Catch me if you can

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 この題名の映画が公開されて4〜5年経過している。
 何故思い出したのかと言えばMLBオールスターにおけるイチローの活躍を見たためだが、以前からイチローのプレーを見ては時折このタイトルを思い出す。このことを最もよく表現しているのがBABIPの指標ではないだろうか。
ご存知の方は多いかと思われるが本塁打・四死球を除き、フェアグラウンド内部に打球が飛んだ時(正確には邪飛もあるのでインプレー時)の打率、ということになる。要するに守備についている野手がアウトを取れる可能性のある打球限定の打率である。大昔の米国では本塁打が守備を許さないため、卑怯な手段と見なしていたジャーナリストもいた。球技というものはそもそも相手の防御をかいくぐって得点を挙げるのが本来の形である。タイ・カップ氏あたりまでの年代の選手はこのように考えていたようなコメントが多く残っている。
 リンク先の日本プロ野球計量分析レポート&データ集からの引用になるが「イチローなど、常にBABIPが高めに推移する選手というのは実在する。PECOTAによるイチローの成績予想が毎年過剰に低く出るのはBABIPを100%運として計算しているのかもしれない。」
確かに運の要素は排除できない。実力と運が微妙な配合でからみ合い、実態を把握しにくくしているのも事実。

結局野球の打撃結果は鬼ごっこの結果と言い換えることもできる。野手と打者との間で鬼ごっこが行なわれ、捕まればアウト。捕まえきれなければセーフ。まあ野球だって娯楽として考案されたものなので、他の遊びと同様にスリルを楽しむ、という要素はプレーする人間の頭に最初からあったのだろう。
イチローのプレーぶりは子供時代にクラスに1人は居た遊びの達者な者を思い出させるようなところがある。「お前らに捕まらねーよ、ノロマ。」
特に出塁や盗塁に成功したときなど、ファンとしても優越感を引き起こされるようなプレーぶりだ。BABIP(÷リーグ平均)というのは運の要素を含みながらも野球という遊びの腕前そのものを表現するものなのかもしれない。

で、下が歴代BABIP表。上位の選手だけを抜き出したわけではなく、適当に代表的な打者を抜き出したものである。犠打犠飛は計算の対象としていない。また、傑出度による補正も行っていないため、ラビットボール時代に選手として過ごした者は高めに算出されているかもしれないが、おおまかな傾向は見て取れると思う。

名前 BABIP 名前 BABIP
大下  弘 0.313 イチロー 0.366
川上 哲治 0.315 長島 茂雄 0.293
藤村 冨美男  0.294 王  貞治 0.272
青田  昇 0.274 張本  勲 0.309
与那嶺  要 0.343 山本 浩二 0.282
豊田 泰光 0.296 田淵 幸一 0.239
山内 和弘 0.289 落合 博満 0.311
中西  太 0.313 福本  豊 0.312
野村 克也 0.269 バース 0.324

唯一イチローに迫るBABIPをマークしているのはプレースタイルからイチローのご先祖筋に当る与那嶺のみ。イチローはレギュラーとして7年間のNPB生活を経験しているが、うち2シーズン、この計算方法によるBABIPで4割を超えている。バットにボールが当ってしまえば捕まえるのはかなり難しいことになり、最初から能力が違っていたようにも見える。
また、運の要素や相手の守備能力の要素を多分に含む数字である。BABIPが4割に近い者が翌年も同様の成績を残せるとは考えないほうが良いだろう。昨年非常に高い数字をマークした福留がやっぱり落ちている。正確には拙サイトリンク先の「プロ野球データリーグ」を参照していただきたい。チーム新記録のXR+なんて高BABIPの助けがなければまあ達成できないだろうから、昨年に匹敵する数字はやっぱり難しかったのだろう。イチローの数字だけを見ても打率以上に変動の幅は大きい。
それにしても田淵の0.239は驚くべき数字であり、阪神時代のチームの低反発球選択の影響が窺われる。これを見ると田淵にとって最も安全な「避難場所」はスタンドだったかもしれず(低反発球なのに!)、NPB史上で王に次ぐ長距離打者は実は田淵だったのではないか、などという見方もできる。実働年数や負傷の影響もあり、通算では驚くべき数字でもないが、PF補正・傑出補正を行うとシーズン本塁打の量産は王に次いでいる。


