鳩山前総理のセイバーメトリクス論文:野球のオペレーションズリサーチ

昨年総理に就任した鳩山由紀夫氏の「野球のOR」については2009年10月頃の報道でご存知の方も多いと思われる。
今なら時期的にこの件について語っても構わないと思われるので(註1)、考えたことなどを。
論文の全文はここのリンク先にある。
一見して、長所と短所が明らかであるように見える論文である。論文は意外とその人となりまでが現われる。
確かに就任後の行動に繋がっているような気もしないではないが
30年も前の論文であり、その30年という歳月は人を成長させるのに十分な歳月でもあるんだろうし
これをもって一人の政治家の資質のすべてと判断しようとも思わない。

この論文が発表されたのは1979年なので東京工業大学助手だった時代にあたる。
1979年といえば前年に広岡監督率いるヤクルトの日本シリーズ初優勝や王貞治選手(まだ選手だったのだ)の800号HRがあった年であり、
セイバーメトリクスなんて言葉は日本中のどこを探してもなかったはずである。
ビル・ジェームスさんも米国の野球ファンには全く知られておらず、野球抄だって3巻目が出たかどうか。
もちろんインターネットなんぞあるわけがないため細々とした自費出版で刊行されていた時期。
ただし、リンゼイ・パーマーモデルに始まる数学的解析は始まって十数年を経ており、
鳩山助手(当時)はこのジェームスのラインではない研究結果を基にこの論文を作成したことになる。さぞ参考文献は入手しにくかっただろう。

まずネタの最初はその長所になる。
一見して、恐るべきアンテナの高さ。ORは自分の専門であることを考慮しても、である。
大体当時の日本で野球に関する言説といえばその場の戦術や、配球や流れなど、従来の「野球の文法」に完全に支配されたものばかり。
それがすべて悪いとは言わないが、野球を観戦する者にとって新しい観点が入り込む余地はなかった。
野球を知っていると自分で思い込んでいる人ほどこの「文法」に支配されている傾向が強くても不思議は無い。
それが、本人はちゃんとした野球の知識を持ちながら、新しい解析の価値に気づき、
当時としては入手が困難だったであろうこれらの文献をちゃんと収集した上に自前の論文にしている。
メガネグリグリの、実際には野球など見たこともやったこともないような白衣の研究者が理論を弄んでいるような
戯画的なテンプレを想起する向きがあるかもしれないが論文の内容を見れば野球の中の出来事は少なくとも通常のファン同様には理解しており
その上で「采配」を批判するファンの身勝手さを客観的に見て、これを慎むべき思慮深さも見せている。
まあORの専門家であればこれらの姿勢は当然なのかもしれないが、要するに野球を知らずに勝手なことを述べている論文ではない。
重ねて言うがアンテナの高さは賞賛されるべきであり、そして内容を学んで基礎的な問題に対処する能力は素晴らしい。
なお、以前にスーパースローとムーブメントのネタを書いたときと同様の理由で、以下はリンク先の論文とこのネタを並べて見ることをお勧めする。

最初の3ページと少し、「2 平均得点の算出」までは特に問題は感じられない。
その多くを拠っているのは「メジャーリーグの数理科学」にあったデソポ・レフコヴィッツモデル。
学んだことを理解し、これを自分なりに再現する過程である。
正確に言うと前提のところに少し問題の萌芽があり、三角ベースの解析になってしまう危険をはらんでいるがそれはそれ。
収集できるデータが限られているかもしれず、用途の如何によってはこれで十分用が足りている場合もあり得る。
問題を一度単純化・モデル化することは解析のために必要なものであり、
特にそういう用途のために必要であれば、二塁走者と三塁走者をひとくくりにしたデータでも有用になり得るのである。

さて、問題は以後の第3章以下の部分。
これらの前提から自分なりの結論なりオリジナルの視点なりを披露しなくてはならない部分である。
「いかなるときに盗塁すべきか」という題名でもわかる通り、実際にプレーする際の戦術選択に関する損失とリターンに関するORである。
戦術選択は盗塁に限らず、バントすべき場面など、他の戦術についても題材としており、バントやエンドランについては4章でも言及されている。
日本の読者を相手と仮定した場合はやはりこれが興味を引きやすい、書き手から見て魅力的なテーマであることがわかる。
さて、ここで問題となるのが「表2」である。

得点確率 得点期待値
アウト数
無走者 0.273 0.169 0.075 0.535 0.292 0.113
一 塁 0.395 0.258 0.119 0.930 0.550 0.231
二 塁 0.607 0.463 0.267 1.143 0.735 0.379
三 塁 0.607 0.463 0.267 1.143 0.735 0.379
一二塁 0.624 0.475 0.273 1.553 1.025 0.504
一三塁 0.624 0.475 0.273 1.553 1.025 0.504
二三塁 0.624 0.475 0.273 1.766 1.230 0.652
満 塁 0.708 0.560 0.336 2.261 1.585 0.840

