三原監督ってマネーボーラー?

昭和35年大洋
三原監督がマネーボーラーだったとして、昭和35年大洋の監督に就任した場合にどのようなコンセプトでペナントレースに臨むかを考えてみる。なお、マネーボーラーだった場合はお買い得の選手を集めるというおなじみの手法が選手獲得の時点で当然あるはずだが、昭和35年のNPBの状況ではこれはなかなか難しいものだったため、この段階は跳ばして戦略の組み立てのところから始めなければならない。

1 現状

マネーボーラーにとってチーム戦略の根幹はチームの総得点と総失点である。
昭和33年  得点 357 本塁打 78 本塁打PF値 1.91
           失点 436 自責点 367 被本塁打 95 51勝73敗(最下位)
           セリーグチーム得点平均 418.5
昭和34年  得点 352 本塁打 73 本塁打PF値 1.55
           失点 514 自責点 446 被本塁打 110 49勝77敗(最下位)
       セリーグチーム得点平均 431.8

  絶望的な状況である。得点−失点の数値(赤字)が1年で倍になっている。勝敗も総得点及び総失点からruns per win 式(注1)により予想できる範囲のものであり、不運な結果はここにはない。まあ、順当な結果といっていいだろう。昭和34年など、runs per win式予想の中心値より4つほど多く勝っており、幸運だった方である。
  ただし、その34年は6月までにペナントレースから脱落し、モチベーションが全く上がらない状態で、他チームとの現実の力量差以上に打撃・投手成績は悪化していると考えられる。平均年齢の低いチームが簡単に力量を劣化させるとは考えにくい。特に投手力は昭和33年の結果が実態に近いと仮定してみよう。
  能力は様々な状況により大きく変化するものと考える向きもある。しかし、個人よりチーム、チームよりリーグ全体と、成績サンプルの対象が拡大するにつれこの考えは該当しなくなってくる。今回はリーグではなくチームといったいくぶん小さめの母集団が対象であるが、チーム全体の高齢化やトレード・大型新人など特別の理由が見つからなければチーム力が突然大変動するといったことは(少なくともグランドデザインの段階では)期待できない。もし、誰かが今シーズン突然ブレイクしたとしたら、それは予定になかったアドバンテージが得られたものとして、あくまでおまけと考えることにしよう。 さて、どこから手をつけたものか?
  野球が得点を争うスポーツである以上、チーム勝率を改善するためには「得点を増やす」「失点を減らす」「その両方」のいずれかを実現し、得失点収支を改善しなければならない。

2 環境
  最初に目につくのは本塁打に関する異常なPF値(注2)の高さである。昭和33年川崎球場はNPB史上最大クラスのPF(パークファクター)値を記録しており、昭和33年でも34年でもセリーグで群を抜いた最高値である。フィールド面積が当時のセリーグで最小であるにも関わらず普通に飛ぶボールを使用しているのだ。
 大洋の本塁打数は昭和33年に78本塁打、34年にいたっては31本塁打の桑田を擁しながら73本とリーグ最低レベル。桑田以外はリーグでも突出した短距離打線である。全く球場の特徴とかみ合っていない。これでは本拠地に帰ってくるたび他球団の本塁打攻勢を浴びるばかりである。

  また、昭和33年の1試合あたり安打数では、大洋は他球場より川崎で0.92本余計に打っている。他球場での試合に比べ非常に大きくパワーアップしている。良い事のようだがこれに対して、他の球団は川崎にくるたび1.17本余計に打っているのだ。ここでも環境による収支はマイナスである。昭和34年は安打数のホーム・ロード差がゼロに近づき、平常に近くなっているが、それでも川崎球場で他球場より多くの安打が出ることに変わりはない。また、川崎球場での試合において大洋打線よりも他球団打線の方が大きくパワーアップする構図は変わっていない。
  ここで、投手成績に目を向けてみると川崎が本塁打PF値1.91の昭和33年には失点が436である。リーグ平均より17点ほど悪いだけで、PF値が1であれば明らかにリーグ平均よりも失点は少なく済んでいるはずである。昭和34年は得点失点ともに同じ程度の壊滅状態だが、ここでも環境を考えると投手の方が健闘しているといえる。なお、投手陣は主力が若い上に過去2年と共通のメンバーが多い。
  全くセールスポイントのないようなチーム状態だが、よく見るとここ2年では打力より投手力が勝っており、確かに最下位の戦力ではあるが基本的には投手のチームなのである。

