小論集

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 送金手形の歴史的考察

1−1為替手形 (bill of exchange)
 為替手形とは、振出人(drawer)が名宛人(drawee)に対して、受取人(payee)への支払を委託する手形である。為替手形には、債務者から債権者への送金であることから並為替と言われる送金為替手形(demand draft)と債務者からの送金によらず、債権者が債務者あてに手形を振出して取立てる仕組みにより逆為替と呼ばれる"bill of exchange"とがある。

No..........

      B i l l  o f  E x c h a n g e

For ................

At .......................sight of this FIRST Bill of Exchange ( second of the same

tenor and date being unpaid) pay to                or order the sum of

............………………………………………………………………………………….

…………………………………………………………………………………………

………………………………………………………………………………………….

Value received and charge the same to account of …………………

Drawn under..………………….

L/C No.................…………..dated...................................................

To..............................................

.........................................

                                           Authorized Signature

“bill of exchange"は、16世紀末頃からイギリスの外国貿易で一般的になり、ロンドンが国際貿易決済や国際金融の中心地となった19世紀以降、今日に至るまで、貿易決済に多用されている。
 下記は、1562年と1622年に振出された"bill of exchange"の文言である。今日使われている"bill of exchange"の原型であることがうかがわれる。(出典:平田央「有価證券法史論」弘文堂書房1931)

Laus deo. Andwarpe le 4 of September 1562  £50 0. 0.

At Usans and halfe paye by this my fyrste byll of exchainge my second not beinge paid to Myhell Cruche or the bringer hereof the some ffyeftey poundes sterlinge corant money for marchandyse and ys for the va1ewe receyved here of John Turner at the daye make good payment and put yt to your accompte by me Richard Stainifeld.

Eccepted by me William Lewtie.

(Endorsed) To Mr. Lewteye servant to Richard Stainifyld dd in London, pa.


Laus Deo. Adi 24 August 1622 in London500 lb. at 34S. 6d.

At usance pay by this my first bill of exchange to A.B. the sum of five hundreth pounds sterling, at thirty foure shillings and six pence Flemish, for every pound sterling currant money in merchandize for the value hereof received by me of C.D. and put it to account as per advice, A. Dio. etc. G.M.

To my loving friend, Master W.C. merchant in Amsterdam, Pa.


1−2 送金為替手形 (demand draft)
 一方、送金為替手形の場合は、送金人が銀行に所要の金を払って、送金用の為替手形(demand draft)を買入れ、これを受取人に送り、受取人は振出銀行の本支店またはコルレス先に呈示して、手形と引換えに額面金額を受取る仕組みである。振出銀行、送金人、支払人(振出銀行の本支店またはコルレス先)、呈示人の4当事者を必要とする。

 約束手形の場合、振出人が債務者として手形金の支払義務を負っているのに対し、"bill of exchange""demand draft"も、為替手形の場合は、振出人は支払委託をした者にすぎず、支払をなすべき者は第三者たる支払人である。また両者とも対価文句が記されている。
 なお今日では、"demand draft"は、その名称(D/D)を残すだけで、実際には、送金小切手が用いられている。銀行経由で外国送金を行う場合、電信送金(Telegraphic Transfer)と送金小切手(demand draft)に区分けされており、名称は"demand draft"であっても、送金為替手形は使用されていない。さらには、ほとんどの海外送金は、T/Tと略称される電信送金によって行われているのが現状である。
 郵便局経由の国際送金の仕組みも、送金為替手形の仕組みと同じである。郵便の場合、為替証書(Postal Money Order)"demand draft"に相当する。

        送金為替手形(Demand Draft

No.                                       

Exchange for                              TOKYO,          1937

On demand of this First of Exchange (Second unpaid) pay

to the order of ……………………………………..…………………………..

 …………………………………………………………………………………

  Value received

To…….…….Bank, Ltd.                   

 For………BankLtd.    

……………………                            

   (出典:木下琢郎著「外国為替実務」大興社1937)

1−3 小切手
 小切手とは、受取人に対する一定金額の支払を取引銀行に委託する有価證券であり、主として支払いの手段に用いられる。ただ日本では、日常生活の支払い手段は現金がほとんどであり、アメリカに比べると小切手の利用度は極めて低い。
 小切手の振出人は、当座預金契約を結んだ銀行に支払を指図する。送金小切手は、振出人が銀行である点、通常の小切手と異なっている。送金小切手をBanker’s Checkと呼び、銀行以外の企業や個人が振出した小切手を個人小切手Personal Checkと呼ぶ。
 受取人に対する支払を振出人が第三者(支払人)に委託する為替手形とは同じ仕組みだが、小切手の場合は、支払人はつねに銀行であり、支払い期日は一覧払いに限定されている。
 一覧払為替手形と送金小切手を比較した場合、両者とも振出人、支払人が銀行であり、担保書類を伴わないClean Billという点で共通しているが、手形にある対価文言"Value received"が小切手になく、また送金小切手には印紙税法による印紙税の納付が不要である。

                      送金小切手

No.                                         TOKYO,      1937

  Amount……………………………………...

Pay against this check to the order of …………………………………

   ……………………………………………………………………………..

To……...Bank, Ltd                          For………BankLtd.

       …………….                              ……………………

              (出典:木下琢郎著「外国為替実務」大興社1937)

小切手の仕組みは、1314世紀のイタリアの両替商に始まる。送金手形と異なり、預金者が両替商に支払または振替を委託する指図書が小切手の起源である。
 これが16世紀頃オランダで利用され、さらに17世紀頃よりイギリスに入り、発展したものである。上に掲げた送金小切手は、"demand draft"と比較して、対価文句がない点を除き、あまり差がない。

1−4 対価文句
 16世紀の原始的"bill of exchange"においても、今日の貿易決済に使われている"bill of exchange"にも、"value received(対価文句)"なる文言が記述されている。送金為替手形(demand draft)においても、同じ対価文句が使われている。
 手形上に対価を受領した旨が明記されていることは、手形が振出人の受領証であることを意味し、振出人に対する償還請求が確保されているとみなされる。
 "value received"なる対価文句は、中世ヨーロッパにおける送金手形の名残である。預金残高よりの支払または振替が起源である小切手には、対価文句は不要である。

1−5.約束手形
 約束手形とは、振出人が受取人に対して、一定の期日に一定の金額を受取人またはその指図人もしくは手形所持人に無条件に支払うことを約束して振り出す流通証券である。借用証書の代わりに用いられるが、為替手形のように海外取引の送金には利用されない。
 17世紀のイギリスにおいて、為替手形(bill of exchange)が流通性を確保し、通貨として機
能し始めると、その影響を受け、
"note"という約束手形が登場した。 
 金細工業者goldsmithから発展した金匠銀行業者の発行する金匠手形goldsmith's notesは、金匠銀行業者の支払約束書であり、近代的約束手形promissory notesの原型であった。
 18世紀初頭、これら約束手形も、為替手形にならって、裏書譲渡され、通貨としての機能を果たすようになった。その典型が、イングランド銀行の発行した約束手形、イングランド銀行券Bank Noteであったといえよう。
       (出典:小野朝男「イギリス信用体系史論」東洋経済新報社
1959

2―1.中世ヨーロッパにおける為替と両替と手形 
 為替とは、遠隔地に現金を輸送する危険や不便などを避けて、手形などの信用手段により、債権、債務を決済する方法である。一方、両替とは、雑多な種類の通貨を手数料をとって交換をおこなうことをいう。
 ヨーロッパにおいては、為替と両替は同意語である。両替を意味する英語(exchange)、フランス語(change)、イタリア語(cambio)、スペイン語(cambio)、ポルトガル語(cambio)、ドイツ語(Wechsel)、オランダ語(wissel)は、いずれも為替の意を持っている。また為替もしくは両替を意味する言葉は、後述するように手形を表す言葉に密接に関係している。
 日本語の場合も、"為替を組む"などのように、為替は手形あるいは送金手形の意に用いられることが多い。歴史的にも、為替とは、両替商による江戸と上方間の資金決済を指していた。ちなみに今日の日本では、為替と言った場合、一般的には外国為替相場を指す。
 ヨーロッパにおける為替の起源は、遠隔地商業が急速に発展した12世紀にさかのぼる。中世ヨーロッパにおいては、ヴェネツィァやジェノヴァなどのイタリア商人による地中海貿易やハンザ商人による北海沿岸貿易が盛んになり、シャンパーニュ地方やブルージュなどで定期市が開かれた。十字軍遠征による人員・物資の大量移動に伴う取引も増加した。
 かような時代背景において、後に銀行に発展する両替商の役割は大きかった。当時のイタリアの諸都市は都市国家であり、独自の貨幣を発行していた。両替なしには商業活動はありえない。両替商はヨーロッパの各地を結ぶ支店網を構築し、遠隔地間取引の決済を行った。両替商はまた、ローマ法王が十字軍の遠征費調達のためにヨーロッパ各地のキリスト教国に課した「十分の一税(titheまたはdecima)」の徴収をローマ法王庁から請け負った。ちなみに銀行を表す"bank"の語源は、イタリアの両替商が貨幣の量目を計るために使用した交換台(banco)に由来する。

