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+++「ミネバへ−02」+++
 ミネバから目と鼻の先ほどのところにある、森に囲まれた湖のそばに白竜は降り立った。 竜の足爪が土にしっかりと食い込み、身体が安定された後、ソウルは竜から飛び降りた。ユウトもそれに続く。
「ありがとうございました」
「あ、ど、どうもありがとうございました・・・・・・」
 ソウルがお礼を述べたので、ユウトもそれに倣う。背中に乗らせてくれたのでこちらに敵意を持ってはいないだろうが、 それでもユウトの緊張感はとれない。
「約束は守った。セネトの者よ、そして選ばれし者よ、我が名はビアンカ。覚えておくがよい。そしてまたいつか出会うだろう」
 低いが森全体に響き渡るような声でユウト達に告げた後、白竜ビアンカは再び空高く舞い上がっていった。 その震動で湖の水面が波立つ。そこにはユウトとソウルが立ち尽くすのみ。 二人は空へと消えていく白い点が完全に見えなくなるまで目で追った後、お互いに向き直った。
「今はだいたいお昼をちょっとまわったくらいかな。ここから歩いて一時間くらいでミネバに着けるね。 空の上で気持ち良く眠れたし、少しお腹も空いてきたし、さっさとミネバまで行こう」
 そう言いながら既にミネバへとソウルは歩き出す。ユウトは賛成も反対もまだ何も言っていない。
「待てって!俺はお前に聞きたいことがたくさんあるぞ!」
 しかしソウルの脚は止まらない。走って追いついてきたユウトに向かい、平然と答える。
「じゃあ歩きながら聞くよ。で、何?」
 ソウルの言うことに不条理なことなど何もないのだが、どうにもすっきりしない。 だが、仕方が無いのでソウルの歩調に合わせてユウトも歩き、そして胸の中にあった数々のわだかまりをぶつける。
「俺、竜に乗ったんだよな……竜なんだよな、俺、生きてるよな、大丈夫だよな?」
「大丈夫じゃないよ、明らかにおかしいって」
「俺とおまえを一緒にするな!竜だぞ?あの威圧感、今思い出すだけでも汗が出る……」
 心臓の鼓動が速くなってきたので、ユウトは足を止めて大きく息を吸い込み気持ちを落ち着かせた。
「ユウト、本当に大丈夫?そんな調子になるんだったら止めとけばよかったよ」
ソウルはそう言うが、ソウルの基準に合わせていたらこの大陸の者はどんなに強靭な心臓の持ち主でも弱虫呼ばわりされるに違いない。
「あのなあ、普通は竜を目の前にした瞬間に倒れても全然おかしくないぞ本当に。なんでソウルは平気なんだ?」
「平気も何も僕の国じゃそれが普通だしさ。けど少しは驚いた、まさか白竜が来るとは思ってなかったからね。 白竜って黒竜、紅竜の次の位でなかなか出会えないものだし。でもそうなんだよね、 普通だったら絶対にお目にかかれないはずなのに、なんでこんなところで出会えたんだろう……?」
 今までの様子からは一変して、神妙な面持ちでソウルは考え込んだ。こうなると何を言っても聞き流されてしまう可能性が高い。 それを承知の上で、ユウトは白竜を降りた時から抱えていた疑問を口にする。
「なあソウル。ところで杖はどうなったんだ?」
 ユウトの予想に反して、ソウルは顔をあげてすぐに反応する。
「ああそっか。忘れてた」
 そうソウルは言うものの、全く気にする様子は見せずに先へと歩いていく。
「おい!忘れたってそれでいいのか?」
「まあ運賃ってとこかな」
「運賃って……落としたものは竜が拾ってくれるから大丈夫だって言わなかったか」
「絶対に拾ってくれるとは言ってないよ。いいよ別に杖一本くらい」
「杖一本くらいって……魔法はどうするんだ?」
 ソウルの足が止まる。ユウトも足を止める。ソウルが振り返り、ユウトの顔を怪訝そうに窺う。 竜の瞳ではないが、何かを見取られているようで居心地が悪い。
「な、なんだ?」
「ユウト、もしかして杖が無いと魔法は発動しないって思っていたりする?」
 ソウルの言うことがまた再び理解出来ない。魔法を使うには使用者と魔法の源であるマナを仲介する道具が必要だということは、 常識中の常識だ。魔法文化がないサイトリィでさえ、そのくらいのことは常識として浸透している。 その道具を作るための珍しい素材、例えば竜の鱗や天馬の羽などは仲介力が強く高値で取引されるため、 それを専門に探索し生計を立てている人もいる世界なのだ。故に、杖は決して安くはないし、 仲介の役目を果たすので魔法を使う者にとっては非常に大事なものであるはずなのに、ソウルが言ったことは明らかに矛盾している。 言葉に詰まるユウトを見て、ソウルは溜息をつきながら語りはじめた。
