後からできた常識に縛られる義理はないのかも
1 段差のシーズン
まず最初にある年のメジャーリーグの話。
リーグ平均打率 0.245 リーグ平均長打率 0.328
次に2年後の同リーグ。
リーグ平均打率 0.309 リーグ平均長打率 0.435
この年はチーム平均打率0.343のバルティモアが優勝したのですが、これでもリーグ最高打率ではありませんでした。なぜならフィラデルフィアが0.350をマークしてしまったからです。首位打者の打率ではなくチーム平均打率が0.350とは凄まじいシーズンです。ちなみに最初の年は1892年のナショナルリーグ、次が1894年のナショナルリーグです。
たった2年でえらい変化ですが、この間に何があったと思われますか。普通ならばラビットボールを採用したものと考えたいところですが、この時代にそんなものはありません。実はこれ、それまで15.24mだったバッテリー間の距離が1893年から現在の18.44mになったことによるものなんですね。多少の変化ならまだしも、この3m20cmという変化はあまりにも大きすぎたようです。
もしも現代の投手が1892年までの本塁・プレート間距離で速球を投げ込んだ場合、打者の体感速度は以下の通りになると考えられます。このとき、距離短縮により打者が感じる体感速度は現代では考えられないものになり、打撃行為又はその準備のために許される時間は大幅に短縮されることになります。なお、このページでは全ての投手は仮にプレートより1.5m前でボールをリリースしているものとします。(この距離には各投手は身長などによる個体差が大きく影響しますが、ページ内では統一します。また、ボールを投手が投げてから目の前を通過するまでの時間を、現代のルールのバッテリー間距離を飛行したとして再計算したものを体感速度と呼んでみます。)
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球速 |
130 |
135 |
140 |
145 |
150 |
155 |
160 |
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体感速度 |
160.3 |
166.4 |
172.6 |
178.8 |
184.9 |
191.1 |
197.3 |
体感速度が意外なほど大きな数字になっていると思われますが、ソフトボールがバッテリー間12mほどで100Km/h程度のボールに中々当たらないことを考えると当然といえます。横浜のクルーン投手のベストピッチならほとんど体感200Km/hとなり、ここまで行くと捕手の方が心配になってきます。捕球するにしても反応が間に合うのでしょうか。
2 運動生理学から
運動生理学が専門のY教授による「ホームランはなぜ打てるのか」という題名の本によると、運動生理学の研究から、打者が投球に対応するためにはどうあっても0.37秒の時間が必要であり、このことから初速169Km/hを超える投球に対しては反応が間に合わないためマグレがない限り打者は打ち返せないとのことです。さて、この研究から上の1893年のルール改正に関連する球速と体感速度の表を見ると面白いことがわかります。以前の距離では137Km/h以上のボールは絶対に打てないことになりますね。現代の普通の速球を投げられる投手が居たとしたら、防御率はほとんど0だったでしょうし、平均的な投手の球速が130Km/h程度でも1892年程度のリーグ打撃成績にはなっていないと考えられます。サイ・ヤングなど、この年代を挟んで活躍した投手の球速はおそらく平均120〜130Km/hではないでしょうか。サイ・ヤングをはじめ、ルール変更の前後で共通のメンバーも多く、20世紀初頭まではこのような状況が続いたと考えられます。ただし、教授の研究が正しかったとしても、マシンの球なら現代の選手は170Km/hを超える速度のボールでも慣れれば打ち返せる理由があります(註1)。
3 用具は時代につれ…
さらにこの時代の打者にとっては速球を打ち返すことが難しかったもう一つの理由があります。この時代、打者のバットは五大湖周辺で採れるヒッコリー(ホンヒッコリー)という木材で作られていました。この木材は家具やスキー板などにも使われ、中世の昔は騎士が使う武器の材料でもあったというくらいで大変丈夫な木材だったのですが、何せ重い。日本木材総合情報センターによれば乾燥時で比重が0.83。現代にバットとして使われる木材はすべて比重0.6強(例:ヒッコリーの後釜のアッシュで0.64・その後メイプルなどの優れものが出てきている)。握りを細くしながらも折れにくくする加工技術も、乾燥技術も現代とは比較にならなかったと見え、当時の打者は考えられない重さのバットを使用しています。
ベーブ・ルースは全盛期に1300〜1600gのバットを使用し、ほとんど規格いっぱいのサイズで作られたであろう約2kgのバットが若い選手によって使われた記録も残っています(註2)。ちなみに最近の例で見るとたいがいの大打者は900gを少し超えるくらい。ハンク・アーロンの使用バットは900g以下であったと記録に残っています。軽い素材は同じ重さでも太く長いバットを作ることができ、同じ形状のバットならば重量が軽いものを作ることができます。現代多用される900〜950gのバットを当時の素材で作れば1200gのバットになってしまいます。実用に耐えるバットの長さ太さを保障しようとすれば相当の重量になるのはやむを得ないことでした。