2−2.ヨーロッパ諸国語における手形
 英語で手形を意味する"draft"は、イタリア語の"tratta"に由来している。"tratta"には、
"手形"もしくは"為替手形"の意がある。"tratta"は、フランス語(traite)、オランダ語(traite)、ドイツ語(Tratte)に共通している。いずれも為替手形の意を持つ。
 英語の"bill of exchange"は為替手形を表す別な言い回しだが、イタリア語(lettera di cambio)、フランス語(lettre de change)、スペイン語(letra de cambio)、ポルトガル語(letra de cambio)、ドイツ語(Wechselbrief)、オランダ語(wisselbrief)とともに、両替を意味する言葉から派生した。

両替 手形 為替手形
イタリア語 cambio tratta、cambiale、effeto tratta、cambiale tratt lettera di cambio
フランス語 change traite、billet、effet traite lettre de change
スペイン語 cambio giro、letra letra de cambio
ポルトガル語 cambio letra letra de cambio
英語 exchange draft、bill、note draft bill of exchange
ドイツ語 Wechsel Tratte、Wechsel Tratte Wechselbrief
オランダ語 wissel traite、wissel traite wisselbrief

日本では、手形とは約束手形または為替手形のいずれかを指すが、ヨーロッパ各国の"手形"という言葉は、一般的には為替手形を指しており、約束手形の意は無きに等しい。約束手形は、イタリア語(cambiale pagherovaglia cambiariopagheroeffetto commerciale)、フランス語(billet a ordre)、スペイン語(pagareabonare)、ポルトガル語(letra promissoria)、ドイツ語(Eigenwechsel)、オランダ語(promesse)、英語(promissory note)のようにほぼ別な言葉になっている。
 19世紀のドイツの学者Levin Goldschmidtは、その著書"Universalgeschichte des
  Handelsrechts"(1891)
で、"tratta""tracta"と表している。"tracta"はラテン語綴りだが、
  "tracta"
も含めて、ラテン語には"手形"に類する意味合いの言葉はない。
   tracta(ラテン語):こねた小麦粉の細長い一片

2−3.他地払約束手形
 他地に送金しようとする商人に対して、イタリアの両替商は、両替行為を書面にした証書 (instrumentum ex causa cambii=両替証書)を交付した。証書には金銭を受領、目的地において目的地の貨幣にて支払うとの約束が記載されていた。2人の当事者の約束書の形式であり、公正証書として作成された。今日の為替手形のように支払人に指図する形式を備えておらず、他地払約束手形といえるものであった。
 前述Goldschmidt"Universalgeschichte des Handelsrechts" 420頁には、115564年の間にジェノヴァのジョバンニ・スクリーバの公証役場によってラテン語で作成された他地払約束手形の最古のもの数例が示されており、下記はその一つである。
 20.August 1156 
 Ego solimanus confiteor quod accepi a te Ogerio Vento libras XV denar. ianuens. de quibus promitto
 dare filio vestro vel misso vestro apud Alexandriam Bisancios 2
3/4 per libram; expedicatos et
 mundos ad pensum Alexandriae.

「私は、貴方Ogerio Ventoより、15ポンド銀貨を受領しました。貴方または貴方の代理人
 にアレクサンドリアで、1ポンド当たり
23/4ビサンテ銀貨の支払いを約束します。」

2−4.支払委託書 (lettera di pagamento)
 他地払約束手形の振出人は、支払地の代理人もしくは取引先等に手形が呈示された場合に呈示人に対して支払いを行うことを文書で委託した。支払委託書は、"lettera di pagamento""literae sc. pagamenti""lettre de payement""payement"などと呼ばれた。(出典:Goldschmidt  "Universalgeschichte des Handelsrechts" 436)
 "lettera di pagamento"などの支払委託書は、他地払約束手形とともに送金人に交付され、支払地で支払人に呈示された。"lettera di pagamento"なしには、他地払約束手形は送金手形として、十分に機能しなかった。
 日本の手形法の権威である平田央博士は、「有価證券法史論」(弘文堂書房1931)268頁で、133910月5日付けの"lettera di pagamento"を次のように例示し解説している。
 Bartalo e compagni in Pisa. 
 Al nome di Dio amen. Bartalo e compagni Barna da Lucha e compagni salute. Di Vignone. Pagherete  per questa lettera a di XX di novembre CCC XXX VIIII a Landuccio Busdraghi e compagni da Lucha  fiorini 312 3/4 d'oro per cambio di fiorini 300 d'oro, che questo di della fatta n'avemo da Tancredi   Bonagiunta e compangui a raxione di 1111 e qarto per C alloro vantaggio; c ponete a nostro conto  e racgione. Fatta di V ottobre 339."

 Pisa(支払地)"Bartalo e compagni殿(支払人)
「神の名に於いてアーメン。"Bartalo e comp.殿にBarna da Lucha e comp.(振出人)挨拶、 
 Avignon(
振出地)、本證書に対して13391120日にLuchaよりのLanduccio Busdraghi e
 comp.
殿(呈示人)に金貨300フィオリノに対する金貨312 3/4フィオリノを支払われたし。
 この
300フィオリノは、拙者は今日Tancredi Bonagiunta e comp.(送金人)より受領したり。
 4 1/4%
はその利益なり、拙者の計算に帰すべし。(1)33910月5日振出。」

 本来、"lettera di pagamento"は、他地払約束手形に付属する支払委託書に過ぎず、公正証書化されることもなかったが、"lettera di pagamento"だけで振出人に対する請求権が認められるようになったことで、公正証書として費用のかかる他地払約束手形を無用なものとし、15世紀半ばには為替手形として完成されるに至った。

2−5.裏書
 他地払約束手形は、個人間の取引関係の証拠書類であることから、譲渡は困難であった。それに反して、支払委託書または指図書である送金為替手形の譲渡は容易であった。というより、譲渡が目的で支払委託書または指図書が作成されたのである。送金為替手形は容易に譲渡され、その委譲性や流通性が確保された。為替手形が流通性を確保するに当たって、決定的な役割を果たしたのは、裏書制度であった。(出典:小野朝男「イギリス信用体系史論」東洋経済新報社 1959
 フランスでは16世紀末に「第三者に指図を与える徴を証書の裏面(in dorsoen dos)に記載すること」が一般慣習となった。(出典:田中耕太郎「手形法概論」有斐閣 1930
 フランス裏書"endossament"語源であり、英語(endorsement)ドイツ(Indossement)オランダ(endossament)スペイン(endoso)ポルトガル(endosso)共通しているイタリア語のみが裏書を"avallo"と称する理由は、イタリーでは、証書の下部に(a valle)記載する慣習だったことによる。なおイタリア語で裏書のもう一つの呼び方に"girata"があるが、これは流通性(circulation)を表す”giro”に由来している。

