C-7700 測定ベンチにて性能test中 
電信(モールス符号による通信)

電信は1966年開局後すぐに勉強を始めました
電信級アマチュア無線技士の免許を得るためにまず電鍵の作成に取り掛かることとし、
当時工業高校2年生でお金もないのでメーカー製の電鍵が買えずやむなくかまぼこ板
に余っていたホッチキスを取り付け接点には3ミリのボルトを使いなんとか形になりましたが
ずいぶん広い接点間隔だったと思います
その後サトーパーツの電鍵たしか850円だったと思いますが購入しました
当時学校の担任の先生がいきなり1アマの免許を受験するとのことで電信を電気通信
大学に勉強に行っており時折先生の電鍵を借りて欧文120字/分位までう打てるように
なっておりましたが受信は60字/分位でした
今おもえばやはり頭がやわらかったのでしょうね すぐに覚えることができたと記憶して
います
1967年4月期無事電信級アマチュア無線技士の免許を得ることができましたがあまり
交信はやらなかったと思いますが1968年ころより電信がよく飛ぶことが確認できて面白
くなったのでそれ以降運用は主に電信となりました
当時送信機はトリオのTX−88Aでしたが整流管をダイオードに交換、カソードキーイング
をグリッドバイアスキーイングに改造して電信専用機としておりました
受信機は9R−59でしたので選択度はAMと変わらず6KHz以上ありましたので数局が
同時に聞こえていることもしばしばあり複数の信号から相手の信号だけを聞くという耳フィ
ルターの訓練ができクリスタルフィルター並の選択度が得られました
現在はデジタルフィルターがメインになっており通過帯域も自由にできる夢の様なDSPに
よるフィルターが実用化されていますね
その後1971年念願の第一級アマチュア無線技士の資格を得たので出力300Wに増強
して海外との交信に明け暮れることになった
1975年当時アマチュア無線局も粗製濫造の状態で増加の反面マナーの低下が著しくこ
れではいけないと感じ当時問題視された無線従事者養成過程講習会の講師となり自から
アマチュア無線界の正常化の一部に協力できればと思いました
当時25才であり血気盛んなころでありました
まあいろんなことがありましたが電信はやめることなく現在までおよそ44年間にわたり
楽しんでおります
短波帯はもちろんのことVHF/UHF でも盛んに電信の運用主に和文で交信を楽しみました
何が楽しいのかと聞かれても明確な返事はできません
これもほかのこと同様やってみないとわからないと思います
最初は受信が難しいと感じますが何年たっても本当に難しいのは送信だと感じております
受信は慣れてくると150字/分くらいの和文でもTVを見ながらや本を読みながらでも聞け
るようになりますが送信はいつまでたっても大変難しいです
何が難しいかと言いますと誤字が無いよう正確に送信することがとにかく難しい
そのときの精神状態にもよりますし腕が筋肉疲労で疲れていても誤字の要因になります
高速になればなるほど難しく100字/分くらいが一番誤字が無く打てる速度です
これより早くなるとやはり誤字が出てしまいます
電鍵も50台ほど集めたりしましたがインターネット全盛になり海外からも珍しいものが簡単に
集まる様になると興味をなくし気に入ったものだけ手元に置きあとは格安で仲間に放出いたしました
現在運用に使っているものは米国バイブロプレックス社のバグキーとエレクトロニクスキーです


 

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2005年7月現在のシャック  アマチュア無線機での電信用コーナー  マイクは通常接続してありません
このコーナーのほかアメリカ製軍用無線機/測定機コーナがあります
2009年9月 IC-7700 購入