3 マギレを作りにいく。
  チーム力上位のチームに対し、今までと同様に130試合戦うのでは今までと同様の結果が出てしまうだけである。たとえばホーム球場を変わった環境にして他球場とは違う野球になるようにすれば、65試合を2シーズン行うのと同じ。これで統計上の信頼区間の幅を大きく広げることができる。マギレを作りにいくのである。ただし、過去のPF値もやはり変わった野球を意味しているが、マギレがあったとしても大洋に不利な方向でのマギレが生じている。
  ただし、戦略がうまくハマったとしても他球団を千切るほどの戦力は保有していないことを忘れてはならない。チャンスが生まれるためには勝敗の接近したペナントレースになってくれなくては困る。もし、前年度最下位のチームが年間を通じて5割の勝率を保っていれば上位チームの勝ち星を減らすことができる。上位チームに勝ち星を配給していたのは最下位の大洋自身だったからである。シーズンもおしつまって全チームが5割近辺に並ぶような形になれば、終盤戦の試合結果だけで優勝を争うような形にでき、チーム力が劣るチームにもチャンスが生まれる。常に5割をキープし、この状況に少しでも近づけたいところである。
  以上、環境と投手力を基本に考えると戦前のような飛ばないボールを使う一手であろう。とんでもなく飛ばないボールを使い、例えばPF値を0.5くらいにまで下げられれば本塁打だけを考慮しても、前2年程度のリーグ打撃状況のとき失点を370にまで減らすことができる。安打数が減少することを考慮に入れればさらに失点は減ることが期待できる。これならば他チームとは十分に戦える。
 ただし、ここで2つほど問題が生じる。
 一つはこれほど飛ばないボールが公式球として認められるのか、ということ。
 二つ目は飛ばないボールを使うことにより自打線の得点まで減少してしまうこと。
 一つ目は意外と簡単であった。日本ではチームごとに性能の違うボールを採用することが可能である。何せPF値を1.91にするボールが認められたくらいである。PF値0.5が予想されるようなボールでも、使用する上でなんら問題は生じなかった。(川崎球場のフィールド面積を考慮すれば、現代風の基準をこのボールは少々外れているようである)
  二つ目の攻撃力については自力で解決しなくてはならない。
  確かに得点はリーグ平均に比べ2年続けて少ない。他球団に比べて大きな補強がないことから、このまま同じような攻撃方法を続けるとして、PF値0.5のとき320点強にまで得点は下がるはずである。安打の減少を考慮するとさらに減るかもしれない。
  以上により、runs per win 式から(引き分けを考慮にいれないとして)ボールを変えた場合は59勝から60勝、70敗程度と勝敗を予想できる。過去2年からは改善されている。これで満足することもできる。最下位のチームを戦えるチームに変えるのであるから、世間はさすが三原と見てくれるかもしれない。しかし、草生期の職業野球に身を投じるような人物が、可能性の低い大成功と可能性のやや高いほどほどの成功があって、躊躇なく後者を選べるとも思えないのである。いずれにしても当初目的の5割には5〜6勝足りない。これ以上の失点の減少は難しいことから、得点を増やさなくてはならない。

