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+++「パルフルールを出発して−04」+++
 ジーナを追って、ユウトは人並みの中を駆け抜ける。 しかしジーナは小柄な身体を活かして狭い隙間を器用に抜けて行くので、なかなか差が詰まらない。 視線の先にはっきりとジーナの姿を捕らえた時は、人が多い繁華街は抜けていて、打ち捨てられた細い路地裏の前にユウトはたどり着いていた。
 ユウトの足音に気がついたのか、ジーナが手を振ってユウトを呼び寄せた。 ユウトの荒い息使いは全く考慮していないようで、段々と手の振りを大きくして急かす。 そしてようやく追い付いたユウトに息をつく間も与えないで、ジーナは話しかけた。
「ユウトもあの人を見たんでしょ? 私、頑張って後を付けたけど、このへんで見失っちゃった。 多分、この道に入ったと思うけど、なんか怖いからユウト、一緒に行こう」
 ジーナを連れ戻すという目的で追ってきたが、ユウト自身もアイリスだったのか気になっている。 少しだけだと断ってから、ユウトはジーナと共に薄暗い路地へと足を進めた。 少し歩くと道が広がって、そこが袋小路になっていることがわかった。 高いコンクリートの壁に四方を囲まれた、宿屋の一部屋くらいの大きさの敷地には、レンガやブロックの残骸が積み重なっていて、 雑草一つ生えておらず生命の気配がない。一番奥には重そうな扉が取り付けてあったが、窓はなく、中がどうなっているのかは分からない。
「おや、またお会いしましたね」
 後ろから突然声をかけられた。急いで振り向くと、トートが壁に寄り掛かって立っているのが見えた。 先程と全く変わらない純白のコートをかぶっているが、それは目立たず気配を感じさせない。 トートから発せられている冷たい闇が、周りの建物に遮られ日が当たらないこの路地の薄暗さに溶け込んでいるからだろう。 腕を組み、背丈以上もある大鎌を隣に立て掛けてはいるが、油断をしたら瞬きする間もなく斬られるはずだ。 ジーナは反射的にユウトの後ろに身を隠す。
「アイリス、お友達がおいでですよ」
 呆気にとられるほど優しい、丁寧な声色だった。たじろぐユウトにトートは軽く微笑んだ。 表面だけ見れば朗らかな笑顔を形作ってはいるが、内から感じる冷たい殺気に鳥肌が走る。
 ドアの軋む音がして、アイリスが現れた。トートを気にするも、ユウトはトートに背を向けアイリスと対峙する。
「お前……」
 ドアを開き、取手を握ったままアイリスは固まった。ユウトも何も言えず、ただアイリスを憂いと宿した目で見ることしかできない。
「どうしたんだい?」
 扉の中から別の声がした。こんな薄暗い路地にはとても似合わない朗らかで優しい声だ。 アイリスが取り乱し、ユウトを無視して扉の奥に向かって頭を下げた。
「も、申し訳ございませんマスター。私の不注意でこいつをここまで……」
「いや、大丈夫だよアイリス」
扉が完全に開き、声の主が現れた。背がユウトより高く、手足が長い。
「君がユウト君か」
 青年の神々しさに呑まれて声がでない。辛うじてユウトは頷いた。
「初めましてだね。私はラインハルト、漆黒の風をまとめている者だ」
 一番倒したい者がいきなりユウトの目の前に現れた。戸惑いと混乱と、怒りと憎しみとが頭の中を駆け巡り、ユウトは感情のままに叫ぶ。
「お前が漆黒の風の……いったい何が望みなんだ! 世界に戦争を引き起こして何のためになるんだ!」
 ラインハルトは憂いを帯びた表情を変えずに、ユウトの目を真っ直ぐ見つめる。
「君はどうして私たちを止めようとするのだい」
「そんなの……世界を救いたいからに決まってる!」
「私もだよ」
「え」
「私も君と同じさ。世界を救いたい、ただそれだけだ」
 ラインハルトの透き通った瞳に吸い込まれそうになる。その誘いを振り払うかのように、ユウトは声を張り上げた。
「なっ……戦争を引き起こしておいて、どうして世界を救えるんだ!」
 ラインハルトの目が閉じられた。そのまま空を仰ぎ、ゆっくりと瞼を開け、広い世界に諭すように話し始めた。
「……君はまだ知らないことが多すぎる。君が思うほど世界は美しくない。単純な道理と 正義はもはや通用しないんだ」
 声色は優しいが、言葉一つ一つからラインハルトの計り知れない決意の重さが感じられる。ユウトは何も言うことが出来ない。
「君と私の志しは同じなんだ。君みたいに能力に優れた者が私の味方だったなら、どんなに心強かっただろう。残念だ」
何か言いたいが口が動かない。ラインハルトの揺らぎない信念と決意が宿る瞳光に、ユウトは再び捕われた。
「それでも私は私の道を進む。邪魔はしないでほしい」
「ふざけるな!お前のせいで多くの人が苦しむ……」
 それ以上ユウトは言葉を続けることが出来なかった。 ラインハルトから生じる威圧感。ユウトの身体が見えない鎖に絡まれたかのように固まって動かない。 手足が震え、顔から冷や汗が流れ出す。
「もし、これからも君達が私を止めようとするならば、そのときは君達の命をかけてほしい。 私は君達をそのままにしておくほど愚かではないし寛大ではない」
「いやいやあなたは十分優しいですよ、ラインハルト。僕なら今ここでザックリ殺ってしまいますからね。障害になるものは早めの除去が基本ですし」
トートが話し終わるとラインハルトは扉の奥へ消えて行った。アイリスもその後を追う。