 さて、このBABIP、守備側から見るとまた違った顔を見せる。この場合のBABIPは失策による出塁を安打と同じカテゴリーに入れるものとする。犠打犠飛も分母に入る。
守備の目的は基本的には飛んで来た打球を押さえて打者をアウトにすること。よって、「1−BABIP 」はグラウンドに放たれた打球のうちアウトにできた割合を表す。BABIPは防衛に成功できず、打者を生かしてしまった割合である。(投手のせいだか守備のせいだか判然としないのでとりあえず防衛と記す)
例えばインプレー時のBABIPが0.300と出たのならば、守る側はこれだけの割合で防衛に失敗しているのだ。この場合、クリーンヒットだろうが見事なトンネルだろうが同じ。防衛に失敗していることに変わりはない。守備側から見て1年間フェアグラウンドに散布した数千の打球のうちどれだけの打球をアウトの籠に入れることができたのか。(一度旧来の分類方法を頭から外してほしい)
本塁打、四死球、三振については野手が関与できない。よってこの「1−BABIP 」はチーム全体の守備力に関連するほぼ唯一の指標になる。この指標は「DER」と名付けられ、Hard Ball Times などを見ると既に指標として定着した趣すらある。
防衛に失敗して打者を生かすことについては、確かにどこまでが投手の責任でどこからが守備の責任であるか線引きすることは不可能であるかもしれない。運の要素だって排除はできないのである。
投手が打者にとってとても打てそうもない球を投げる、他者の介在なく三振で打席が終了する。投手が投げてはいけない球を打者に投げる、打者がこれを完璧に捉える、他者の介在なく本塁打となって打席が終了する。ここは打者と投手の間で結果が完結している。ところがフェアグラウンドに本塁打ではない打球となって飛んだ場合は話が異なる。投手と打者の力関係だけではなく、ここに第3者として守備者が介在してくることになる。相手の守備がまずいこともある。上手いこともある。打球の行方が打者にとって幸運な方向のこともあれば投手にとって幸運な方向であることもある。打者がどんなに完璧に捉えたつもりであっても、ライナーが飛んでいく先にたまたま誰かがグラブを持って立っていれば、おそらくその打球はアウトとしてカテゴライズされる運命になる。打者投手の力関係以外に第3者の能力及び運が介在してしまうのである。
だから本塁打率・奪三振率は安定した推移を示すのに対して、BABIPは安定しないのである。
TVなどで安定して強いチームを造るものとして推奨される戦術・戦略の方向性は良く聞けば実はBABIP頼みのものとなっている。一見このほうが安定したチーム力を発揮できるように感じられるかもしれないが、実はかなり怪しい話である。

野球というスポーツは非常に風変わりなスポーツであり、打席の中やプレートの上といった「個人のために切り取られた時間・空間」が存在する。これが様々なスタッツを考案できる理由となっている。しかし守備に関してはそのような時間・空間は存在しない。他の球技同様プレーに連続性を持っているために数値化が難しくなっている。サッカーやラグビーでは競技特性からこのような細かいスタッツが構築できるべくもない。
とはいえ、DERの指標は出来高としては全体の防衛力を評価する率として論理的に正しくならざるを得ない。
もしこのDERの大半が投手の責任であるとするならば、守備はほとんど試合結果に影響を及ぼせないことになる。「マネーボール」にあった「守備の影響は思ったほど大きくない」をさらに一歩進めてしまったような守備無視の考え方になる。
また、このDERがほとんど野手の責任であると仮定するならば、守備スタッツから過去、メディアで流れた守備評価は占いの結果並の正当性しか保証されないことになる。
どっちなんだろう?どっちにしても評論家の言葉は矛盾しているぞ、というのはトンガリ過ぎの意見だろうが、守備の結果はすべて野手の責任とはできないだろう。何とか過去の野球に対する言説の体系を残そうとすれば思ったほど守備の影響は大きくないという結論に落ち着く他はない。


 現在、パリーグの1970年代の守備指標を計算中だが1974年の阪急の守備に面白い現象が現われている。世評とは異なり、レンジファクターにおいては極めて悲観的な数字が抽出された。この年、阪急が優勝を逃がした大きな原因となりうる程度のマイナスである。
世評では極めて高い守備能力を示したとされる大橋穣を擁しながら、阪急の内野守備はリーグ最悪となっているのだ。
この世評については江本氏(プロ野球を10倍〜)の著書が大きく影響しすぎていると考えられる。物理的・論理的な矛盾を排除して大真面目に著された本ではなく、ネタ半分の著書であるが、ベストセラーともなるとその影響力は甚大なものとなるようだ。
しかし、である。私も当時見ていた人間の一人として大橋が標準を下回る守備力の遊撃手であるとも思えない。
やはり守備力の特定といった作業には1年程度のサンプル数では完全に実態を把握するには至らないと考えた方が良いだろう。運の要素は大きく作用している。
ちなみにこの年の阪急が防衛に成功しなかった打球は29.0%を数えリーグ最悪レベルとなっている。いかに世評と異なろうとも、単に運が悪かったように見えようとも、専門家がこんなはずはないと言おうとも、フェアグラウンドに飛んだ打球のうち29.0%を生かしてしまったのは事実なのだ。同様の数字でロッテが26.5%に留まったことを考えると、翌年も同様の傾向ならば改善を考える必要があっただろう。
これが他の数字、例えばチーム打率にして2分5厘も異なればファンの側だって何か対策を講じて欲しいとの声が高まると思うのだが。島谷の獲得はどうしても必要な補強だったのかもしれない。

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