次の日、ユウトが予想していたものとは正反対の静かで平穏な朝が訪れた。
宿の食堂には何人かの泊まり客が朝食を食べていて、女将が忙しそうに立ち振る舞っている。
ユウトとソウルの二人が近くにあったテーブルに腰掛けるやいなや、すぐに女将がやってきて、最大限の商売用の笑顔を作りながら注文をとっていった。
いつもと変わらない、平凡な朝の風景だ。
「なあソウル、どうしてこんなに普通なんだ?昨夜のことはどうなったんだ?俺には訳がわからない」
周りを見渡しながら落ち着かない様子でユウトが言った。それとは対称的に眠たそうに目を擦るソウル。欠伸をしながら面倒臭そうに答える。
「あのさユウト、そんなの当たり前。考えてもみてごらんよ、ここで僕らが大騒ぎしたらこの事件のことが外にばれる。そんなことになったらどうなると思う?」
「どうって大変だよな」
ユウトの軽い返答にため息をつきながらソウルは厳しく切り返す。
「あのね、そんなに簡単な問題じゃ済まないよ。サイトゥリィのクエントン郷が死んだ。しかもおそらく和平交渉中にね。
そうなるとミラクティスとの和平交渉は白紙。ただでさえ戦争の雰囲気が漂っている中、
両国とも開戦の理由が出来てしまったし、戦争は時間の問題だろうね」
「両国とも?サイトィリィの理由はクエントン郷暗殺の報い、それは俺にもわかる。郷は人柄も温厚で人気があったからな。
けどミラクティスの理由って何なんだ?」
ユウトの疑問に対して、左手で頬づえをし、空いた右手を手持ちぶたさなのか無意味に動かしながらソウルは話を続ける。
「ミラクティスにとっては今が侵攻する絶好の機会だからね。サイトゥリィは国の中枢人物が欠けて内政に脆さがある。
そういう時に攻めようと思うのは当然でしょ。冷酷だけど、僕が参謀だったらそうするね」
その言葉に、自国のことを思うユウトの胸は痛む。しかし、ソウルが言うことも正論だ、故に反論も肯定も出来ずにユウトは沈黙した。
それを受けて、ソウルはユウトの言葉を待たずに話を続ける。
「だからクエントン郷のことが外に知られると、世論が開戦一直線、直ぐさま戦争になる可能性が高いんだよ。
ただ、クエントン郷のことがなくても遅かれ早かれ戦争、最悪、第二次革命戦争なみの世界戦争になる可能性が高いけどね」
「革命戦争って科学が発見された時に起こった、科学の力と魔法の力を巡る大規模な争いのことだよな?」
あまり歴史に詳しくは無いユウトでも革命戦争だけは知っている。それだけ世界にとっては大きな出来事だったのだ。
「正解。ユウトにしてはよく知ってるじゃん」
少し驚いたのか、瞬きを多めにしつつ、ソウルが声のトーンを軽く上げて感嘆の意を述べた。
ただし、これを褒め言葉と取れるかは微妙なところだ。どちらかというと馬鹿にされている気もするが、ユウトは続けて自分の知識を簡単に披露する。
「さすがの俺でも革命世界は知ってるよ。それまで一つの国として統一されていた古代帝国だったが、
科学しか認めない地域、魔法しか認めない地域、両方の力を尊重する地域と意見が多数に割れたことにより、地域間の緊張が激化。
意見はまとまることなく、地域同士の争いが起きるようになり、結果、古代帝国は考え方の異なる地域それぞれで独立された。
それで、科学のみを尊重した地域は俺たちの国サイトゥリィになったってな。
国の成り立ちは小さい頃から親や学校から教えられたからな、嫌でも覚える」
「成る程ね。ちなみに補足、魔法のみを尊重した地域はミラクティスになった。もちろん知ってるよね」
「まあな」
「じゃあ更に補足。ミラクティスとサイトリィはお互い正反対な意見だったから、革命戦争中に最も争ったところとして有名だよね。