「アイリス!」
 ユウトの力いっぱいの叫びにアイリスは足を止めて振り返った。
「君はそれでいいのか?君たちが起こしたことは、あの子達……ミラクティスの子供の笑顔も奪うんだ!」
 少し、ほんの少し顔を歪めたが、すぐに元に戻しアイリスはユウトをきつく睨む。
「……マスターのすることに間違いはない。お前もいずれわかる、お前達が間違っていたということにな」
 そう言い捨てると、アイリスも扉の奥へと消えた。残されたユウトにトートが穏やかに話し掛ける。
「納得がいかない顔をしてますね。なんなら一つ勝負でもしますか? 僕は全然かまいませんのでいつでもどうぞ」
 あのラリーが強いと認めたトートだ。ここで意地を張って命を落としたりでもしたら元も子もない。ユウトはトートの申し出を無視して歩きだした。
「行こうジーナ」
「う、うん……」
 相当怖かったのだろう、ジーナはずっとユウトの後ろにしがみついていた。歩く足取りがぎこちない。
「おや、敵に背を向けるのですか。噂に聞いているあなたらしくないですね」
 反射的にユウトの右手がダンテの柄を握る。しかし、ユウトは鞘からダンテを抜きはしなかった。 代わりに両手を上げて、今ここで戦う意思がないことをトートに伝えた。
「……悔しいけど今の俺じゃすぐに殺されるだけだ。俺だって生かされた命を無駄にしたくはない」
 ユウトの言葉と態度にトートは腕を組みながら溜息をついた。口調にも失望した露骨に表れる。
「やれやれ、セネトの考え方に染まってますね。まあそういう考え方もあるでしょうが、個人的にセネトは好きではないので賛同しかねますけど」
 トートの最後の言葉に悪寒が走り、ユウトは無意識でダンテに手を伸ばした。 それを見たトートは、両手を上げて、戦う意思がないことをユウトに表示した。
「大丈夫ですよ。背を向ける相手をどうかするほど私は落ちぶれてはいませんので。次に会うときこそ命のやり取りができることを期待してますよ」
 そう言い残して、トートも扉の中へと消えた。それを呆然と見送り、今度こそユウトとジーナは来た道を重い足で戻りだす。
 もとの繁華街に着くやいなや、ソウルが待ち構えたようにユウトのもとへ走りこんできた。 いきなりだったので驚くユウトの心境と、呆気にとられてなすがままの身体を無視してソウルは怒鳴る。
「ユウト、あのさ、こっちがどれだけ大変だったかわかってる? 一成に怒鳴り込んでくるし、むちゃな要求してくるし、ラリーは早々と逃げるし」
「だから、逃げたんじゃなくて、ソウルの交渉能力向上のためにわざわざ身をひいたんだってば」
 弁明するラリーを一蹴し、なおもソウルは怒りをぶちまける。
「あんたそんな言い訳通じると思ってんの? まったく、ものは言いようっていうけど腹立つね。 とにかく、魔法をぶっ放してあげようかって気持ちを押さえてなんとか収拾したんだからさ」
「ソウル」
「本気で大変だったんだからね。少しは申し訳ないって思った?」
「漆黒の風に会った」
「……は?」
 話の整理がついていないソウルをユウトの前から押し出して、ラリーが納得した様子で言う。
「なーるほど。ジナジナはアイリスって子を見たから突然駆け出したってわけだね」
「ええ、たしかにそうです。でも俺とジーナが会ったのはアイリスだけじゃなくて、トートって奴と……」
「それと?」
「ラインハルトっていうリーダーに会いました」
 ソウルも話は掴めたようだ。ラリーを押しのけ続きを聞こうとユウトを促す。
「で、どうしたわけさ?」
「これ以上邪魔をしたら全力をもって殺すって言われたよ」
 ソウルは表情を変えず、成る程ねと小さく呟いた。ユウトの話を聞いて何を思ったのかの真意は掴めない。
「ゆっちー、ラインハルトってどんなかんじだった?例えば、魔力が強そうとか剣が強そうとか」
 ラリーの好奇心と策略が満ちた問いに、苦笑いしてユウトは答える。
「悔しいんですけど、すごい殺気を感じました。今まで感じたことがないというか、近寄れなくて動けなかったんです。 空気が違ったというか周りの空間が歪んでたというか、うまく表現出来ないんですけど……」
「こんなかんじ?」  殺気という生易しいものではおさまらない威圧感がラリーからほとばしる。 並の人間なら一目散に逃げ出してしまうのを必死でこらえるユウト達。 周りにいたトゥルイヤの人も異変を感じたのか、ラリーを避けるように歩きだしたので、ユウトの周辺は人が通らない変な隙間があいた。
「ラリーやめろ!」
 ソウルが怒鳴り、ラリーはそれを止めた。固まるユウトと怯えるジーナを見て、申し訳なさそうに謝る。
「ごめんごめん。でもそっか、ラインハルトもこれを使えるってことは相当な魔力持ちだね。まいったなあ、先生に報告しておかないとだ」
 どこにしまっておいたのか、ラリーは羊皮紙、インク、ペンを取り出し素早く手紙を書き上げた。 そして、どこからともなく現れていた白い小鳥に手紙を持たせ飛び立てた。
 その作業を終えたラリーの前にソウルが進みでる。
「ラリー、あんた何を隠してるわけ? ラインハルトって何者なのさ。知ってるんだろ」
「非常に優れた魔法使い、僕もそれしか知らないよ」
「セネトの?」
 ラリーは答えない。どこか遠くを見るような虚ろな瞳を漂わすのみだ。
「答えなよ」
「まあ、おそらくね」

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