「走者二塁の場合と三塁の場合」、「走者一二塁の場合と一三塁の場合」が全く同じであることにお気づきだろうか?
これは論文2ページ目の表1、「単打」の項にある「打者は一塁へ、一塁走者は二塁へ、他の走者は生還」の部分の仮定による帰結である。

これでは部分的に三角ベースになってしまっている。この表を基に二塁からの進塁のシチュエーションを語ることについて、
自分でもヤバいという意識があったのか、走者一塁の時は詳細な説明を行っているが走者二塁又は走者一二塁については説明を避けて
単に「バントは用いるべきではない。」とだけ述べるに留まっている。それはそうである。
この表ではこれらのプレーはアウトになってリターンがほとんど又は全くない状態に自分自身で設定しているのだから。
これにより実際のセイバーの解析とは逆の答えを導き出してしまった。

例えば「走者一塁とそれ以外の場合(余事象)の状況の違い」なんてものを論じるならこれはこれでいい。
ただし、自分自身で「研究の都合上、とりあえず二塁と三塁は同じってことにしてね」とした以上、
この結果をもって「おお!走者二塁から三塁へ送るバントは有効ではなかったのだ!」とやってはならないのだ。
自分自身が根拠になってしまっている。

この結果、盗塁・バント・スクイズの損益分岐点成功率に大きなひずみをもたらしてしまった。
○この論文におけるバントに要求される成功率:損益分岐点
 @無死一塁のときには3回に2度以上の成功が必要
 A走者二塁及び走者一二塁ではバントは用いるべきではない
 Bスクイズは走者2人以上のときは3割以上の成功率が必要で、走者三塁のみのときは無死で5割近く、1死で4割近くの成功率が必要

@〜Bは昨今のセイバーメトリクスを知る者にとってかなり異様な、実態とかけ離れていることが明白な結論である。
例えばBでは無死で5割近くの成功率がスクイズの損益分岐点などとなっているが
2回に1回は無死三塁の走者を消してアウトを1つ増やすような行為をくり返す球団は戦術的に相当な損失を被っているであろう。
このような結論を導き出してしまうのは上に書いたように自分自身の仮定がほぼすべの原因。三角ベースのせいである。
この表から行けば三塁走者と二塁走者の価値に差が無いのだから、スクイズは走者が二塁から本塁へ帰ってくるのと同じ。
俗っぽく言えばスクイズの成功で走者が2つ塁を進むことにしてしまったのだ。
損益分岐点があり得ない低さになって当然である。
また、考え方として特にAはまずい。
走者一塁で有効だったのに、その一塁走者を含む一二塁で有効でないというのはよほどの理由がなければ
「ヤバい結論」だということに論文を発表する前、第一感で気づいてほしかった。そのよほどの理由は一切述べられていない。

これらの問題に共通するのは「自分で任意に作った条件」と「客観的な条件」が上手く区別できていない点。
Plan Do See のうち、Seeの部分が欠落している。
しかし何故彼は既に活用できるはずのリンゼイ・パーマーモデル・得点期待値表を採用しなかったのだろうか。
難しい理論も必要なく、根気を要する計算をするまでもなく、実際に起きた結果の集積が既にある。
四則計算だけで結論を導き出すことだってできただろうし、論文中の自分の計算を検算することもできた。
あれを持ち出せばこれらの誤りは未然に回避できただろうに、などと考えてしまう。
ただし、「取りい出したりますは得点期待値と得点確率の表!さてこの表によればこれこれこうなっております。以上。」
これはORの研究者が出す論文としてはやれなかったんだろうね。

続く第5章では各攻撃手段(四球・二塁打・本塁打)別の得点価値の積算が続き
第6章では後にRC27の原型となるOERAという指標が扱われている。
説明書きを見ていると、後にRC27について説明されたものかと見まがうような文章であり非常に興味深い。
このへんはその後の研究で既に確立された成果が出ている部分なので多くは述べないが、
少なくともこの部分については先見性がよく現われているのかもしれない。
第7章においては投手交替とローテーションの問題について、疲労度の観点から解析を行っている。
ただし、複数の投手でチームのローテを賄わなければならない点を考慮すれば、実際には実行困難なテーマかもしれない。
アンテナが高いとは言っても、さすがにこの時代では投手はじめ守備面にまで踏み込むことは難しかったらしいことが読み取れる。


註1)
「今なら時期的に語っても構わないだろう」と考えたのは、もちろん総理辞任の件があったからである。
ここは私にとって完全な趣味の場所なので、できるだけ政治ネタとは関わりあいになりたくはない。

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