2−6. 他地払約束手形の呼称
 中世ヨーロッパに端を発する送金手形は他地払約束手形であったという学説は、研究者に広く認められるところであるが、この他地払約束手形の当時の呼称を記述する文献は、見あたらない。
 下記の3例よりすれば、他地払約束手形とは、"instrumentum ex causa cambia(両替證書)"、あるいは"cambium impurum""cambium cumcarta""cambium per litteras"と呼ばれたごとく認識される。
(1)田中耕太郎「手形法概論」有斐閣 1930
「是に於てか現金両替(cambium manualeminutumsine litteris) 以外に書面に依る金銭移送約束(cambium impurumcumcartaper litteras) なるものが発生したのである。斯かる書面にして今日まで伝われる最古のものとしては、ゴールドシュミットに依れば千百五十五年より六十四年までの間にジェノヴァのジォヴァンニ・スクリーバ(Giovanni Scriba)の公證役場に依り作成せられたものである。」

(2)平田央「有価證券法史論」弘文堂書房 1931
「かくして現れたるものは他地払約束手形であった。従来行はれ居たる證券形式即ち「債権者に若くはその代理人に、或は債権者に若くは證券所持人に支払ふべし」なる形式が採用せられて、かかる金銭移送契約と結合した、即ちこの契約は外形上cautio(債務証書) instrumentum ex causa cambia(両替證書)として締結された。」

(3)木村瑛「手形法・小切手法要論」青林書院
「他地払約束手形:この送金に関する証書(契約書)がInstrumentum ex causa cambiiと呼ばれ、今日のヨーロッパにおける手形の原初的なものといわれている。」

 しかしながら、"instrumentum ex causa cambia""instrumentum" とは、英語の"instrument(証書)"であり、"ex causa cambia"は、"両替を原因とする"の意である。"instrumentum ex causa cambia"は、両替証書というよりは、両替行為を原因として発行された証書という意味合いの表現であって、証書の呼び名ではない。
 "instrumentum ex causa cambia"と同様、"cambium impurum""cambium cumcarta""cambium per litteras"は、現金両替に対する"両替行為の書面化(exchange in writing)”という意味合いであり、"書面による金銭移送約束"と意訳しても支障ないが、呼称ではない。
 法制史家がバイブルとするGoldschmidt"Universalgeschichte des Handelsrechts"においても、この他地払約束手形については"(eigenen) Wechsel"または "domizilirter Eigenwechsel"、為替手形については"Tratte"とドイツ語のみで表現されており、ラテン語あるいはイタリア語での引用は見あたらない。

2−6.tratta
 既に述べたように、Goldschmidt は、他地払約束手形の付属書類である支払委託書を"lettera di pagamento""literae sc. pagamenti""lettre de payement""payement"と表現している。日本の複数の学者は、これに加えて、"tratta"または"tracta"を支払委託書としている。すなわち、田中耕太郎博士は、"支払委託書(tractaremissalettera di pagamento)"1、平田博士は、"支払委託證書(lettera di pagamento, tracta)"2とそれぞれの著書で述べている。また小野朝男博士は、「イギリス信用体系史論」(東洋経済新報社1959)において、"かのtrattaなる元来、他地払の債務証書の付属書類であった支払委託書の変形であり、支払指図書1etter of paymentまたは為替手形bill of exchangeなる言葉で呼ばれた流通証券の生成をみていた"と記述している。
 1田中耕太郎「手形法概論」(有斐閣193062
  一派の学者は為替手形は他地払約束手形と独立に併存したりと主張する。反之ゴールド
 シュミットの見解に依れば、為替手形中原始的のものを、後世のものより峻別し、前者
 は約束手形と共に第二の證書として受取人叉はその者の指定する他の者に交付せらるる
 所の、支払地に於て支払を為すべき者に宛てたる支払委託書
(tractaremissalettera di
  pagamento)
より発生したるものである。此の支払委託書は振出人たる両替商の支払約束
 を包含するものでなく、単に両替商が自己発行の約束手形に記載されている受託者
(取引
 先、使用人叉は組合員
)に宛てたる現金を支払いたる者の代理人に支払を為すことの委託
 叉は依頼に過ぎぬ。

 2平田央「有価證券法史論」(弘文堂書房1931268
  振出人は支払地に於ける代理人・取引先等に支払を委託した。支払人へのかかる委託は
 、
remittereに対してtraereと呼ばれ、受領委託(mandare a ricivere)に対して支払委託 
  (mandare a pagare)
と称された。かかる委託證書を支払委託證書(lettera di pagamento, tracta)
 と称した。この
Tratteは、約束手形と共に封印されて、受取人に交付された。受取人は
 両證書を呈示人に送付したのである。

イタリア語の"tratta"または"cambiale tratta"が為替手形を意味し、為替手形は"lettera di pagamento"を起源とすることに異論はないが、手形または為替手形という意味のフランス語(traite)、ドイツ語(Tratte)、オランダ語(traite)、英語(draft)が中世イタリア語の"tratta"から派生した事実から推し量ると、"lettera di pagamento"の発展以前から"tratta"と呼ばれる送金手形がこれらヨーロッパ諸国に流布していたにちがいない。すなわち、他地払約束手形が"tratta"と呼ばれていたのではないかとの推論が成り立つ。
 他地払約束手形の付属書に過ぎなかった支払委託書が、本体を押しのけて為替手形として用いられるようになった過程において、呼び名としてシンプルな"tratta"が支払委託書の名称として残ったのではなかろうか。実際には、送金小切手が用いられているのに、その名称(D/D)を残している"demand draft"と同じようにである。
 なお、イタリア語の"tratta"の動詞形"trarre"は、"引く""引っ張る""引出す"などの他、"手形を振出す"という意を持つ。"tratta""手形"の意があり、動詞形の"trarre""手形を振出す"という意味を持つのは、"trarre""引出す"という意味から生まれたと推定される。金を引出す証書が"tratta"である。ちなみに"trarre"に相当するフランス語は"tirer"だが、ラテン語の"trahere"を語源とする"traire"には、"乳をしぼる""金を絞る"の意味がある。

2−7.Godschmidtによるtractaremissaの解釈
 Godschmidtは、"Universalgeschichte des Handelsrechts"436頁で、為替手形の発展段階における他地払約束手形と原始的な為替手形を説明する中で、"tracta""remissa"について言及している。また納富義満著「手形法における基本理論」(有斐閣1940)に、この部分の解説がある。両者の見解を総合した要旨が下記である。
 「第三者に支払いを委託する為替手形の発展段階においては、手形は二つに分類される。一つは他地払約束手形であり、もう一つは指図である(送金為替手形)。後者は、振出人より手形受取人に交付される支払人宛ての支払指図のことである。支払指図には、振出人が手形受取人より対価を得ていることの記載があるが、これにより振出人と手形受取人の法律関係が決まる。さらに支払指図によって、振出人と支払人の法律関係が確定し、さらに受取人もしくは呈示人が資格付けられる。第三者である支払人への指図文句が付記されている手形が、"tracta"である。また手形受取人より呈示人宛て、対価相当金の受取指図がremissaである。」
 また、436頁から437頁にかけての脚注では、16世紀のリヨン定期市向けに振出された為替手形(lettera di cambio)を指して"tracta"、手形受取人より呈示人宛ての送金通知書を"remissa"と注釈している。
 *2−6章で述べている田中耕太郎博士の"支払委託書(tractaremissalettera di
   pagamento)"
という解釈は、Goldschmidtの見解を引用していることがうかがえる。
 なお、"remissa"はラテン語で"赦免"といったような意味合いであり、イタリア語の"rimessa"には、送金の意はあっても手形の意はない。イタリア語なら”rimessa”とすべきである。
 436頁から437頁にかけての脚注の要所を取り上げると、次の様になる。

Remissa und tracta sind besondere entgeltliche Mandate des Bankiers, welcher meist den Wechsel austellt. Die beiden Akte werden scharf geschieden und meist durch gesonderte lettere d’aviso (spaccio) den Betreffen den kundgegeben.
remissatracta はそれぞれ手形を振出した両替商の委任状といえる。両者は厳密に区分されており、別々のlettere d'avisoletter of advice)によって関係先に通知された。)

この後に16世紀における定期市手形の流通メカニズムを著したBernardo Davazantiの著書"Notitia de' cambi "の一部が引用される。イタリック字体で書かれたイタリア語の文中にドイツ語の注釈が挿入されており、"tracta""remissa" の注釈は、(Dies ist die tracta.)(dies ist die remissa)となっている。

Voi (Wechselnehmer und Valutageber, spater genannt Giulio del Caccia) avete danare e gli volete cambiare per Lione, perche’ vi ritornino con guadagno : riscontrate in me Bernardo Davanzati (Wechselaussteller) che ho bisogno di pigliare e datemi scudi 64 perche’ io faccia pagare un marco in Lione a Tommaso Sertini (Prasentant), e io (Wechselaussteller) do a voi una brevissima mia lettera diritta a’ Salviate (Trassat), che dice cosi: “Pagate in fiera tale a Tommaso Sertini un marco d’oro per la valuta qui da Messer Giulio del Caccia”: questa si chiama lettera di cambio, pero che niuna altra cosa contiene che questo cambio.(Dies ist die tracta.) 
Voi poi scrivete a Tommaso (Prasentant): “Io ti rimetto per l’inclusa di Bernardo Davanzati (Wechselaussteller und Trassant) un marco da’ Salviati, presentarla e risquotilo e torna a rimetterlo a me” “e questa (remissa) si chiama lettera d’avviso overo lo spaccio” (dies ist die remissa).

