すると共に電源電圧を2倍とした
検査時28MHzの出力が8Wしかでなかったが検査としては合格だった
もともと10W機だったためドライブ段のコンデンサーの変更漏れだったと思う
晴れて100Wでの運用が開始されまた14MHzにも出れるようになりますます電信でのDXや国内通信に明け暮れる
日々を過ごしていた
でもあいかわらず仕事が多忙になり体の調子も悪くなりアクティビティも低くなっていった
1972年
転機の年となった
残業だらけだし精神的にも疲れたので思い切って2月末で家電メーカを退職し4月より転職した
5月5日14MHz CWにてZS5FEとの交信により開局以来6年目にして6大陸と交信できた
7月1日ベランダの隅に自作した木製のはしごにモズレーのHFトライバンダーTA−32Jrを設置して運用開始
ベランダの隅だったためどの方角に廻しても領空侵犯の状態であったが私道と空き地だったため苦情なし
当時のログを見るとDX局との交信がほとんどである
1973年
前半は低調であったが5月末頃よりDXとの交信で 3D2JA ZS2CW 9J2WR 4S7EA FK8BR 3B8DA
K5LTH/KH6〔kure isl〕 YA1TCA VS5MC VU2ANI CR8AMなどとできた
ただ7月18日夕方VU2ANIとの交信で近所の家にTVIが発生した
当日交信時に激しい降雨がありマッチングのずれもあってTVI発生となったと思う
この年はしばらくおとなしくしていた
たしかこの年と思うが記録が残ってないので定かではないのですがラジオ**で足立晴彦さんがパーソナリティを
していたアマチュア無線をテーマとしたラジオ番組の最終回〔30分番組〕に出演した
1974年
4月13日ルーフタワーを上げTA−32Jrを取り付けた 地上高は9m程度であったが周りに高い建物がなかったので
ルーフタワーからの眺めは結構よかった
昨年のTVIにもめげずDX再開である HV3SJ HB0XJJ GI3GAL IT9INO TR8CB FO8EE ZE8JW
EP2BQ YK5CDL CR6QS P29EJ KP6PAなどと交信した
5月19日には14MHz CWにて UH8BU/TR8CB/KK6ITU/F8TV/DU1OR/LU3EXで1DAY WACが完成
要した時間は16時間33分であった
早々JARL関西支部で発行していた1DAY WACを申請し楯と症状をいただいた
アワードは現在2011年までで1DAY WAC とARRL発行のWACのたった2枚だけである
アワードには関心ないのでこれで十分
8月3日八重洲無線のデジタル表示のトランシーバFT−501を購入
C21DX OH0AL FR0BCS VR1AA VR4AZ FR7AI 3D2DD PA0FNB S21CW FW0AA YJ8GS
PJ9JT OD5IQなどとの交信で100カントリーとなる
10月13日TA−32JrからTA−33Jrへの追加キットを購入し3EL構成のTA−33Jrにグレードアップ
10月30日 八重洲無線 YOー100 ステーションモニター購入
11月2日 JA****局と1910KHz CWにて初交信
6BA6-6AR5の構成で入力6Wの自作送信機であった
11月23日 WW−CWコンテスト中に2度目の1DAY WAC を所要時間4時間02分で完成した
12月2日 100W→300Wの変更検査を受け合格
ただしログに変更検査対象のFT−501の購入日を赤字で記入していたのが検査官の目に留まり検査前から使って
居たでしょうと言われ正直にハイと答えたのが愛嬌で一筆始末書を書かされました
その他アンテナの接地装置 3.5MHzに同調したアンテナがないなど事後報告も求められた
FT−501はファイナル6KD6x2でSSB 最大入力560Wpepだったと記憶している
電信では出力はおよそ250Wくらいだったか記憶がない
検査の為にクラニシの1KW終端電力計を設置したが測定結果の記録はない
ローカルのOMよりJARLでの講習会講師をやらないかとの話があり講習会制度の是非論があったが一度経験
してみようと引き受けることになりJARLで説明を聞いた
年齢制限下ぎりぎりの25歳であったが認められ早々年末より講習会で無線工学を担当する事になった
当時無線工学24時間だったと記憶しています 18時から21時10分まで90分x2の講義である
会場には60人一杯で大盛況で毎晩皆さん大変だったと思う
