米国旅行1ヶ月 (2011年夏)
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 米国旅行1ヶ月 (2011年夏)
  2008年5月の訪米から3年ぶりに、娘夫婦と4才半になる孫娘の招きで、6月27日から7月26日までの1ヶ月、妻ともども訪米しました。出発に先駆けて、娘から、ESTA(電子渡航認証システム)の手続きをするようにとの連絡があり、「米国大使館ESTA申請公式ウェブサイト」を通じて、手続きをしました。おかげで、航空会社のチェックインも、到着空港の入国審査も極めて、スムースに運びました。また、従来、機内で記入していた「米国出入国カード」も不要となりました。「税関申告書」への記入は、従来通りです。
 到着空港は、3年前と同じテキサス州のダラス・フォートワース空港ですが、娘夫婦の住まいは、フォートワース市のアパートから、隣接のサウスレーク市(Southlake)の戸建て住宅に転居していました。また、今回の米国内観光旅行は、3泊4日の行程でロサンジェルスに行き、1日は市内観光、もう1日はユニバーサル・スタディオで遊んできました。
 7月26日の帰国には、ビザ更新と健康診断のため、一時帰国する娘と孫と一緒のフライトでした。同じ目的で一時帰国する婿は、1週間遅れての来日でしたが、米国に戻る時は、娘と孫と一緒でした。娘や孫のビザは、婿のビザに連帯しています。米国で就労している婿のビザの範疇はE2(投資駐在員)で、5年ごとの更新とのことです。娘や孫も同じE2ビザになっています。ちなみに、E1は貿易駐在員ビザで、商社の米国法人に勤務する日本人駐在員はE1ビザになるのですが、婿は商社の米国法人が出資する子会社へ出向していることから、E2ビザとのことです。
 


グレープバイン・ビンテージ鉄道(Grapevine Vintage Railroad to Stock Yards) 
 到着したダラス・フォートワース空港は、ダラス市とフォートワース市の中間に位置します。空港周辺にはアーリントン市、グレープバイン市、サウスレーク市などがあり、ダラス・フォートワース都市圏を形成しています。グレープバイン市は、グレープバイン湖の南にあり、テキサス・ワインの産地です。このグレープバインからフォートワースの歴史地区であるストックヤードまでグレープバイン・ビンテージ鉄道(Grapevine Vintage Railroad)という観光列車が走っています。このルートは、コットンベルト・トレイル(Cotton Belt Trail)とも呼ばれています。コットンベルトとは、米国の東海岸ノースカロライナ州から西海岸のカリフォルニア州までに連なる綿花生産地帯のことです。テキサス州、ミシシッピー河畔 、カリフォルニア州が3大産地です。
 サウスレークに滞在中の土曜日、娘夫婦は、このグレープバイン・ビンテージ鉄道に乗車してストックヤードのロングホーン(Longhorn)の行進を見るコースをセットしてくれました。ロングホーンとは、横に伸びた長大な角を持った家畜牛のことで、フォートワースのストックヤードでは、ロングホーンなどの家畜の売買が行われていたとのこと。ストックヤードは、古き良き西部時代の面影を色濃く残す歴史的地区となっています。
 汽車の運行は、19世紀の蒸気機関車または1950年代のディーゼル車が1920年代から30年代に製作された客車を牽引することになっているのですが、私たちの乗車した列車は、SLではなく、ディーゼル車でした。 
  
         グレープバイン駅                           グレープバイン市庁舎              
     
      ビンテージ列車                   レトロな客車            コットンベルトを走る       
 
     
              カウボーイ                            ロングホーンの行進     
                   


                    
Crape Myrtle – さるすべり 
 娘夫婦の家の玄関脇にピンクの花を咲かせた木が植えられています。車で街を走ると、いたる所で、その花が目に入ります。妻は、「さるすべり」に似ていると言っていました。
 スーパーマーケットの植木売り場に同じ木が置かれているので、何という名前かチェックしたところ、” Crape Myrtle”と記されていました。家に戻り、英和辞書を繰ってみたところ、「百日紅」、「さるすべり」とあり、妻の見立て通りでした。
 
      
 