(Dies ist die tracta.)と注釈されている箇所の大意は、下記である。
「振出人は手形受取人に支払人宛ての手紙を渡す。手紙は、"呈示人に支払われたし。対価は手形受取人より受領済み"という内容で、この手紙は"lettera di cambio"と呼ばれる。」"questa si chiama lettera di cambio"は、英訳すれば、"this is called letter of exchange"である。 また(dies ist die remissa)と注釈されている箇所の大意は、次のようになる。
「手形受取人は呈示人に対して、"振出人の手紙を添えて送金するので、支払人より徴収されたし"という趣旨の通知状を送る。この通知状(remissa)は、lettera d'avvisoと呼ばれる。」
 原文の"questa (remissa) si chiama lettera d'avviso"を英訳すると"this (remissa) is called letter of advice"になり、"remissa"は行為であると同時に通知状そのものも指している。"remissa"は、"demand draft"の振出銀行がコルレス先に送る送金取組通知(Advice of Drawing)と一致する。

参考文献:
Levin Goldschmidt "Universalgeschichte des Handelsrechts"(1891)
田中耕太郎「手形法概論」有斐閣 1930
平田央「有価證券法史論」弘文堂書房 1931
納富義満「手形法における基本理論」有斐閣 1940
小野朝男「イギリス信用体系史論」東洋経済新報社 1959
木村滋「外国為替論」有斐閣双書
木村瑛「手形法・小切手法要論」青林書院




















中世ヨーロッパにおける両替と送金為替手形 
 私は30数年の商社勤めを定年退職して、今、貿易コンサルタントをしている。時折、貿易講座の講師をつとめることがある。現役時代、抵抗なく使っていた"為替"という用語をテキストにまとめようとして、思いがけない横道に踏み込んでしまった。
 為替手形の起源が中世北イタリアの都市国家であり、為替手形の英語表現である"Bill of Exchange" と "draft" がイタリア語に由来していることを知って、もっと深く調べようとしたことが始まりである。
 私は学生時代にインドネシア語とオランダ語を専攻し、ドイツ語も多少は心得ているが、イタリア語、フランス語には無縁であった。今、私の書棚には、イタリア語とフランス語の辞書が加わった。時には、図書館でラテン語、スペイン語、ポルトガル語の辞書を繰ることもある。
 また、国会図書館などで、目を通し、コピーした参考文献には、田中耕太郎「手形法概論」(有斐閣1930)、平田央「有価證券法史論」(弘文堂書房1931年)、納富義満「手形法における基本理論」(有斐閣1940)、小野朝男「イギリス信用体系史論」(東洋経済新報社1959)などがある。19世紀のドイツの学者Levin Goldschmidtの著書"Universalgeschichte des Handelsrechts"(1891)は、日本の法制史家のバイブルだが、古いドイツ文字で表されており、ローマ字に活字化しなくては、とうてい読めない。
 私は、商社に勤めた30数年に、東南アジアの主要都市のほとんどに出張し、ジャカルタに通算12年、マレーシアのコタキナバルには1年駐在したが、ヨーロッパには、まったく関係がなかった。初めてヨーロッパの地を踏んだのは、定年後の家内と一緒のパック・ツアーであった。それが、最近は、お仕着せのパック・ツアーでも行程に特定の街が入っており、かつ、史跡を実感できるものを選ぶというようになった。例えばヴェネツィア、フィレンツェ、セヴィリア、アヴィニョン、リョンなど、ここ数年に3度のツアーで見て回ってきた。ジェノヴァやシャンパーニュ地方にもいずれ行くつもりでいる。
 ヨーロッパにおける為替の起源は、遠隔地商業が急速に発展した12世紀にさかのぼる。中世ヨーロッパにおいては、ヴェネツィアやジェノヴァなどのイタリア商人による地中海貿易やハンザ商人による北海沿岸貿易が盛んになり、シャンパーニュ地方やブルージュなどで定期市が開かれた。十字軍遠征による人員・物資の大量移動に伴う取引も増加した。
 かような時代背景において、後に銀行に発展する両替商の役割は大きかった。当時のイタリアの諸都市は都市国家であり、独自の貨幣を発行していた。両替なしには商業活動はありえない。両替商はヨーロッパの各地を結ぶ支店網を構築し、遠隔地間取引の決済を行った。ちなみに銀行を表す"bank"の語源は、イタリアの両替商が貨幣の量目を計るために使用した交換台(banco)に由来する。
 両替とは、異なった種類の通貨を手数料をとって交換することをいう。一方、為替とは、遠隔地間の債権・債務の決済に、危険をともなう現金輸送を避け、手形などを用いる方法をいう。日本語の為替と両替は、同意語であり、かつ、使い分けもされているが、ヨーロッパの主要な国語では、為替と両替は同じ一つの単語である。空港などの両替所に掲示されているexchange(英語)、change(フランス語)、cambio(イタリア語、スペイン語、ポルトガル語)、Wechsel(ドイツ語)、wissel(オランダ語)の語意は、両替であり為替である。
 為替もしくは両替を意味する言葉は、手形を表す言葉に密接に関係している。日本語の場合も、"為替を組む"などのように、為替は手形あるいは送金手形の意に用いられることが多い。歴史的にも、為替とは、両替商による江戸と上方間の資金決済を指していた。ちなみに今日の日本では、為替と言った場合、一般的には外国為替相場を指している。
 イタリア語で、"手形"もしくは"為替手形"を"tratta"という。フランス語(traite)、オランダ語(traite)、ドイツ語(Tratte)に共通しており、英語で手形を意味する"draft"も、"tratta"に由来する。ただし、スペイン語とポルトガル語には、"tratta"の派生語は見あたらない。
 英語の"bill of exchange"は為替手形を表す別な言い回しだが、イタリア語で"両替証書"を意味する "lettera di cambio"から来ている。フランス語(lettre de change)、スペイン語(letra de cambio)、ポルトガル語(letra de cambio)、ドイツ語(Wechselbrief)、オランダ語(wisselbrief)も同じである。 "lettera"、"lettre"、"letra"は、英語の"letter"であり、ドイツ語、オランダ語の"Brief"である。

両替 手形 為替手形
イタリア語 cambio tratta、cambiale、effeto tratta、cambiale tratt lettera di cambio
フランス語 change traite、billet、effet traite lettre de change
スペイン語 cambio giro、letra letra de cambio
ポルトガル語 cambio letra letra de cambio
英語 exchange draft、bill、note draft bill of exchange
ドイツ語 Wechsel Tratte、Wechsel Tratte Wechselbrief
オランダ語 wissel traite、wissel traite wisselbrief