いかに説明すべきか色々考えたが一方的に説明するのが精一杯であった
1975年
第一回目の講習会も無事終わり終了試験も全員合格でしたと後でお聞きした
その後合計5回約300人の皆さんに講習を実施した
やはり皆さんに合格して欲しいが練習問題中心でなく満遍なく教科書すべての内容の講義であった
つたない講義で皆さん大変だったでしょうが受講者皆さんのがんばりで無線界にデビューされました
この年もDX専門であったが交信したカントリー数は103までだった
1月28日 TS−510撤去の届けを出す ローカル局にQSY
4月13日にルーフタワーに腕木を取り付け国内向けの7MHz 短縮DPを張った
このアンテナで国内局との電信を再開した
11月12日八重洲無線の144MHz オールモード FT−221を購入
それまでは福山電子のHT−2000 FM 2W のトランシーバでローカルラグチューを楽しんでいた
11月22日変更申請が許可となり144MHz SSBの運用が出来るようになった
この時期より講習会で免許取得されたかたがたと時折お空でお会いする事になりなんだか恥ずかしかった
1976年
短波帯では主に7/14MHz CWで運用
VHF帯では144MHz SSB/CWをメインに運用した
2月15日 144MHzのアンテナを自作5EL QUADに変更
2月20日 バイブロプレックスのシングルパドル購入
2月28日 144MHz アンテナを7EL 八木 水平偏波に変更
4月11日 144MHz CWロールコールのグランドミーティングに参加
配布された名簿には約400局あまりがリストアップされてい
私は和文交信がほとんどであまりロールコールには興味なかったが数回参加している
5月この頃より和文電信グループのロールコールに参加
8月6日 144MHz CW仲間と夕方から**山移動
8月10日 和文電信グループのミーティングに参加
32名中23名が1アマまたは1-2通の猛者の集まりだった
8月20日 144MHz 7EL 八木アンテナを垂直偏波に変更
このころ毎夜毎夜CWで運用し8月はCWでの交信時間トータルで33時間15分であった
1977年
2月6日近所から144MHz SSB運用時TVI申告あり その後の調査で音声段へのSSB信号混入と判明
該当のTVはコンソールタイプで音量調整ボリュームから音声回路の入力までの配線が長く音声入力に
パスコン挿入にて対策完了
該家の人よりお礼だといって3000円差し出されたが丁重にお断りしたしだいです
自転車を購入 ローカル局への訪問がしやすくなる
7月2日 TA−33Jrのブームを約5mとしワイドスペース化
朝4時過ぎから6時くらいまでDXを楽しむ 109カントリーとQSO
7月6日 144MHzで沖縄の局が聞こえるも交信ならず
1978年
短波帯では主に7/14MHz CWで運用
2月28日より3月20日まで東京に出張 IC−202にて144MHzCW運用
1979年
144MHzCWの運用が多いがアクティビティは以前より下がっている
9月23日 144MHz FM FT−202購入
HFは7/14/21MHzにて国内海外と交信 海外113カントリーと交信
1980年
3月27日FT−207 144MHz FM機購入
4月25日144/430MHz オールモード TS−770購入
6月9日430MHz帯免許
6月10日より430MHz帯にて運用開始
6月13日OSCAR7号 オービット#25516 BモードにてCWにてJA7**局と交信 衛星通信デビュー
6月14日ル−フタワーに上げたTA−33Jr 降ろしラジエータのみルーフタワー中間に設置
6月22日430MHz 12EL4列スタックに変更 144MHzは水平偏波5EL
6月29日OSCAR7号 オービット#25715 BモードCWでAL7O局と交信 初の衛星海外交信
#25717 BモードCWでOH9OA局と交信
7月5日OSCAR8号オービット#11890でJH7***局と交信
7月24日430MHz用プリアンプ クラニシGaAs KA−745購入
8月26日 DPにて7MHz 運用再開
9月9日 1200MHz 追加申請
9月15日430MHz ダクト経験 福岡県の局と交信
9月26日430MHzFM WMT−4000購入 当時最小のハンディー機だった
1981年
430Mhz/1200MHzのFMでのローカルラグチュー
1月30日1200MHz A5〔TV〕追加変更申請