革命戦争から二百年ほどたった今まで仲が良いとは言えない状況にあるくらいさ」
「たしかにミラクティスとの間で良い噂は聞いたことがないな……」
「まあ価値観が違い過ぎるからね。そう簡単に友好関係になるわけがない。むしろ友好関係になってるほうが怖いよ。
仲を取り持つ為に一体どんな力が内部に働いたのかって邪推したくなるね」
「ああ、たしかにそうかもな」
「あと、もう一つだけ補足。本当は戦争ではなく内戦と言ったほう正しいんだよね。
でも、規模の大きさとか各地域を一つの国として見るべきだっていう意見もあって、戦争という言葉が用いられているんだけどさ」
「はいお待ち」
二人の話をちょうどよいところで遮って、女将が料理をテーブルの上に置いた。いつもならそのまま去るのだろうが、
何かを言いたいのか、口を開きかけてはつぐむ。
「あのお客さん……」
「大丈夫、分ってます。昨夜のことは口外禁止、ですよね?」
ソウルがそう言うと、女将はよろしく頼みますとだけ残し、戻っていった。
女将の逃げるように去っていった姿をユウトは戸惑いを抱えた目で追いかける。
それを横目で確認したソウルは、既にナイフとフォークを手にしつつもユウトに忠告した。
「おそらく、昨夜の役人にお客の口止めをしろって言われたんじゃない。つまりはそういうこと。僕らは何も見なかった、それでいいんだよ、今はね」
その後は何も語らず、二人は運ばれた食事を空にすることだけに専念し、早々と宿を後にした。
昨日の街道をまた歩く。今日は昨日と変わって太陽が厚い雲で被われていた。
淀んだ空にどんよりとした重い空気がユウトの身体にまとわりつくので、一歩一歩それを振り払うかのように脚を若干高めに上げながら進んで行く。
宿を出てしばらく歩くと、更に厚く黒い雲が空を支配し、まだ真昼だというのに、辺りの木々の多さも手伝って太陽が沈んだ後のような明るさになる。
そんな具合の悪い空模様を見ながら、それまで無言だったソウルが、周りを気にするかのように声を潜めてユウトに言葉を投げかけた。
「ユウト」
「ああ」
「この世界には第二次革命戦争を望んでる奴もいるんだよ」
「そうみたいだな」
「本当、嫌になるね!」
言うが早いがソウルは素早く魔法を発動させた。鋭い風の刃が近くの茂みに襲いかかる。
ユウトも反射的に剣を構え、戦闘体制をとり隠密者を待ち受けた。だが、辺りは静寂がただよう。
「残念、逃げられたね」
ソウルが言うように、そこには既に何の気配もなかった。それでも二人は、いつまた訪れるかわからない襲撃に備えて緊張の糸を切らせない。
ある程度の時間が過ぎ、危険が消えたのを肌で確かめてから二人は息をついた。
「ソウル、今のって……」
「十中八九、昨夜の連中だろうね。僕らはそいつらのミスで見たくもないのに襲撃者を見てしまった。
つまり奴らにとって僕らは目撃者ってわけだよ。だから口封じに来るかなって予感はしてた。で、どうするこれから」
「どうするって何をだ?」
嫌な予感がユウトの頭を駆け巡る。ソウルの声はいつもと変わらないが、目が全く笑っていない。
静かに内なる怒りを宿している証拠だ。こういう時の相棒が考えること、それは例外無しで可愛いものではない。
「何って決まってるじゃん、逆殴り込み決定なんだから、その方法をどうするかってこと」
予感が的中した。ソウルは本気だ。こうなってしまった以上、止めることは難しいが、
提案が提案なので黙って賛成するわけにはいかず、一応ユウトは反対してみる。