 他地に送金しようとする商人に対して、イタリアの両替商は、両替行為を書面にした証書を交付した。証書には金銭を受領、目的地において目的地の貨幣にて支払うとの約束が記載されていた。2人の当事者の約束書の形式であり、公正証書として作成された。今日の為替手形のように支払人に指図する形式を備えておらず、他地払約束手形といえるものであった。
 他地払約束手形の振出人は、支払地の代理人もしくは取引先等に手形が呈示された場合に呈示人に対して支払いを行うことを文書で委託した。支払委託書は、他地払約束手形とともに送金人に交付され、支払地で支払人に呈示された。支払委託書なしには、他地払約束手形は送金手形として、十分に機能しなかった。
 他地払約束手形は、個人間の取引関係の証拠書類であることから、譲渡は困難であった。それに反して、支払委託書の譲渡は容易であった。本来は他地払約束手形の付属書類に過ぎず、公正証書化されることもなかった支払委託書だが、支払委託書だけで振出人に対する請求権が認められるようになったことで、公正証書として費用のかかる他地払約束手形を無用なものとし、15世紀半ばには、今日の為替手形と同じ働きをするようになった。
 この支払委託書は、英語読みで"letter of payment"に相当する"lettera di pagamento"と呼ばれたが、他地払約束手形の当時の呼称を記述する文献は、見あたらない。
 私は、手形または為替手形という意味のフランス語、ドイツ語、オランダ語、英語が中世イタリア語の "tratta" から派生した事実から推し量り、当時のヨーロッパ諸国に流布していた他地払約束手形が "tratta" と呼ばれていたと推測している。
 為替手形の起源はさておき、イタリア旅行の出発前に、何十年ぶりかでシェークスピアの「ヴェニスの商人」を読んだ。読んでいて、これはおかしいと思った一節がある。それはユダヤ人金貸しのシャイロックから金を借りたヴェニスの商人アントニオの4隻の持ち船のうち、1隻がメキシコに渡っているということである。他の3隻は、トリポリとインド、英国とある。
 シェークスピアが「ヴェニスの商人」を著わした1597年当時、ヴェニスの商人がトリポリ行きやイギリス行きの商船を持っていたことはうなずけるが、メキシコはスペイン領であり、また、海洋国家ヴェネツィアの版図は地中海という一種の固定観念があり、メキシコとの交易はありえないと直感したわけである。
 実際に諸々の資料を調べた限りでは、メキシコから銀を運んでいるセヴィリアとジェノヴァの交易はあるが、ヴェネツィア商人がメキシコへ船を送ったという史実はなく、さらに、ポルトガルが覇権を握っているインドにも、足を伸ばしていないことがわかった。
 塩野七生さんは、「海の都の物語 ヴェネツィア共和国の一千年」で、"ヴェネツィア商人の損害の分散方式は実に徹底していたので、持船の何隻かが沈没してしまったから一文無しになるというのは、なんとしても非現実的である。まずもって、一隻の船全部を所有していたということも、遠距離用の船ならば、ヴェネツィア有数の財産家でなければありえない。しかも、所有していたとしても、その船に自分の商品だけを満載して航海に出すというような事態は、ほとんどと言ってよいほど起こりえない。"と述べているが、メキシコとインドに船を送っている誤りの指摘まではされておらず、目下のところでは、私のみの見解だと思う。


























ジェトロ認定輸入ビジネス・アドバイザーとなって          (1996)
 私は、30年以上商社で貿易に従事したが、専門はプラント輸出であり、海外向け投融資である。プラント輸出に伴う石油の開発輸入を経験したことはあっても、雑貨品などの輸入経験は乏しい。4回、通算12年、ジャカルタに駐在したので、インドネシア事情には通じているが、日本の国内マーケッテイングについては概念的にしか知らない。アドバイスするよりは、される側にいるといった方が適切だが、輸入ビジネス・アドバイザーと名乗るからには、それ相応の知識が必要である。初心に戻り、日々勉強に励んでいる。
 私が貿易の基本を学んだのは、外為法が原則禁止から、現行の原則自由の体系に改正されるよりもずっと前の、1ドル360円時代である。日本の貿易の構造を変えた円高とコンテナ革命は、まだ始まっていなかった。プラント輸出には、コンテナ輸送はあまりなじまないので、私はコンテナについてほとんど知らなかったが、今あらためてコンテナは貿易の形態を根底から変えたと認識している。
 私にとって幸いだったのは、31年勤めた商社から4年前、造船と海運を営む中国地方のグループ企業に移り、数ヶ月、コンテナ船を運航する海運部門でコンテナ輸送の実務を勉強したことだった。何によらず実地に仕事をするとか、現場に立ち会うことは、最良の学習である。こんな例もあった。商社時代には、シッパーとして乙仲に同行し税関へ説明に行っても、プラント機器の積込み現場までは見なかったが、移籍した会社では、在来タイプの本船にプラント重機を積込む船内荷役に立ち会う経験をした。これがFIO(船内荷役費用荷主負担)のコンセプトを理解するのに役立った。
 これまで見過ごしたり、聞き流していた貿易形態の変化や時事問題に注意するようになり、新聞の切り抜きが習慣になった。最近、認識を新たにした事例に次のような事がある。

1.貨物に関わる費用と危険負担は、本船の舷側欄干(SHIP’S RAIL)を越えた時点、FOBで売主から買主に移転する。所有権はB/Lにより具現される。FOBC&FCIFが、トレード・タームスの基本であり、FOBで発行されたB/Lにより、決済手段であるL/Cのメカニズムが成り立つと、これまで私なりに理論づけてきた。昔のインコタームスにも、輸入地渡しのTermsがあり、輸出地渡しの場合でも,今のEXWに相当するものやFASがあったが、単なる原則としてしかとらえていなかった。新しいインコタームスは、コンテナ輸送を大きく取り込んでいる。私としてFCACPTCIPは理解出来るが、DESDEQDDUDDPについては、長期ファイナンスをともなう大型プラント案件ならまだしも、通常の売り買い商売で、そこまでリスクを背負う売り手はいないと思っていた。ところが、ある商社マンと地方の中小企業の顧問をしている知人から続けざまに次のような話を聞き、ヨーロッパではEXWDDPが、極く一般的なトレード・タームスになっているのかと感心した。
(1) ある商社が、化学品をミラノの客先にDDPで売る取引を行なった。実際は、子会社のイタリア法人がCIFで買い、DDPで売っているので、東京本社としては、単なるCIF売りでしかないのだが、全体の採算をはじくため、DDPとして計算している由。イタリア子会社は、CIF価格に自分の手数料、関税やトラック代の他、立替え払いである関税、トラック代の回収日までの金利を加えたものをDDP価格として客先に請求している。ミラノの客先と直接DDP売りの契約は、どの商社も、まづしないと思うが、現地の子会社経由ならDDPもありうるわけだと納得した。
(2) 知人が顧問をしている地方の建設会社が、イタリアから大理石を輸入することになった。ところが売り手は本船積み込み渡しなどはまったく考えておらず、山元の現場から物品を直接持って行ってくれという。つまりEXWである。知人は、EU圏内では、貨物の輸送は船よりもトラックでやれるので、こういうデリバリー条件が一般化している様だという。どうやって日本に輸入するのか聞いたところ、よくしたもので日本の運送会社の現地支店が全部やってくれるとのこと、つまりNVOCCによる国際複合一貫輸送である。

2.ブランド化粧品を並行輸入し安値で販売しようとしても、薬事法の規制で実現は難し   かった。しかし、最近の規制緩和により、新しい展開になりそうだ。薬事法の功罪や独禁法との関連において、私なりに気がついたことを下記する。
(1) 独禁法は、並行輸入を不当に阻害することを不公正な取引方法として規制している。ただ、管轄省庁の利害がからむと総論賛成、各論反対という縦割り行政の弊害が出ることが多い。薬事法もその一例であるが、今回の緩和策は並行輸入に寄与するように見える。 
(2) 従来の薬事法では、告示で定める成分以外の成分を含有する化粧品については、厚生大臣の承認が必要となっている。並行輸入業者は、メーカーから成分表を得ることが出来ず、そのため承認申請のしようがなかった。外国メーカーは薬事法の基準に合わせて日本向け製品を作っており、日本の一手販売店が言っているように、それなりのコストはたしかにかかっている。一方、基準を超える成分が含まれていても、個人使用であれば、麻薬と違い禁制品にならないという点にいささか矛盾を感じた。
(3) 新しい規制緩和で成分証明書がなくても製品の全成分表示資料を提出すれば輸入が認められることになった。米国やオーストラリアでは全ての配合成分を製品パッケージに表示することが義務づけられているので、米国等よりの並行輸入は可能になったと報じているが、米国等の基準が薬事法の基準の範囲内であれば問題ないとして、超えた成分を含有していれば、当然輸入が認められず、一悶着あるかもしれない。
(4) 医薬品、医薬部外品、化粧品又は医療用具の輸入を業とするには、薬事法による        免許が要る。HIV訴訟の例が示すように医薬品には必要かもしれないが、化粧品等の輸入まで免許制というのは自由貿易という見地から何かひっかかるものがある。