テキサスを縦断
  4才7ヶ月になる孫娘は、生後4ヶ月でパスポートを取得して、7ヶ月目にアメリカに来ました。日本に一時帰国する前に、パスポートを更新するため、金・土2泊のスケジュールで、ヒューストン(Houston)にある日本総領事館に出向き、手続きをすることになり、これに、私たち夫婦も同行することになりました。日本企業が多数進出しているテキサス州とオクラホマ州を管轄する日本総領事館は、石油産業の中心地であるヒューストンに所在しています。娘夫婦が住むサウスレーク市(Southlake)から、ヒューストンまでは5時間以上のドライブになるので、金曜日の夜は、ヒューストン・エリアの保養地ガルベストン(Galveston)の海に面したリゾート・ホテル、土曜日は、サウスレークへの帰り道の途中にある巨大なアウトレット・モール(Premium Outlets)でショッピングするとのことで、モールの近くにあるホテルに泊まることになりました。
 3年前には、フォートワースから南に向かって、テキサス州都のオースティン経由、サンアントニオまでのドライブをしているので、ダラス・フォートワース・エリアから、ヒューストンとサンアントニオを結ぶ線にかけてのテキサス州東部を縦断したことになります。
 ヒューストンからガルベストンへのドライブの途中にNASA(米国航空宇宙局)のジョンソン宇宙センターがあり、一般公開されているので、見学してきました。ガルベストンは、メキシコ湾上の島ですが、本土との間は川のような水域なので、橋で繋がっています。メキシコ湾に面した海岸通り沿いは、リゾート地になっています。
翌日は、ガルベストン島内の水族館を見た後、ヒューストンから西にサンアントニオへ向かう街道を走り、途中で、北に折れて、アウトレットのあるサンマルコスに向かいました。
 ヒューストンからサンアントニオへ向かう道筋には、WeimarとかSchulenburgという名前からも窺えるようにドイツ系の住民が多い地域です。婿が好んで飲んでいる地ビールに”Shiner”という銘柄があり、その産地のドイツ系住民の町シャイナーは、メイン道路から30分ほどはずれているが、ビール工場に行けば、試飲サービスがあり、飲んだ後の運転は娘が代わればよいということで、シャイナーに行きました。生憎に当日の試飲サービスは、予定されておらず、小さなシャイナーの町の様子を見ただけでした。
    
                ヒューストン                                シャイナー
    
         サターンV・ロケット                            右がサターンV・ロケット
 




21年ぶりのロサンジェルス 
 ロサンジェルスは、21年前の1990年9月、初めて米国に足を踏み入れた地です。この時は、ロス郊外のアーバインで、米国の石油メジャーとエンジニアリング会社も参加したインドネシアにおける石油関連プロジェクトの会議があり、私は、ジャカルタから東京を経由しての出張でした。一口にロサンジェルスと言っても、その領域は非常に広く、宮城県くらいの広さと聞いたことがあります。オフィス街であるダウンタウン、ハリウッド地区、ビバリー・ヒルズ等々、それぞれが独立したエリアになっています。21年前の出張時、宿泊し、会議のあったアーバインを地図で確かめたところ、当時の私の会社のロス支店があったダウンタウンからは70キロ以上も離れています。ロス支店には、会議が終わって、出発当日に立ち寄りました。私は、他の出席者より1日早く着いて、ハリウッド見物をしました。Hollywood Signも見ました。
 21年ぶりのロサンジェルスでは、ビバリー・ヒルズに近い、ハイアット・リージェンシー・センチュリー・プラザに泊まりました。市内観光は、日本語ガイドの案内によるツアーを申し込んだところ、当日は、私たち夫婦だけの参加でしたので、リムージン1台の借り切りになりました。ガイド兼運転手は、米国市民権を取っている60台の日本人でした。
 最初にサンタモニカとヴェニスという海岸沿いにあるリゾート地に行きました。イタリア系住民の居住地かと思いましたが、関係ないようです。イタリア語であれば、ヴェネツィアです。ヴェニスは英語であり、運河が多いことから、ヴェネツィアを模して名付けたとのことです。
                               
 市内観光コースの主要なポイントは、サンタモニカからダウンタウンHollywood Sign、ハリウッド・ブルバード沿い、ビバリー・ヒルズ、ロデオ・ドライブでした。郡庁舎や市庁舎、郡裁判所などを抱えるシヴィック・センターは、ダウンタウンにあり、リトル東京やチャイナタウンもダウンタウンにありました。ハリウッド・ブルバード沿いには、有名なチャイニーズ・シアター劇場前の広場にある映画スターの手形・足型やエンターテイメント界で活躍した人の名前が彫られている星形の敷石の歩道(Hollywood Walk of Fame)があり、多数の観光客が見物していました。ハリウッド地区から有名なサンセット・ブルバードを通ってビバリー・ヒルズ(Beverly Hills)に行きました。ビバリー・ヒルズの豪邸の内部は、うっそうとした木立に遮られて、外からは覗きようもありません。その中で、唯一公開している石油王ドヒニーの邸宅(Doheny Mansion)の中庭を見学しました。ただし、邸宅内部は公開していません。緑豊かなビバリー・ヒルズから下ると高級ブランドの店が立ち並ぶロデオ・ドライブ(Rodeo Drive)のエリアです。ロデオ・ドライブとは、ビバリー・ヒルズから下る道の名前です。ちなみに、Driveは、ドライブ道、車道の意味で、Dr.を地名の後ろに付けるのが通例のようです。また、ブルバードは、フランス語のブールバール(Boulevard)が語源で、大通りの意です。「通り」の英語は、他にAvenue、Streetがあり、こちらの方がポピュラーですね。  
    