3月2日より4月19日まで東京に2ヶ月出張 持参したのはTS−770
5月9日 スタンダード144MHzオールモード C58購入
6月21日 ダイワ1200MHz通過型電力/SWR計 CN−650購入
1982年
1981年11月25日以来短波帯運用無 5月1日より再開するもこの年は短波帯の運用はログ1ページのみ
430MHz/1200MHzのFMでのローカルラグチュー
1983年
430MHz/1200MHzでローカルラグチュー
短波帯での運用はたった1局
9月23日超楕円軌道の衛星OSCAR10号 オービット#209より衛星通信再開
超楕円軌道なのでヨーロッパとも4-5時間程度交信できる
オービット#213でWA5ZIB W0EOZ K7RZU K6UI W8LLY W6KH 他国内局とQSO
9月28日OSCAR10号 オービット#219にて VE2LI WA4SBC W8DX N6UU W1FAJ
W4FJ K1PXE K0QQ W0CA W8CY N6FX WA8LXJ KC8RD 約4時間でQSO
これだけ長時間海外局と交信できるとありがたみがないかもね
9月30日OSCAR10号 オービット#224 DJ7CO UB5MGW
10月1日OSCAR10号 オービット#226 YO2IS DL1VW ZS6BMS EI6ASE DK7GL
OH3OZなどヨーロッパからアフリカとQSO
決まった時間に相手さえおれば楽にQSOできるのである程度QSOできると熱意さめる
1984年
短波帯運用実績無
430MHz/1200MHzでローカルラグチュー
1985年
5月4日 TS−940購入により短波帯再開 7/21MHzCWで国内通信メイン 出力10-20W程度での運用
100W免許でもほとんどフルパワー出した事がない
国内であれば10−20Wで十分である
FT−501/FP−501下取り もって行くのが重たかった
1986年
7MHz CW国内通信メインに運用
1987年
1月4日 144MHz3EL YAGI設置
3月8日 F9FT 19ELクロスYAGIスタック設置
3月21日バイブロプレックスのダブルレバーパドル購入
7/21/144/430 CW/SSBにて運用
1988年
7/14/21/144/430/1200MHzで運用
1月21日 TH−25〔144MHz FM〕 購入
2月24日1200MHz FM TM−521購入 C58+UTC−1200BUと換装
4月17日10MHz CW運用開始
5月31日1200MHz アンテナをコメット社1216Eに交換
6月24日 モービル用に430/1200MHz FM IC−2500D購入
1989年
11月20日 移動局50W免許取得
1990年
1月10日IC−726/AH−3/AH2B購入
HFでの移動運用開始
車にIC−726 50W仕様を積み込みAH−3と2.5Mホイップの組み合わせで移動運用開始
10MHz CWをメインにリクエストがあれば他バンドへQSYした
AJAのおかげでずいぶんQSOできた
SSBの運用はまったく行わずCW専門であった
4月11日 430/1200MHz FM C620購入
年末までに12回移動運用
50Wでも電信では国内通信は十分である
1991年
この年も46回の移動運用を行った
長時間運用せず1-2時間の短時間の運用であった
記憶が定かではないがこの頃より電鍵の収集を始めた
3月 50MHz FM PCS−6購入しCPRC−26の筺体に組み込む
TS−950SDX購入
1992年
移動運用もマンネリ化してきて移動回数も少なくなる
29MHzFMでモービルから運用
7月25日 430MHz 5ELX2アンテナ設置
1993年
1月24日144MHz/430MHz電信愛好者のミーティングに参加 名簿には34名が掲載されている
1994年
V/UHF CWで運用
移動運用もSSBにてのんびりQSOを楽しむ
12月23日 430MHz 5EL ツインデルタループアンテナに換装
1995年
V/UHFでのCWメインで運用
1月21日 144MHz FM C101購入
4月15日 21MHz SSBでBS7Hと交信
5月21日 JARL**支部にてJA*RL運用
当時運用委員は知人が多かったので時々JARL事務局を訪問した
移動運用はもっぱらSSBにてのんびりと18/21/50MHzなどでQSOを楽しんだ
8月26日 東京ハムフェアで買った全長5mのT2FDアンテナを上げるもやはり効率悪く