3.法制度の新設や改定のスピードが急で、関税率表や貿易手続全解の最新版でも間に合 わず、掲載されていないことが多い。199312月のウルグアイ・ラウンド農業合意で、小麦などは関税化、米は関税化の例外となったわけだが、小麦がIQ品目からはずされているのを、間税率表で確認できたのは昨年95年の秋になってからだった。時事用語の解説の類も、数年たつと無用の長物になってしまう。

                                                                               以上

















川崎FAZへの取り組み (輸入ビジネス・アドバイザー・ニュース1996年9月号)

はじめに
 私は昨年10月、川崎市主催の港祭りで東京湾横断道路の工事状況などを市民に見せる川崎港クルージングに参加する機会を得た。私は、専門がプラント輸出だったので、重化学工場の密集する沿岸部に何度か行ったことはあるが、海底トンネルでつながる東扇島の川崎港の存在を知らなかった。川崎港クルージングに参加して初めて、東扇島に自動車の積み込みや製材の船卸しが出来るバースがあり、大型倉庫が立ち並んで物流基地が出来上がっている事実を知った。建設中のコンテナターミナルも見た。川崎FAZが、東扇島を中核にして進められていることも認識した。
 さて私は、輸入ビジネス・アドバイザーとして、時代に即応した専門知識が平板すぎると自覚している。アドバイザーとしての資質向上のために、もっとつっこんだ勉強が必要である。そこで思いついたのが、川崎FAZの調査研究である。自己啓発を兼ねて取り組むことにした。
 2月に市当局の担当者とジェトロ川崎FAZセンターのアドバイザーに会い、大凡の概要を聞いて参考資料を貰ったのが始まりだった。横浜と東京という2大コンテナ港に隣接して新設する川崎のコンテナターミナルの位置づけを実感するため、東京の大井埠頭や、横浜の大黒と本牧の埠頭を見に行った。税関にも寄って統計資料を貰った。東扇島のかわさき港コンテナターミナルと日本食肉流通センターの見学をさせて貰った。川崎商工会議所が主催したコンテナーミナルの紹介セミナーにも出席した。かわさきファズ会社と同社の設計コンサルタント、運輸省港湾局の担当者に面談し、船会社、乙仲、商社には折りにふれて教えを乞うている。アドバイザー連絡会がセットした大井の商船三井のコンテナターミナル見学会は非常に参考になった。

第1章 川崎におけるFAZ
 「輸入の促進及び対内投資事業の円滑化に関する臨時措置法」(通称FAZ法)は、通産省、運輸省、農水省、自治省の4省が所管し、平成4年の制定で平成18年までの時限立法である。全国各地域の港湾又は空港とその周辺地域を輸入促進地域(FAZ=Foreign Access Zone )とし、荷捌き、流通加工、保管、展示等輸入に関連する施設を集中的に整備し、輸入活動を支援することで、貿易不均衡を是正し地域経済の活性化を図ろうというものである。FAZ整備を行う第3セクターには、金融や税制で種々の優遇措置がある。施設を利用する民間の卸売業、製造業、運輸業、小売業や外資系企業にも、インセンテイブが与えられる。現在、川埼を含めて全国で21のFAZが承認されているが、FAZ法施行後まだ4年弱なので、稼動している施設は4地域である。
 川崎市では、東扇島の川崎港を中心とする川崎区と幸区がFAZになっている。東京や横浜の中心部には、15KMという近距離で、東扇島から湾岸道路が利用出来る。羽田空港も至近にある。対岸の千葉県木更津と結ぶ東京湾横断道路の完成も間近かであり、川崎縦断道路の計画も進んでいる。物流交通の便は極めていい。
 川崎におけるFAZの中核施設は、コンテナターミナルに隣接して建設される総合物流センターとインポートマートである。事業主体のかわさきファズ会社の株主には川崎市、神奈川県、日本開発銀行、三井物産、日本通運、NKK等が名前を連ねている。コンテナターミナルを建設し運営するかわさき港コンテナターミナル会社も、川崎市、NKK物流、日本通運、宇徳運輸、鈴江組倉庫等が出資する第3セクターである。第8次港湾整備5ヶ年計画により、第1バースの岸壁等基本施設の建設資金100億円の50%は国から出ている。ガントリークレーンなど上ものの購入資金100億円は市と第3セクターが調達している。

第2章 総合物流センター
 ファズ会社は、物流センターとインポートマートの設計、施工、管理、運営、輸入に関わる各種手続きの代行等を行う。第1期事業として、まず食品関連の物流センターを建設し、衣料や住関連商品を取り扱う物流センターは第2期事業としている。第1期事業は、本年7月着工、来年暮れの完工、再来年4月営業開始の予定とのこと。センターの付帯設備には、冷凍・冷蔵庫や燻蒸倉庫も備えている。大手スーパーを含む食品関連のテナント20社も、現状、流動的だが、ほぼ決まっている。テナントにもFAZ法のインセンテイブが与えられる。
 ファズ会社のパンフレットでは、隣接のコンテナターミナルと連携して、消費地までの物流を効果的に機能させるとある。一般的に、流通業者の多くは、内陸部の16号線沿いに加工施設と在庫機能を持っている。川崎FAZの物流センターは、食品関連のテナントの加工に対するニーズを重視した設計にしている。テナントは、スーパーで売る弁当の加工まで考えている。ただ、保税加工には限界がある。一般的に流通加工とは小分け、ラべリング、包装までのプロセスである。物流センターで弁当まで仕上げられるかは疑問である。
 川崎FAZ関連のどのパンフレットも、コンテナターミナルと物流ゾーンは不可分の関係のように謳っている。ただ、かわさき港コンテナターミナルから物流センターに搬入される輸入食品はターミナルで取扱う貨物のごく一部である。物流センターとしても同様で、取扱う食品のごく一部がターミナルから入って来るのであり、大半は横浜港や東京港から保税運送されて来る。したがい物流センターとコンテナターミナルは運命共同体という関係にはないといえる。
 東扇島に冷凍・冷蔵倉庫群があり、川崎港での食肉や魚介類の輸入通関が多いという事実とファズ会社が冷凍設備を備えた食品関連の物流センターでスタートすることとは特に因果関係はない由。
 一方、横浜でも横浜港FAZの中核となる横浜流通センター(Y−CC)という総合物流センターの建設が、市の主導で進められている。川崎FAZの物流センターは、食品関連であり、テナントのニーズを大幅に取り入れた設計なので、Y−CCとは方向付けは違うとのこと。

第3章 コンテナターミナル
 新設のかわさき港コンテナターミナルは、商船三井の大井ターミナルと比べても、ほとんど遜色のない規模であり、設備も新しく近代的大型ターミナルと言える。
 参考までに両ターミナルの機能を次の様に対比してみる。

                   川崎                           大井
岸壁  5万トン級大型コンテナ船が接岸      3バースで850Mの岸壁(現在は6万
    出来る水深15M、2バースで700Mの    トン級接岸のため2バースのみ使用、
    岸壁(現在は350Mの1号バースのみ)  沖合いを埋め立て拡大改造を準備中、
                                          その場合現在の水深13Mは15Mになる)
奥行き             350M                          370M
面積              24.5ha                        31.5ha
ガントリークレーン        5基 (現在は2基)            7基
トランスファークレーン       14基(現在は8基)            9基
定期船来航       週2便(OOCLと南星海運)       週11便