「僕はさ、ユウトが知っているものだと思っていたから話さなかったけど、あの杖なんてただの飾りだよ。 正直邪魔なんだけど、常に杖を使って魔法を発動させているように見せていれば、 単純な奴は杖を奪ってしまえば僕を無効化させることが出来るって勝手に思ってくれるんだよね。 そんなわけないのにね。でもけっこう勘違いしてくれる人が多いからこの大陸は不思議だよ。 僕の故郷じゃ絶対に通じない、こんなかんじで誰も杖なんか使わないし」
 そう言って掌の上に炎を出現させ、地面に向かって投げつける。 当然、地面に火の海が広がる。それをいつのまにか具現化していた水を使って鎮火する。 仕上げとして、地面に残ってしまっていた焦げ跡を、緑の光を纏った蘇生魔法かなにかで完全に消し去った。 この間わずか十秒足らず。もちろん、杖は使っていない。ユウトが持っていた常識がまた一つソウルによって壊された。
「ほら、杖なんてなくても魔法って使えるでしょ」
「……ソウルが敵じゃなくて本当によかったよ」
 心の底からユウトはそう呟いた。それがまずかったのか、ソウルの口調が尖る。
「それって褒めてるけなしてる?」
「もちろん褒めてる、もちろんだ」
「まあいいけどね、ほらさっさと行こう。余計な体力使ったから早く着いて腰を下ろしたいよ」
 言うが速いが先ほどよりも歩調を上げて、ソウルは一人歩き去っていく。 いつものこととはいえ、段々と小さくなっていく相棒の後ろ姿を見るのになんとも言えない空しさを感じながら、 ユウトもいつもと同じようにソウルを追って走り出した。

 森道が途切れ、馬車も通る土が均してある整備された一般の道に出るそこからはミネバの城壁が確認出来た。 ミネバまであと少し。しかし、ミネバのほうに目をやった二人の表情は曇る。
「ソウル、あの人だかりはなんだ?」
「さあ。僕が聞きたいくらいだよ」
「何かあったのか……?」
「どうだろうね。とりあえず行ってみれば何かわかるよ」
 二人が目指す先、ミネバへの通行所にはたくさんの人がごった返していて、皆何かをわめいていた。 近づくにつれて、その内容が二人の耳に飛び込んでくる。それを聞いたユウトは肩を降ろし、落胆した様子でソウルに尋ねる。
「おい、なんか通行証かなにかを持ってないと中へは入れないって言ってるぞ」
「そうみたいだね」
「どうするんだ、通行証なんて持ってないぞ」
 ソウルは喋らない。腕を組み下を向いて目をつぶる、何かを考えている証だ。 それを邪魔すると、後で何をされるかわかったものではない。 ユウトはソウルから少し離れて、同じように通行止めとなった人とミネバの役人らしき二人の人物の会話、 もといほとんど言い争いであるそれに聞き耳を立てた。どうやら彼らは商人たちで、中に入れないとお客の信用も稼ぎも減ってしまうらしい。 次々と、ユウトでは考え付かないような非難暴言を役人に浴びせかけている。 しかし、役人二人のほうは全く気にする様子を見せず、それらを一切無視してあしらっていた。
 それに見入っている最中にユウトの肩を叩く音がした。振り返ると、ソウルが立っている。
「ユウト、行こう」
「行こうって……どこへだ?」
「ミネバに決まってるってば!」
 珍しくソウルは声を張り上げた。しかし今回はユウトも負けてはいない、冷たく返す。
「ミネバっていってもこの状態じゃ入れないだろ」
「いいからついてきて」
 そう言ってソウルは大勢の商人たちの間を器用にすり抜けて役人達の前に立った。 ユウトも追いかけて商人たちの間をかい潜り、ソウルの隣へとたどり着く。
 役人達はいきなり現れた商人とは明らかに違う風貌の二人に驚いたようだ。 それでもさすがにあの暴言を平気で流すだけあって淡白に言うべきことを言ってきた。
「旅の方ですか?申し訳ありませんが、ミネバへ通行証を持たない者を入れないようにと王宮で決まりました故、ここを通すわけにはいきません」
 ほらな、どうするんだとユウトが言おうとした時は既にソウルの口が動いており、 役人に負けない淡白さでこの場にいる誰もが予期しないことを言い始めた。
「第一王宮にマティーナ一級管理官がいますよね」