4 攻撃時のコンセプト
  得点予想値は320。何度見ても320320である。このまま攻めても何も起こらない。
  だが、ちょっと待っていただきたい。320点といえば1試合2.5以下。21世紀の理論である得点期待値やらマネーボール理論やらを採用するとしてイニングに2得点以上あげることを最初から期待していいのだろうか?予想されるシーズン得点が320にも下がると2得点以上を1イニングにあげることはレアケースと断定して良いのではないか。(注3)
 マネーボール理論では、バントや盗塁は得点効率を下げるものとして戦術としては採用しないのが基本である。バントや盗塁などの戦術は2点以上の得点を挙げる可能性を捨てる代わりに1点だけを得る可能性を増やすものであり、総体的な得点期待値は下がる。ところが、1イニング2得点以上の可能性を考慮しないとなれば話は別である。
  イニング得点1だけの可能性を極大にする戦術を採用し続けることによって結果(総得点)にマギレを起こしにいくのである。バントや盗塁を採用することによる総得点期待値マイナスを得点回数の増が上回ったときに戦略は成功したことになる。通常の攻撃で得点が過少であることがわかっている以上、ここに賭けるしか手はないのではあるまいか。
 現実の試合においては2点以上を取りにいく必要があるケースも生じるが、基本的な戦略としてイニングに2点以上取る可能性はないものと(乱暴ではあるが)仮定して、常に1点だけを取るための最善の方法を探り、これに特化したチームを作るため、練習もこの線に沿ったものとする。確かに結果的には2ランホームランや相手投手の四死球乱発などによりイニング2得点以上となることもあるだろうが、最初の時点でこれは期待しないのである。

  この結果、バント・盗塁は昨年より多く採用することになる。そもそも平均以下の得点期待値を有する打者が多いことからすると得点期待値の減少はあまり気にせずにすむ。まるで戦前の野球だが、これから川崎球場で実現しようとしている環境には最も適したやり方と予想できる上、相手チームの戸惑いが期待できるかもしれない。
  次に、ホームのPF値が下がった34年に総得点は思ったほど減少していないことにも注目してみる。桑田が加入したにも関わらず、球団の趨勢は良く言えばシュアなバッティングのチームへと変わりつつあるのだ。今からやろうとしている野球は極端な貧打戦をもたらす。貧打戦むけのチームで都合がいいではないか。

5 総合的に
  まず、投手陣に対して、実力では他球団と互角であることを納得させる必要がある。こちらの方は素直な結果を出してほしいのである。ロートルとはいえない投手たちに、2年前にできたことをもう一度やってもらえばいいのである。おっかなびっくりでは力通りの結果は出ない。説得力をもった監督が必要である。(現実にはネームバリューも実績もある三原が監督となったため、この点での苦労はなかったようである。)
  攻撃については基本コンセプトからして非常にリスキーである。無理筋の可能性がある上、マギレを起こしにいっている以上、シーズン通じて戦略がハマった場合は実力よりも良い成績を収めることができるが、逆の場合は昨年より悲惨なことになるかもしれない。自分達より強そうな相手に勝とうというのであるから、このようなリスクは最初から覚悟しておくべきである。ノイズに賭けるのが勝つための王道ではないのは承知の上だ。
  チームには二人の強打者がいる。このうち近藤和はボール変更による影響は小さいと予想できる。問題は桑田である。ただ一人長打力で貢献し、本塁打王を獲得している。昭和35年のチームコンセプトによれば本塁打王の可能性は最初から皆無といっていいだろう。それどころか中距離打者としての活躍を求められることになる。人によっては監督が桑田を捨てエースの秋山をとったと見るだろう。キャンプの時点で本人に因果を含めておく必要があるかもしれない。
  普通に力をつけるための練習のほかに、特殊な戦術を可能にするための練習も考えておかなければならないのは当然である。
  なお、採用した攻撃戦略から終盤の2点ビハインドは絶対に避けたいところである。勝ち目をほぼ失っていることになる。投手がまだ投げられる状態でも2点ビハインドを避けるために変えなければならない場合がある。完投数は前年よりも減少するだろう。(当時の)常識よりも早い投手交代が必要になる場面は多くなると考えられるので、優れた先発投手を一人リリーフ要員とする必要がある。(この役目は権藤が担った)
  得点と失点の合計を小さく設定しているため、川崎球場の試合は他球場に比べて1点の比重が極めて重くなる。ひとつひとつの状況の変化は勝敗に対して他球場の野球より大きな影響をもたらすと考えられる。場面ごとに適切な決断を迫られ、川崎球場における監督の判断ミスの罪は他球場における判断ミスより重くなる。
  いずれにしても監督の仕事は通常より忙しそうである。