30年ほど昔、福本選手や藤原選手は強振せず、バットの重さを生かして軽く打ち返すために一時1100g以上のバットを使っていたようですが、現代では日米ともそのようなバットは使われていないと思われます。これに対してルースは最初から本塁打を狙ったフルスイング。これで0.342の通算打率と、かなりの確率でボールをとらえておりますので、打撃には現代よりもかなり時間的余裕があったと考えています。今のバットに300g、時には500gの重りをつけて松坂の速球を打ち返そうというのは…いくら何でもスイングが間に合わないのではないでしょうか。なお、ヒッコリーではない新しい素材のバットは1930年頃からの普及になります。
4 最後に
上の体感速度表と某教授の研究に加え、バットの素材から打者が不利な状況にあったことから、少なくとも19〜20世紀の変わり目の投手はかなり牧歌的な速球を投じていたと私は仮定していますが、これらはあくまでも状況からだけの推測で、確実な事ではありません。
また、上の方で紹介した本についても説明不足らしき部分が多々見受けられるので、全面的に信頼を置いているわけでもありません。ただし、反応時間を根拠としている以上、バットの重さ云々は横に置いたとしても、これだけは言い切っていいと思います。
19世紀終盤(から20世紀初頭)の投手達はせいぜい130Km/h程度のボールしか投げられなかったことは確実であり、その直後の投手が現代の投手と変わらぬ球速の投球をしていたとするならば、突然ハネ上がった球速の段差を説明できなくてはなりません。
野球に限らずすべてのスポーツは時代が隔たるとともに、現在想像し得る以上に異なった側面を有していたのかもしれませんね。
ただ、私としてはRelativityを重視している以上、
普通の投手が130Km/hのボールを投げていた時代に140Km/hのボールを投げたA投手
普通の投手が145Km/hのボールを投げていた時代に150Km/hのボールを投げたB投手
この2人では速球投手としてはA投手が格上と考えていますし、この考えを変えるつもりもありません。
偉大な短距離走者である戦前のオウエンスは100mを電気計時でおそらく10秒44ほどで走り抜けています。これに対して100m走の現在の高校日本記録は10秒24ですが、この高校生がオウエンスより偉大であるなどと考える陸上関係者は皆無です。この高校生は1972年までの五輪ならメダルを狙えるし、東京よりも前の五輪なら高確率で金メダルを獲得します。だからこの高校生は東京以前の金メダリストより偉大である…わけがありません。現在の中学日本記録は10秒68で戦前の五輪なら中学生の身で決勝に残るかもしれません。また、過去のどんな大選手もガトリン(註3)のように走るわけにはいきません。しかし、Relativityなどという言葉を持ち出さなくてもパフォーマンスの真の価値についてはこれらの数字とは違ったところにあることは当然であり、これは野球についても同じと考えるべきなのではないでしょうか。
今なら中学生でさえ走れるようなタイムでしか戦前の一流選手が走れなかったはずはない、とか、現代の高校生ですら10秒24で走るのなら昔の第一人者は当然9秒台で走っていたはず、こんなはずはないなどと言ったところでそれは実現していない話なのです。
現代の選手云々は所詮後から出来た常識にすぎません。最初の五輪の優勝者のタイムはwikiによれば12秒となっています。
現代なら本格的に陸上を志せば簡単に出せるタイムなのでしょうが、当時はそうではなかった、それだけのことに過ぎません。
(註1)
これは結局距離の問題です。マウンド上の投手は緩急をつけたり、コースを狙ったり、変化球を投げたりと、打者に打たせない工夫をしてきます。しかし、これらのことを抜きにしても、体感速度の問題が残ります。バッティングマシンはプレートの真上くらいの距離に置かれることが多いのですが、実際に生身の投手がボールを離すのはプレートよりかなり前です。つまりマシンは生身の投手よりかなり後ろから投げているのと同じことになります。反応速度を基準に考えるとマシンが170Km/hであったとしても、距離を変換すると150Km/h台なかばのボールに過ぎません。緩急をつけず、150Km/h台なかばの速球と決まったボールが真ん中周辺だけをターゲットに投じられるのですから打てたとしても全く不思議はありません。これは「生きたボール」だとか「棒球」だとか伝統芸能風の言葉で表現する以前の問題です。
(註2)
これは面白いバットです。機能性を軽視して大きさだけにこだわったものですね。
現在、さまざまな人が打者のスイングスピードを計測しています。しかしこの数字、観測者によって同じものを測定したとは思えないとんでもない差があります。たぶんA氏はバット先端部分で・B氏はスイートスポット部分で測定するなど測定部位の違いによるものでしょうが、ここはY教授の研究に従うとして現代の超一流のスイングスピードは160Km/h程度としてみます。すると、この2Kgのバットで現代の打者と全く同じに振れたとすると、その仕事量は当時のハンマー投げの金メダリストレベルになってしまいます。一体どの程度まともに振れていたのか非常に興味があるところです。
(註3)
なぜここで急にガトリンを思い出したのかと言うと、既にご想像はついていると思われますが、つい先日の世界記録取り消しの一件があったからです。記録の表示方法については古い方の小ネタのページ「野球の世界における実測値」の附記「陸上競技のタイム」を参照していただきたいのですが、単に単位時間未満を切り上げるべきところ、切り捨ててしまったというものです。これは人為的ミスといってもかなりお粗末なもので、当時の経緯を知る者にとっては考えられないことです。競技者生活の最初の時点から電気計時が当たり前である状態で育ってきた世代が大会運営実務の中心になる時代がついに来てしまったのかと考えると感慨深いものがあります。
昔の投手の球速