「マティーナ=ベルモンド一級管理官になにか?」
「マティーナ様にこう伝えてください、ソウルが来ましたって。これで十分です、多分、それで僕たちの入国は許可されると思いますから」
 二人の役人は互いに困惑した表情で目配せをし、目だけで時々ソウルのほうを見ながら小声で何かを話し始めた。 しばらくして、一人がミネバの中へと消えていった。残った役人は気まずそうにソウルを見る。ソウルは無表情を崩さない。 そんなソウルをユウトだけではなく、後ろで騒いでいた商人も固唾を飲んで見守っている。
 役人の気まずさが頂点に達したのか、額に脂汗が光りはじめたころ、ミネバに行っていた役人が戻ってきた。 そしてソウルを見るや否や、どうぞといって通行門の向こう側からソウルをミネバに入るよう促した。
「行こう」
 ユウトにそう言った後、ソウルは門をくぐる。役人と商人たちが再び言い争いを始めたのを後ろに聞きながら、ユウトはミネバの地に足を踏み入れた。

「しばらくここでお待ちください。マティーナ一級管理官が来られます」
 敬礼し、先ほどの役人は部屋を出て行った。ユウトとソウルは役人に案内されて真っ直ぐに王宮へと向かい、豪華な部屋に通されていた。 天井には細かい曲線を施した細工が多数なされたシャンデリア、壁のまわりにあるチェストの上には乳白色に輝く高価そうな壷が飾られている。 チェスト自体も引き出しの一段一段に花の模様が彫られていて、周りに負けない絢爛さだ。 床は、何の毛だかはわからないが、足で踏んでしまうのが忍ばれるくらいの美しさ。 それに、ユウトとソウルが座っているソファも柔らかくてそのまま寝てしまうくらいに座り心地が良い。 ソファとソファが向かい合わせに配置されており、その間にはテーブルが置いてある。 そのテーブルも脚や側面に蔦の装飾や金箔が張られてあって豪華なのだが、テーブルの上に置かれている果物もすごかった。 どれもが太陽の恵みを受けて育ったのか、実は大きく、シャンデリアの光を反射して見る者の食欲を刺激する。 こんな部屋に入ったことのないユウトは、いくら座り心地の良いソファだろうが全く落ち着かない。 上下左右に顔を忙しく動かしていた。そして、思い出したようにソウルに話しかける。
「な、なあ、マティーナ様って誰なんだ?なんでこんなに豪華な部屋に通されるんだ?もしかして、ソウルって高貴な身分なのか……?」
 それに対してソウルはユウトに顔を向けたりもせず、正面を向いたまま少し虚ろな瞳で答える。
「僕のどこを見て高貴だなんて思えるのさ。僕だってこの手は使いたくなかったんだよ。 この手だけは使いたくなかったけど、他に方法も思いつかなかったし……ああ憂鬱」
 そう言って盛大な溜息をつく。明らかに様子がおかしい。 何か言うべきかどうかユウトが迷っている間、突然ドアの開く音が聞こえ、一人の女性がユウトの目の前に現れた。
 腰まで伸びた輝く黄金の髪。長い睫毛に大きく見開いた翠色の瞳。 鼻筋は高く、唇は光沢を持っていて、シャンデリアの光に反射する。 上は長袖の白いシルクのカーディガンのようなものを羽織り、下は膝までの赤いスカートに黒いブーツを穿いているので露出は少ないのだが、 身体の線が強調されているので否が応にもスタイルの良さが見て取れた。
 ユウトが呆然として見つめる中、その女性はブーツのかかとを鳴らして歩き、 ユウトたちと向かい合わせにあるソファに脚を組んで座った後、ソウルを見て笑顔を浮かべた。
「久しぶりねソウル。とっても元気そうでなによりだわ」
 言葉と口調が合っていない。優しい旋律は皆無、元気なことを嬉しがっているどころか、それを疎ましく思っているかのように嫌味っぽい。
「お久しぶりです、先生」
 ソウルの言葉にユウトが固まった。ソウルと女性を身体ごと動かして交互に見渡しながら驚きを表現する。
「え、せ、先生?」
「そう僕の魔法の先生だよ。名前はマティーナ、……様。先生、彼はユウト。ここ数年の僕の相棒です」
 マティーナはユウトの顔をしげしげと眺めると、笑みをほころばせながら口を開いた。ソウルの時とは違い、旋律も優しい。
「ユウト君ね。私はマティーナ、ソウルは私の教え子よ。それにしてもソウルの相棒を務めているなんて、ユウト君は頑張ってるわね」
「え、あの、そんなことないです」
「いいのよ正直に言ってくれて。師匠の私がソウルの扱いづらさを保障するのだから」
「先生……」