  注:通常はターミナル内に設置されるCFSが、川崎の場合オフドックなのでゲートと
   CFSの間の運送は、コストになる。

 コンテナターミナルは、定期運航のコンテナ船の寄港がなければ機能しない。コンテナ船を定期に寄港させるには、輸出入両方の貨物の集荷が必要である。日本への輸入の場合、荷主は便数の少ない川崎寄港の船をさがすよりは、横浜か東京向けの船に積むだろう。輸入貨物を集めたとしても、船主は空コンテナを嫌う。輸入に見合う輸出貨物の集荷が必要になってくる。
 日本の海運業は、空洞化を通り越して真空化の危機に瀕していると訴えるテレビ番組があった。コンテナ船の誘致運動をしていた仙台港に寄港することになったのは、日本船社ではなくて、台湾のエバーグリーンだった。北米西岸からの帰り船(43,400DWT,3,000 TEU積み)が週1便寄るとのこと。ちなみに仙台もFAZの指定を受けている。
 今年(平成8年)5月より川崎のコンテナターミナルに週1便来航することになったのも、香港のオリエント・オーバーシーズ・コンテナライン(OOCL)である。川崎−大阪−高雄(台湾)−香港−川崎という航路を、9,300 DWT、20フィート換算で580本積載のコンテナ船が2隻就航している。
 さらに7月よりは韓国の南星海運も東京−横浜−名古屋-釜山を周航しているコンテナ船(4、124トン、320本積載)を川崎に週1便寄港させている。
 商船三井のターミナルには週11便のコンテナ船が入港し、1日約1,400本のコンテナがゲートを出入りするという。大井に来航するコンテナ船は4万トンから6万トン級であり、積載能力は20フィート換算で2,800本から4,700本である。又、1船が積み卸すコンテナは、1,000本とのこと。川崎でのOOCL船の場合、輸入が200本、輸出が150本である。川崎のコンテナターミナルが、採算ベースに乗るには少なくともあと3便の定期航路の開設が必要であろう。そのための絶対条件は輸出貨物の確保である。ターミナル会社の営業も地元メーカーよりの輸出貨物の集荷に注力している。現在、OOCL船に積んでいる輸出貨物は、非鉄金属と合成樹脂、潤滑油が多いとのこと。コンテナ貨物であるCKD等の自動車部品の、川崎税関での通関は多いが、ターミナルではほとんど取扱っていない。又、荷主が商社の場合、盟外船を使わないことも、集荷が伸びない理由になっている。

第4章 川崎港の貿易・物流動向
 川崎港の平成6年のコンテナ貨物の通関ベース実績と平成7年の商品別輸出入実績(通関ベース)を表示する。

平成6年 川崎港コンテナ貨物品目別輸出入実績(通関ベース)
 [輸出](単位:百万円、%)        [輸入]  (単位:百万円、%)
品名       価額 構成比 コンテナ化率    品名     価額 構成比 コンテナ化率
自動車部品   41,023  12.6   96.9   肉類・調整品   66739   53.6   99.9
コンピューター     34,129  10.2  100.0   魚介類・調整品 20,938   16.4   72.4
レコードテープ 21,645   6.5  100.0   果実・野菜     11,444    9.2   48.2
音響機器類   17,012   5.1  100.0   木材           4,141    3.3   17.5
VTR類     16,271   4.9  100.0   有機化合物     2,005    1.6   15.1
有機化合物   15,591   4.7   60.5   たばこ         1,809    1.5  100.0
原動機       11,239   3.4   94.3   アルコール飲料      1,446    1.2   10.9
テレビ受像機   10,726   3.2  100.0   鉄鋼           1,444    1.2   10.9
ラジオ受信機   10,506   3.2  100.0   酪農品・鳥卵    1,401    1.1  100.0
テレビカメラ       9,779   2.9  100.0   無機化合物       937    0.8   25.7

平成7年(1月−12月)川崎港商品別輸出入実績(通関ベース)

[輸出](単位:百万円、%)
     品名               価額      前年比    構成比   
   自動車              103,657      70.6      19.1
   鉄鋼                 53,483      91.1       9.8
   有機化合物           44,765     173.8       8.2
   自動車部品           38,511      89.1       7.1
   音響機器             37,998      79.9       7.0
   映像機器             32,721      89.0       6.0
   レコードテープ         27,177     125.5       5.0
   事務用機器           17,708      51.7       3.3
   プラスチック         11,299     167.9       2.1
   原動機               10,410      87.4       1.9
   川崎港総額          543077      96.0     100.0     

[輸入](単位:百万円、%)
     品名               価額      前年比    構成比   
  原油・粗油            270,433      94.4      43.5
  石油ガス類           104,356     104.1      13.3
  肉類                  83,872     125.5      10.7
  石油製品              56,092      96.7       7.2
  魚介類                36,420     129.2       4.7
  木材                  26,882     113.7       3.4
  石炭                  24,332     100.8       3.1
  果実及び同調整品      21,848     124.1       2.8
  有機化合物            21,075     158.8       2.7
  鉄鋼                  20,199     152.2       2.6 
 
川崎港総額           782,979     108.8     100.0 

 輸出で自動車、輸入で石油ガスと製材品が大きな数字を示している。川崎市が管理する東扇島の既存の公共埠頭には、自動車専用船や、木材専用船が接岸する8基の外貿バースと、14基の内貿バースがある。一方、専用のバースを持っている大メーカーの工場も多数ある。
 コンテナ港でなかった川崎港で、コンテナ貨物の肉類、魚介類の輸入が大きいのは意外である。横浜揚げの食肉の大半が、東扇島の冷凍冷蔵倉庫群に保税運送され、検疫を受けた後、蔵置、通関されている。ちなみに、横浜港の実際の食肉の船卸し額は 2、279億円(平成6年)、通関額は85億円(平成7年)である。

第5章 総合保税地域
 コンテナターミナルは一般的に、指定保税地域になっている。ターミナル内で作業するトレーラーは、ノーナンバーなので一般道路は走れない。指定保税地域は、貨物の税関手続きと荷捌きを目的とし、長期の蔵置は許されない。
 かわさきファズ会社は、将来、インポートマートや展示場などを運営する計画もあることから、荷捌き、保管、流通加工の複合作業を保税のまま一貫処理する物流センターを含めて、エリア一帯を総合保税地域に指定されることを期待している。現在、総合保税地域の指定を受けているのは、大阪のアジア太平洋トレードセンター地域と愛媛県と松山のFAZの2ヶ所のみとのこと。

第6章 要約
 FAZの目的は、貿易黒字を減らすための輸入促進と地域経済の活性化にある。
 昨今、経常収支の黒字が減少傾向を示すようになっているが、これは円高で輸入が拡大し、一方で、産業の空洞化が進んで、輸出の伸びが鈍った結果であって、FAZの効果はまだ出ていない。
 日本の貿易物流は、東京、大阪、名古屋の3大港湾都市圏を中心に展開しており、地方の貿易インフラは貧弱である。地方によっては、輸出地からの海上運賃よりも国内輸送費の方が高くつくこともあり、消費者は、輸入品のメリットを受けにくく、円高差益が充分に還元されていない。
 地方においては、FAZは地域に密着している。FAZの中核港が国際流通港湾の機能を備えるならば、FAZは地域経済の発展の軸になる。

 川崎FAZの場合、首都圏のど真ん中にあるという地理的条件により、物流は地元に集中せず広域に拡散するので、地元経済との密着の度合いは薄い。東京港と横浜港にはさまれたコンテナターミナルは苦戦を強いられるが、物流センターは地の利を生かせるのではなかろうか。

                               



































再び川崎FAZについて (輸入ビジネス・アドバイザー・ニュース1997年3月号)
 輸入ビジネス・アドバイザー・ニュースで、またぞろFAZを論ずるというのもおこがましい話ですが、昨年の9月号に続いてもう一度紙面をお借りします。昨年の小文の発表が契機で、さる125日、埼玉県の中小企業診断士の勉強会でFAZについて講演する機会を得ました。半年ほどFAZから遠ざかっていたので、レジメをまとめるにも、一から勉強しなおさなければならない。それでもやってみると認識を新たにしたり、興味を覚えた事柄が幾つもありました。例えば、講演の後で発見した1月4日付け日経記事には、我が意を得た思いをしました。又、年末から、97年度予算に関連して公共事業費のありかたがマスコミをにぎわせていますが、私が9月号で発表した川崎FAZの調査結果のうちコンテナターミナルについての記述には一部訂正の必要があります。そういった事項を下記のように整理しました。