「ちょっとまて!なんでわざわざそんな危険なことをしなきゃならないんだ、もうこれ以上こんなややこしいことに俺は巻き込まれたくないぞ!」
「もう充分巻き込まれてるよ。それにさ、ユウトはやられっぱなしで悔しくないわけ?」
ユウトを鋭い目線と声で黙らせた後、ソウルは杖を軽く一降りし、自身の魔力を整えた。
周囲から蒼い光の筋がソウルの下に収束し、黒いコートをなびかせながらソウルの身体を包み込む。
ほどなくしてその蒼い光は消えたが、代わりにソウルの黄金色の瞳に光が灯る。
いつになく気合いが入っているソウルに圧倒されつつも、ここで簡単に賛成するわけにはいかない。
「そりゃやられっぱなしっていうのは悔しいさ。でも」
しかし反論するユウトの言葉は、ソウルの低いがはっきりした声で中断を余儀なくされる。
「あいつら何者かはわからないけど、なかなかの腕だよ。セネトの魔法をかわしたしね」
「セネト?なんの名前だ?」
その瞬間、ソウルの表情が変わった。見るものを畏怖させて動きを止めてしまうほどの鋭い目つき。
ソウルは感情をあんまり顔で表現せず、たいていはほぼ無表情、瞳の奥に感情を隠す。
だが、今の表情は、ソウルの心からの警戒と殺気までが伝わってくる。これまでの表情が全て嘘だったかのような顔立ちに、ユウトはたじろんだ。
「ソウル……?」
あまりの違いにユウトの声も戸惑う。その声を聞いて我に返ったのか、ソウルの表情がいつもの無表情に戻った。
「ああ、ごめんユウト。セネトっていうのは僕の出身国のことだよ。最北にある小さな島国だから知らなかったと思うけど」
「あ、そうなのか。なんだよ、妙に怖い顔をしてたから、もっと凄いヤバイものかと思ったぞ」
いつものソウルに戻ったことに、そしてセネトがただのソウルの出身国だということにユウトは安堵した。
「ごめん、悪かったよ。で、これからのことだけど、逆殴り込みする相手、
すなわちクエントン郷が最期に残した漆黒の風について情報を集めるのがいいと思うんだよね。どう?」
「どうって俺は逆殴り込みじたい大反対だぞ!」
ユウトは必死に反論したが、相手が悪かった。ソウルはユウトの何倍もの理屈でまくし立てる。
「そんな消極的でどうしたのさ。いつもの正義感はどこへいったわけ?そいつらはユウトの故郷であるサイトゥリィのクエントン外相を殺したんだよ。
それに、奴らは第二次革命戦争を望んでる。それだけは絶対に阻止しなきゃね。だってそうでしょ、
もし戦争が始まったらどうなるか、考えただけでも恐ろしいよ、僕はまだ死にたくない。まあ簡単には死なないけどね僕は」
「いや、たしかに戦争なんて許されるものじゃないけど、どうしたんだよソウル?いつになく積極的で怖いぞ俺は。雨でも降らなきゃいいけどな……」
勇気を出して少しだけからかってみるがソウルは全く動じない。ユウトのそれを完璧に無視して一人進んでいく。
そんなソウルにユウトも観念して覚悟を決めた。
「わかった、漆黒の風だろうがなんだろうが、突き止めてその野望を阻止する。戦争は俺だって反対だしな。それで、どこへ向かうんだ?」
「さあ、別に決めてないけど」
あれだけ必死になっていたのだから、さぞ綿密な作戦を考えているものだと思っていたユウトは、ソウルの返答に打ちのめされた。
意図せず足取りが重くなる。
「大丈夫だよ。そのうち目的地はハッキリすると思うから」
ユウトの様子を見て少しは心配になったのか、一切の迷いも無しにソウルは言い切った。
何の根拠があってそんな自信があるのかは分からないが、ここはソウルを信じるしかない。
なんとも息苦しくなるわだかまりを胸に抱えながら、ユウトはソウルと共に再び森に囲まれた街道を歩いていった。