 あのソウルがマティーナの前では大人しい。完全に縮こまっている。 マティーナは脚を組み替え頬杖をつき、上からの視線でソウルの目を射抜いてソウルをさらに叩きのめす。
「で、一体何の用なの。私は忙しいのよ。馬鹿げた理由で呼び出したとしたら、わかっているわね?」
 怖い。顔はとびきりの笑顔なのだが、目が笑っていないし言っている内容が怖すぎる。 この時、ユウトはマティーナがソウルの先生だということを完全に納得した。ソウルの表に出さない内なる怖さは、師匠から完璧に受け継がれている。
「早く用件を言いなさい。わかっているでしょ、戦争が始まって私の仕事は山積み状態なのよ」
「え?」
 ユウトとソウルは同時に声をあげた。戦争。マティーナは今たしかにそう言った。驚きの表情を隠せないユウトを見てマティーナも驚いたように続ける。
「あなたたちまさか知らないの?まったくもう、ソウル、何をやっているのよ、情けないわね。そんなことでセネトの情勢見届人だなんて恥よ恥!」
「先生!」
 ソウルが取り乱した。ユウトはただ唖然とする。しかし、それと同時にマティーナが言った聞き覚えの無い情勢見届人という言葉が頭の中を駆け巡る。
「あら、もしかしてユウト君は知らないの?まあ良いじゃない、数年も相棒をしてくれているのなら、教えてあげなさいな。 竜くらいには乗ったんでしょ。下手に隠すよりも全てを話してしまったほうが後々楽よ」
 ユウトには何のことやらさっぱりわからない。会話についていけず視線を無意味に動かす、とソウルと目が合った。
「ソウル……」
「ユウトごめん。今までずっと僕は自分の役目を隠していた。情勢見届人のことは後でちゃんと話すよ。でも今は……」
 マティーナに視線を戻し、さっき取り乱したのが嘘のように冷静な面持ちでソウルは言葉をつぐむ。
「戦争ってどういうことなんですか、先生」
「戦争は戦争よ。ミラクティスとサイトリィの」
 ユウトとソウル、二人の胸の鼓動が速くなり、顔を向き合わせて漆黒の風のせいだと目で会話する。 苦い表情。漆黒の風を探し出すより先に最悪なことが起きてしまった。
 その様子をどう感じたのか、マティーナはさらに詳しいことを語りだした。
「サイトリィのクエントン卿が暗殺されたのよ。この間、極秘裏にサイトリィとミラクティスの和平交渉が行われる予定だったのだけど、 その為に泊まっていた宿屋で襲撃されたのよ。どこの誰だかは知らないけど、まったく、とんでもないことをしてくれたわ」
 一気に語り上げるとマティーナは溜息をついてソファに深く寄りかかった、ソファの沈みが大きくなる。 相当疲れがたまっているのだろう、もうこれ以上面倒なことは御免だという本音が伝わってくる。 しかし、マティーナに言わなければならないことがあるし、言わなければ言わないで後が怖そうだ。 ユウトが見守る中、ソウルが意を決した様子でマティーナに顔を向けて話し出した。
「あの、先生」
「なによ」
「僕たち、その日その宿に泊まっていました。しかも、クエントン卿の隣の部屋だったので、部屋を間違えたのか僕らも襲われ」
「なんですって!」
 ソウルの話を遮って勢いよくソファから立ち上がり、大声でマティーナは叫んだ。
「全くもう!ソウル!そういうことはもっと早くに知らせなさい!で、詳細は?」
 腕を組んでソウルとユウトを冷ややかに見下ろすマティーナ。翠色の鋭い眼光が二人を捕らえて離さない。 マティーナの圧倒的な迫力に押されて上手く口がまわらず、 途切れ途切れに昨夜の宿からミネバに到着するまでに起こった全てを洗いざらいにソウルとユウトは話した。 それを一切の口を挟まずに無言で聞いた後、マティーナは再び脚を組んでソファに腰掛けた。
「そう、あなたたちも少しは大変だったみたいね。軽く同情してあげるわ、軽くね」
 黄金に輝く長い髪の毛をかきあげながらマティーナは言った。 外見だけ見ると、容姿も整っているし仕草も優雅で魅惑的な大人の女性としてユウトは緊張しただろう。 だが、マティーナの内面の怖さを知ってしまった以上、見惚れることはないし、別の意味での緊張感がユウトの身体の中を走る。 そしておそらくユウトよりも遥かに緊張してかしこまっているソウルは、か細い声で話を戻した。
「僕らのことはともかく、先生、漆黒の風、どう思います?」

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