1.港湾整備
 前回のレポートにおいて、私は、「コンテナターミナルを建設し運営するかわさき港コンテナターミナル会社も、川崎市、NKK物流、日本通運、宇徳運輸、鈴江組倉庫等が出資する第3セクターである。」と記述した。これは大きな誤りで、通常一般的な港湾建設は国と自治体の事業であり、川崎港のコンテナターミナルの場合も同じである。コンテナターミナルの土地・施設全てを川崎市港湾局が所有し管理しており、第3セクターのターミナル会社はターミナル施設のオペレーターという役割である。
 さて、昨年1218日付け朝日新聞一面に岸壁整備に巨額の税金を投入したものの37港で貨物量が減っているという記事と、福井港と鳥取港を例に挙げて巨大な港を建設したが貨物船が来ないため、釣り堀になっているという特集記事が掲載された。
 新設の川崎港コンテナターミナルは、高規格・大水深の近代的コンテナターミナルだが、東京と横浜という二大コンテナ港に近すぎることが、逆にハンデイになり、貨物の集荷に苦戦し、週2便のコンテナ定期船しか寄港していない。関係者は容れ物があれば中身は集まってくるという意見である。たしかに港湾機能の近代化、大型化を怠れば、大型船の寄港が遠のき、震災後の神戸の例に見るように、衰退の道をたどる懸念はある。ただ基本的には、貨物がなければ、船の寄港はない。日本の港は土日休業であり、使用料金も高い。川崎港コンテナターミナルが福井港や鳥取港と同じ轍を踏むおそれはありうると考える。

2.流通・物流施設
 港湾や空港は公共事業として建設・整備される。FAZ施設は港湾・空港の周辺地域に限定されるので、港湾・空港と一体化している様に思われるが、基本的には別個の事業である。私は、前回のレポートで、川崎FAZの物流センターとコンテナターミナルは運命共同体でないと書き、コンテナターミナルは苦戦を強いられるが、物流センターは地の利を生かせるのではなかろうかと結んだ。講演では、FAZとは港湾・空港及びその周辺地域に、流通・物流施設を建設・運営することだとし、物流の形態が輸入と輸出では異なるので、必然的に輸入対応型ターミナルになると話した。さらに川崎FAZの物流センターを例に引き、大手商社の食料本部が主導しており、最大テナントの流通業者のために設計を変えて特別棟まで用意していると述べた。その後に発見した1月4日付け日経新聞一面に、大手商社と最大テナントである流通業者とが「開発・輸入で提携」「物流含め統括会社」という見出しがあり、7面にも「免税措置生かし効率化」という見出しと、建設中の川崎FAZ物流センター内の専用棟を保管、物流拠点として利用するとの解説記事があった。私の川崎FAZに対する認識は的をはづれていないとの意を強くした。
 なお、見方を変えると川崎FAZの物流センターは、一部特定業者に偏重した方向付けをしているとの批判を起こしかねないが、私はこの方向付けこそ民活事業の望ましい形態と考えている。
 物流施設とは別の代表的なFAZ施設にインポートマートがある。川崎FAZにも将来インポートマートが併設される計画だが、私は川崎FAZのインポートマートには疑問を持っている。インポートマートの場合、一般客も多く集める必要上、交通アクセスの良いことが必要条件である。川崎FAZの立地は物流センターとしては申し分ないが、インポートマートとしては決して良いといえない。

3.輸入促進税制の見直し
 今、貿易黒字も経常黒字も大幅な減少を示し、円高が円安に転じても輸入の増勢は止まらない。輸入促進政策の推進は現状にそぐわないという観点から、輸入促進税制の打ち切りが検討されている。輸入促進税制の打ち切りは日本の財政上必要な措置かもしれないが、見方によれば一種の輸入抑制措置として、国際批判の再燃を呼び起こしかねない。FAZにおける優遇税制は強化されているのに、他方は打ち切るというのも矛盾している。製品輸入が、空洞化した日本の産業構造に不可欠な要素として組み込まれており、国内産業の競争力強化の意味でも輸入促進税制の継続は当面必要と考える。ただ私は、多面的な貿易の一面でしかない輸入をことさらに推進しようと謳うのは不自然と感じている。                                                                        
                                                        
以上





















成田空港見学会

 1997年5月21日、成田空港貨物ターミナルの見学会に参加しました。空港関係者や運送業界など限られた向きには見学コースが定められているようで、イヤホーンも用意されており、案内の人も手慣れた解説でしたが、通常の空港見学コースからははずれており、一般の人にはまったく隔絶された世界を見るという貴重な体験をさせてもらえました。
 私個人として一番感心したのは、空輸マグロの荷姿でした。かってインドネシアの僻地を旅した時、現地でマグロの買付をしていた水産関係の人の手助けをしたことがあり、漁から戻った台湾のマグロ船の水揚げの現場を見たことがあります。上等のマグロはジャカルタかグアム経由で空輸するが、普通品質のものは冷凍船で日本に送ると言ってました。ちなみに品質の悪いオチマグロは缶詰にします。
 冷凍マグロが丸太のように転がっている魚市場の様子をテレビでよく放映するので、空輸のマグロも同じかと思っていたところ、空港の貨物上屋で見たのはカートン詰めでした。案内の人に聞かなければ、見過ごすところでした。

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今時、プラント取引・海外工事・資源開発はタイムリーでない。           20057
 私は、ある独立行政法人が進めているホワイトカラー向け検定試験制度の国際業務部門の作問委員を勤めている。国際業務部門のカリキュラムは、輸出実務・輸入実務・プラント取引・海外工事・資源開発の5ユニットに分かれている。私自身の専門はプラント・ビジネスであり、また資源開発コースのテキストの執筆者でもあるので、仕事としては有り難いのだが、今時、プラント取引・海外工事・資源開発とはタイムリーでないなと感じていた。この5ユニットの選定は、協会が数人の有識者に委員を委嘱し、委員会によって決めたというが、この3ユニットを選定した委員のセンスに呆れもした。
 たしかに、この3ユニットが時代の花形として、脚光を浴びたこともある。オイル・ショック1970年代、資源開発は日本政府の最重要課題の一つであり、プロジェクト・ファイナンスなど斬新な投融資形態を生み出すなどしたが、今日、資源と言えば、開発より保護に重点が置かれている。資源の開発と消費を規制して地球環境を保護することが、国際社会の共通課題になっている。
 鉄鋼は、産業革命このかた基幹産業であったが、21世紀の今、脚光を浴びている産業は、情報通信であり環境であって、鉄鋼の存在感はうすい。20世紀産業で元気に生き残っているのは、自動車くらいではなかろうか。
 そもそも1970年代の外為法は、プラント・エンジニアリングや資源の探査・開発の技術水準が国際舞台に通用するようになっていたにも拘わらず、輸出入・投融資を原則禁止としていた。今、外為法は原則自由であり、規制が強化されているものと言えば、戦略物資の輸出が該当するくらいである。
 私は、このカリキュラムによる試験制度発足当初、協会に対して、今時、海外工事や資源開発は流行らない、プラント取引・海外工事・資源開発の3ユニットを1ユニットに統合し、情報通信や環境を取り上げてはと提言したが、委員会の決定により確定したカリキュラムの変更は、困難との回答であった。
 結局、プラント取引・海外工事・資源開発の3ユニットは、発足7年にして、受験者の集まりが悪いため、取りやめになった。













































貿易形態の激変
 急激に変化する時代に、貿易のあり方が激変している。船荷証券を担保とする荷為替信用状の仕組みで成り立っていた伝統的な外国貿易の概念が通用しなくなっている。昨今では、信用状決済は輸出で全体の4分の1、輸入で2割程度の利用度でしかないという。
 貨物が到着してもB/Lが間に合わないという「船荷証券の危機」のため、サレンダーB/Lの利用が一般化しつつある。
 貿易形態の激変には、通信手段と輸送手段の変革が大きく影響している。通信手段の変革とは、電報→Telex→Fax→Eメールの変遷を指し、輸送手段の変革とは、コンテナ船の出現と航空貨物の発達に代表される。海上コンテナ輸送と航空機は、全天候型の定時運航を可能にし、従来の“Port to Port”システムを一変させ“Door to Door"システムを普遍化させた。
 信用状にしても船荷証券にしても、時代とともに変化して今日の形になった。まもなく、信用状も為替手形も船荷証券も、博物館でしかお目にかかれなくなるかも知れない。