外野守備評価:試案

内野守備評価についてはBill James 氏のRelative Range Factor を活用できたものの、外野守備については氏の評価方法は発表されていない。
以前より外野守備については
@中堅手と両翼手の間に補正が必要であることは判明していたこと
A自軍投手のタイプによっては守備機会に大きな差ができてしまう点が判明していたこと
B球場規格によっては守備機会に大きな差ができてしまう点が判明していたこと
C内野にも言えることだが、イニング数が公開されていない以上、完全な数字は求められないこと
D補殺数などでは送球の能力は測ることができないこと。
以上4点の困難が指摘されていたところだが、今回、
@については左翼・中堅・右翼の守り方に差がない時期・チームがあること。よって、いったん3ポジションに相違がないものと仮定して求めて見ることとした。3ポジションの数字に差がないシーズンから求めてみることとするが、チームの守り方によっては中堅手に有利な数字が抽出されてしまうことを予め覚悟したい。
AについてはBill James 氏に倣い、内野が処理できる打球の割合・外野手まで飛ばされてしまう打球の割合は投手の特性によるものと仮定した。
B球場規格についても補正の必要はあるが、今回は各本拠地の規格に大きな差がないシーズンから抽出してみることとした。
Cについては、特にレギュラーとして9割以上の試合に出場している選手のみに対象を絞ることとし、試合当りのレンジファクターを基準に求めることとした。
DについてはMLBでもつい最近になってやっと「外野手ホールド」などの数字が定められることにより、ほぼ完全な数字が得られるようになったばかりである。古い記録から求めることは当然不可能であり、今回は算定の対象を刺殺に絞ることとした。
今後、各項目について補正の方法が考案されていくかもしれないが、当面は
1、各チームDERとリーグDERの比率を基にリーグで最も平均的な守備力の外野手が同チームに居た場合の1試合当り刺殺数(外野手刺殺基準数)を求める。
2、この外野手刺殺基準数を出場した試合数(チーム守備イニングによる補正含む)で掛け、あるべき刺殺数を求める。この刺殺数を上回っていればプラス評価、下回っていればマイナス評価となる。
また、送球能力についてはNPBにおいては何と現在でも必要なスタッツが得られないため、判断の対象外となる。
計算例として1974年セリーグ、1971・1972年パリーグを挙げる。


例・1974年セリーグ

氏名 チーム 刺殺数 Plus Plays
評価
得点換算値
山本 浩二 広島 316 26.23 12.33
テーラー 阪神 291 13.75 6.46
中塚 政幸 大洋 231 8.75 4.11
末次 民夫 読売 215 −10.75 −5.05
井上 弘昭 中日 269 −3.91 −1.84
柴田  勲 読売 219 −1.52 −0.72
江尻  亮 大洋 191 −6.35 −2.99
若松  勉 ヤクルト 207 −24.79 −11.65

 これは各人が外野手として出場した試合はすべて終了まで守り続けたと仮定した場合の成績である。ほとんどの者は120試合を越えており、おそらくは出場試合中で欠場したイニングはごく僅か。山本浩二は127試合出場となっているため健康面に問題なく、出場試合のほぼ全イニングを守ったと推測できる。中で、江尻のみは111試合の出場に留まっており、出場試合中の欠場イニングもやや多い可能性がある。ただし、各人共に出場試合のうち、ほんのわずかずつ欠場イニングがあると考えられるため、この表からは少しずつ高い評価になる可能性はある。
この表ではマイナスとなっている井上・柴田・江尻の3人は、守備イニングの数字が得られた場合に数字はおそらくプラスのものとなだろう。この3人は「標準以上の守備力の外野手」と称して良いとおもわれる。「ほぼフル出場」の者でもこの表に比べPlus Plays 評価で1ケタ以内のマージンがあっても不思議はない。
山本のプラス(守備による貢献)12得点相当は小さく感じるかもしれないが、山本が奪ったアウトのうち、11〜12個に一つは他の選手には取れない打球ということになる。誰でも取れる中堅フライが2つ3つあってそれだけで守備の出番は終了という試合は多い。むしろ他の選手には取れないが山本には取れる打球が年間少なめに見て26もあったというのは凄いことなのではないだろうか。
外野手というものは過去の常識通り、内野手に比べ大きな貢献をチームにもたらすのは難しいようだ。