9月9日デルタループ SG230での給電に変更
10月28日144/430MHzFM C501購入
1996年
モービルよりDX局メインにCW/SSBで運用
5月5日 TS−870購入
7月FT−900購入
12月7日SS−404 12V/40Aスイッチング電源購入
1997年
モービルよりHF SSBにてのんびりとQSOを楽しむ
ホームからは430/1200MHz CW/SSB/FMで運用
新市に移動運用 さすが新市だけに沢山呼ばれる ある局とは6バンドQSO
4月28日 HF AWXアンテナ新設 エレメント長5m
1998年
モービルよりHF SSBにてのんびりとQSOを楽しむ
ホームからは430/1200MHz CW/SSB/FMで運用
10MHz CWで移動運用を楽しむ
9月 FT−847 購入
12月ノートパソコン購入
パソコンは業務でPC−9801の時代から仕事で使っていた
1999年
ホームページ始める
アナログ回線のMODEM使用でダウンロードやアップデートにはずいぶん時間を要した
MODEMとの出会いは1972年からで業務用の専用線の開通試験や故障切り分け試験など仕事で
やっておりなじみがあった
2000年
長年欲しかったHPのコミュニケーションテスター HP−8920Aを購入
1台で400KHz〜1000MHzをカバーした無線機テスターでSSBもテスト/モニター可能である
もちろんスペクトラムアナライザー/トラッキングジェネレータ内臓のオールインワン測定器
別件でQRLとなり無線運用は非常に少なくなる
2001年
別件でQRLとなり無線運用は非常に少なくなる
2002年
別件でQRLとなり無線運用は非常に少なくなる
2003年
別件でQRLとなり無線運用は非常に少なくなる
11月末隣県の別宅購入 面積232坪
2004年
別宅での週末移動運用開始
当初モービルホイップでの運用 その後グランドレベルの垂直アンテナを運用時のみ立ち上げ
周りを低い山に囲まれたところだがDXには結構良く飛ぶ
2005年
1月移動局常置場所/固定局設置場所を変更
3月末33年間勤めた会社を自己都合退職
5月新天地に移住
アンテナは1mhながらフルサイズなので国内はQSOは十分できる
2006年
1月18日 7MHz DPに3,5MHzの全長26.5mの短縮エレメント追加
2007年
HFではやはり電信メイン たまにSSBでも運用
2008年
7月10日 14MHz 傾斜DP新設 給電部地上高3m
2009年
3月27日 アンテナポールを交換 3.5MHzエレメント撤去
7MHz バンド拡大のため再調整
1C−7700導入 200W免許に変更申請
2010年
主に7MHz CW/SSBで運用
固定局免許のIC−706MKUGを移動局用に50Wにメーカーにて改造
固定局の無線設備撤去/移動局無線設備増設の手続きを行い許可される
2011年
主に7MHz CW/SSBで運用
10MHz/18MHz21MHz/24MHz/28MHzも開ければ運用
2012年
主に7MHz CW/SSBで運用
10MHz/18MHz21MHz/24MHz/28MHzも開ければ運用
特にSSBでのローカルラグチューを楽しむ
2013年 開局47年目
主に7MHz CW/SSBで運用
特にSSBでのローカルラグチューを楽しむ
10MHz/18MHz21MHz/24MHz/28MHzも開ければ運用
10MHz 垂直アンテナでDXを楽しむ
2014年 開局48年目
2015年 開局49年目
ぼやき
7MHz SSBでCQを出した後呼ばれるが私のコールサインを言わずいきなり自分のサフィックスだけ叫ぶ局が多い
ひどい局になると 私のコールサイン言わない 自分のサフィックスだけ叫ぶ おはようございます 59です どうぞ
なんて勝手にQSOを始めている人がいる
無視していると私のコールサイン+聞こえてませんかときた 自分のコールサインは言わない
いったいどうしたんだ JAコール〔再割り当て除く〕でも結構ある
おいおいいったい誰を呼んでいるのかわからんしQSOのしようがない
この手の局には応答しないことにしている ぶつぶつ・・・・・・・・まあおなじみ局には応答するけど
CQに対する応答は無線局運用規則どうりにお願いします〔お願いするようなことではないのですが・・・〕
交信終了後呼ばれることがあるけれど相手局のコールサインを言わずに自分のコールサインだけを叫ぶ人も多い
無線局運用履歴
Ham トップに戻る