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ちんどん塩釜CM社の歴史です。
創業当時からの写真をご覧下さい。

※画像の無断転載、複写等は禁止いたします。


杜の都仙台と日本三景松島の中間に位置する塩釜市。
役者を夢見た明治生まれ、初代 阪東好二郎は、大衆演芸(阪東流)一座を立ち上げるが、
戦後の混乱の中、家族を養うためにちんどん屋に転身。
骨董屋で見つけた太鼓とフライパンを組み合わせ、即席のチンドン太鼓を作った。
ちんどん塩釜CM社の誕生である。

昭和初期 塩釜宣伝社
昭和初期 塩釜宣伝社 初チンドン

昭和32年 パール映画館の宣伝
昭和32年 パール映画館の宣伝 スタア誕生の封切


創業当時。(ちんどん)初代 阪東 好二郎。(笛)二代目 阪東 冨士雄


昭和28年12月 塩釜市内 年末売り出し。 初代 阪東 好二郎。長女 恵子


6人の子供達は「チンドン屋の子!」といじめられ、泣きながら帰ってきたという。
「これもりっぱな仕事の一つよ」
徐々に父の仕事を理解し始めた子供たちはチンドン業を手伝うようになる。


創業当時。日活映画の宣伝。


塩釜港祭り。御神船に乗って。 二代目 阪東冨士雄。


しかし、テレビの普及により映画館は閉館、チンドン家業は衰退の道をたどり始める。
仙台市内に5軒あったちんどんやは廃業に追い込まれていったが、好二郎はテレビの普及を逆手に取り
「ライオン丸」や「月光仮面」など人気のヒーローに扮装し、家業を立て直していく。


左から 初代、三代目、二代目。貴重なスリーショット。
(当時はまだ珍しいポラロイド写真をもらってご機嫌な2人。)
(宣伝用看板はすべて二代目の手書きです。)


初代 阪東 好二郎。TV出演時。


大衆演芸(阪東流)とともに、座長は息子の冨士雄に引き継がれた。
バブルの波に乗り、二代目は県外にも遠征するようになる。
マスコミにも積極的に登場し活躍の場を広げた。
(この頃、宣伝カーも人気をいただいておりました。)


二代目 阪東 冨士雄。1995年 福島エジンバラゴルフ場TVCM撮り。


人形とダンス宣伝


仮装色々


青森市 チンドン東日本大会


昭和の人気キャラクター


ちんどんにて龍神の舞


宣伝カー(昭和47年頃)


宣伝カー


芝居 忠臣蔵


敬老の日 老人ホーム慰問


芝居 佐倉義民伝


楽団 阪東


三代目 阪東 冨士英。

そうして座長は三代目、冨士英が世襲する。

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