また、この時代は表の上の@に述べた中堅手補正は意外と小さいものであるようでもある。下表を見ても、パリーグで最大のプラスをチームにもたらした福本でもプラス40に過ぎない。他球団にも中堅は当然いるわけだがこの数字を越える選手、又は出場試合数の少ない選手の中から優秀者を拾っても、この程度のレベルに達すると思われる者など居ない。
中堅手補正(中堅手であるがゆえに右翼・左翼より多くアウトを記録できるマージン)はこの時代、恐らくは10に届かないのではないだろうか。3人の外野手が均等に守っているように見えるチームすらある。

レギュラーではマイナスの選手の方が多くなっている。欠場イニングがある以上いたしかたないが、他に途中出場・途中交代の使われ方が多い場合は大きなマイナスを記録する。途中交代による欠場イニングが多い選手は別の評価を考える必要があるだろう。
また、外野においても「おおむねの話、守備は若いに越したことはない」の原則は生きている。現在でも守備固めに出てくる交代要員は大概若い外野手である。当然の話、若いから守備固めに出てくるのではなく、上手いから守備固めに出てくるわけである。中には経験を積ませるため起用されている例もあるだろうが、「若い」と「よく守れる」が高確率で一致している例である。
で、この守備固めの若い選手達が、出場イニングが少ないながらも全体の平均的な数字を上げているようで、強打の故にレギュラーとなっているような外野手の数字を下げている。
これは、大抵の選手にとって打撃の全盛期と守備の全盛期が一致しないことも意味している。強打者であった時期があり名外野手であったことでも知られている選手が、同じ年に同時に強打者であり名外野手である保証はない。


例・1971年 パ・リーグ

氏名 チーム 刺殺数 Plus Plays
評価
得点換算値
福本  豊 阪急 296 40.20 18.89
門田 博光 南海 260 −30.96 −14.55
広瀬 叔功 南海 283 10.08 4.74
池辺  巌 ロッテ 250 23.13 10.87
張本  勲 東映 253 −30.41 −14.29
白  仁天 東映 235 5.15 2.42
土井 正博 近鉄 224 −22.14 −10.41
高橋 二三男 西鉄 232 −8.67 −4.07


例・1972年 パ・リーグ

氏名 チーム 刺殺数 Plus Plays
評価
得点換算値
福本  豊 阪急 286 29.70 13.96
門田 博光 南海 294 −1.10 −0.52
広瀬 叔功 南海 264 6.67 3.14
池辺  巌 ロッテ 286 3.34 1.57
白  仁天 東映 318 17.93 8.43
張本  勲 東映 246 −54.07 −25.41
永渕 洋三 近鉄 248 −19.12 −8.99
土井 正博 近鉄 237 −9.25 −4.35
阿部 良男 西鉄 258 24.76 11.64

この頃の両リーグの代表的な名外野手である山本浩二・福本豊がやはり両リーグのトップを占めた。
送球能力では山本が勝っていることは従来から知られているが、上表から守備範囲では僅かに福本が勝っているようにも見える。(リーグ間の差もあるので一概には言えないが)
俊足で知られたベテランの広瀬が頑張っているほか、西鉄の阿部は意外な名手だったのかもしれない。
アキレス腱切断前とあって1972年の門田が思いのほか好成績だが、土井・張本など、他の重戦車型の強打者はかなり悲観的な成績となっている。表にはないが、長池あたりもこの頃は張本よりも低いくらいである。
意外なのが白の好成績。毒島がほぼ引退状態だったため、まだ若い20代の白が中堅を務めて東映の外野を支えたようだが、それでも東映外野陣全体の守備力のマイナスは大きかったようだ。
張本は31歳・32歳とまだ老け込むような歳ではないが、こちらは世評どおりかなり大きなマイナスとなっている。途中交代による欠場イニングも、控え外野手のスタッツから大きなものにはなり得ないため、出場イニング補正できたとしても大きな数字の変化はないだろう。さらにこの数字は送球能力を含むものではないため、送球に難があった張本の数字はこれよりもかなり恐ろしいものになっている可能性がある。
いずれにしても、強打者の資質と守備の名手の資質は大きく異なるもののようだ。これを両立させることは考えられている以上に難しいことのようである。これが、他の時代にも共通するものなのか、通史的に計算していく予定である。

守備力のページへ戻る