6 結果
   得点411  失点361   70勝56敗  完投29(前年は49)
   本塁打PF値 0.61(リーグ最低)
   単打697(+42) 二塁打169(+29) 本塁打60(−13)
   盗塁149(+68) 犠打101(+21) RC27 3.16(+0.45)
  予期しないほどの好結果である。失点については予想通り。予想の難しかった得点については普通に攻撃した場合の予想値よりも90点多いという驚愕の結果である。この年の総得点数はこの年の打撃・盗塁成績によるRCやXRによる計算をなぜか上回っている。桑田・近藤和が絶好調だったほか、他球団が大洋の変化に対応しきれなかったようである。桑田はみごとに中距離打者に転身し、基本コンセプトの効率を上げた。影のMVPといえるかもしれない。本拠地である川崎球場の変化(極端なバッターズパークから極端なピッチャーズパークへ)も、その変化が非常に極端だったために他球団の戸惑いは大きかったようだ。エラーがリーグ最多で優勝しているのもマネーボール理論からは不思議はない。
 ただし、翌36年については案の定、思うような結果は残せず最下位となっている。マギレを作りに行く戦略は何度も続けて理想的な結果となる可能性が小さいため、これはやむを得ないところである。結果としてその後4年で川崎球場も通常のボールを使用することになった。(注4)


注1)runs per win 式とは、年間の総得点と総失点の収支をどれだけ改善すれば年間勝敗を1ゲーム分改善できるかを計算する式である。統計から導き出されたと見られる。Total Baseball では選手の最終評価を計算するための重要な式となっている。
 なお、オークランド・アスレティックスをはじめマネーボール理論を採用するようなメジャー球団はほぼ確実に採用していると見られるが、それぞれが異なる式を掴んでいる可能性も否定できない。「マネーボール」の中にあった数字を検討してみると、オークランドとTotal Baseball が採用している式は、計算結果においては小差ながら、明らかに異なる。オークランドは計算式まで公開するつもりはないようで、式を確認する方法がないため、ここではTotal Baseball の式を採用した。

注2)この項でいうPF値とは本拠地における本塁打の打ちやすさを表す数値。式は何通りか考えられるが、ここで採用したのは最もシンプルな
(ホームにおける本塁打+被本塁打)/(他チーム本拠での本塁打+被本塁打)

本塁打ほど明らかな傾向は見られないがPF値は安打・RCなどにも適用できる。
 なお、本塁打・安打・得点・RCのPF値は統計上、極端な例外を除いて同一の志向を持つ。(例:本塁打が打ちやすい球場においては安打も打ちやすい。)

注3)現在発表されている様々な得点予想公式は、最初からある程度の得点ポテンシャルがチームにあることを前提に組み立てられており、通常の得点が記録されるシーズンを基準に設定されている。昨今のシーズンではまずないことだが、投手が全くおさえられない、あるいは打者がほとんど打てないような極端なシーズン(戦前など)は式の守備範囲から微妙に外れるようである。RC式では投手などが現実にはありえない「マイナスの得点生産」を記録することがある。昭和34年頃の大洋まで期待値が下がると、式を裏切り、犠打によっては得点期待値があまり下がらない可能性がある。 

注4)何度もうまくいくものではない、ということで廃止したものの、ここまでもここから後も三原監督は色々と見せてくれたようだ。昭和43年から近鉄監督に就任した三原氏は、冷凍庫に入れておいたボールを使用するといったワイルドな技を駆使した。アイデアマンぶりを窺わせるエピソードである。

PFをいじる手はかつての名監督と呼ばれた人なら大抵一度は使っているようであり、さらに遡るとNYジャイアンツのマグロー監督など、日本では考えられないほど露骨な手法を駆使していたそうだ。

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