      Hollywood Sign                  John Wayne'               Hollywood Walk of Fame
     
  Doheyny Mansion, Bevery Hills          Doheyny Mansion                 Doheyny Mansion
     
           Rodeo Drive                                Rodeo Drive
  ロス市内観光の翌日、ユニバーサル・スタディオ(Universal Studios)を1日がかりで見物しました。迫力のある見世物が多く、テーマパークとしては、ディズニー・ランド以上に充実しているのではないかと感じました。広い敷地にセットされたいかにも重厚なビル街は、裏側は木造の張り子でした。土地の広さに制約のある大阪のユニバーサル・スタディオには設置されていないだろうと思いました。 
   
   
   
 











































 
米国の郵便局 
 娘が郵便局に用事があるというのを聞き、アメリカ郵政公社を調べたことがあることから、米国の郵便局の実際を見てみようと思い、同行しました。
 米国の郵便局は、アメリカ郵政公社(United States Postal Service=USPS)により、運営されています。公的な事業でも、ほとんどが民間企業に委ねられている米国において、郵便事業は公社により運営されています。これは、国際郵便が、「万国郵便連合」が定める万国郵便連合憲章のルールに従って業務が行われており、万国郵便連合憲章は国際条約に相当することから、国際条約の尊重というスタンスからだと考えられます。
 郵便局の標示は、”United States Postal Service”ではなく”United States Post Office”となっています。郵便局という意味では、Post Officeの方が分かりいいのでしょう。簡保や郵貯と共存している日本の郵便局と異なり、郵便局内は郵便サービスのみです。
郵便局の建物内部の一角にFedEx専用のポストがありました。調べたところ、USPSとFedExは、宅配便サービスで業務提携をしているとのことです。ちなみに、現在は、JP日本郵便の「ゆうパック」に統合されましたが、日本郵便と日本通運(ペリカン便)も国内宅配便専門の合弁会社を設立したことがあります。
 USPSのシンボル・カラーは、ブルーを基調としています。USPSの投函用のポストは、赤い日本のポストとは異なり、ブルーです。ポストの正面の標示は、”UNITED STATES POSTAL SERVICE”と記されていました。郵便配達を受ける側のポストは、様々です。”U.S.MAIL”と記した受け取りポストがありましたが、”U.S.MAIL”は、USPSの別名です。 
        
   
              郵便局正面                              郵便局サイド
   
              郵便局内                                局内ATM
   
         郵便局内にFeDexが設置                             投函用ポスト
   
              配達受けポスト                           配達受けポスト















































天然ガス発電所 
 福島の原発事故で、原子力発電所の是非が論議されています。私は、1970年代、商社のジャカルタ駐在員として、インドネシア電力公社(PLN)のウジュンパンダン変電所建設とグレシック高圧送電線建設の担当者でした。発電所を手がけたことはありませんが、それでも、いくつかの発電所の見学をしており、基礎的な知識があります。
 テキサス州の各地をドライブしていて、変電所や送配電線の様子などを興味を持って見ていました。アメリカは、送配電線はすべて地下に埋めているので、日本のように街路に電柱はないと言われていますが、一概にそうとは言い切れません。都市の中心部や整備された住宅街には、電柱はありません。ところが、地方のドライブ・ウエー沿いや田舎町などには、高圧線の鉄塔とは別に送電線の電柱が見受けられます。埋設費用の節減のためでしょう。
変電所は、ドライブの窓越しによく見かけました。外観は、日本のものとあまり変わらないが、一応、写真に撮っておこうと思っていたものの、車の窓越しのため、シャッター・チャンスを逃していました。おりしも、ダラスからの帰り道、車のフロント・ガラス越しに高圧送電線と発電所らしき建物が見えました。運転している婿に徐行してもらい発電所の外観をカメラにおさめました。様子から、原発ではなく火力発電所でしょう。燃料は、テキサスということで、天然ガスと推測しました。
調べたところ、テキサス州の電力供給のシステムは、発電、送配電、小売りが分離されています。私が見た発電所は、TXU Generation Co LPという発電会社のNorth Lake Unitで、3ユニットいずれも、天然ガスを燃料にしていることが分かりました。
    
 
 





























ESTA(電子渡航認証システム) 
 ESTA(Electronic System for Travel Authorization)とは、米国に短期商用・観光等の90日以内の滞在目的で旅行する場合、査証(ビザ)は免除されるが、米国行きの航空機や船に搭乗する前にはオンラインで渡航認証を受ける制度です。米国国土安全保障省(Department of Homeland Security)によるテロ対策の一環です。2010年9月8日以降、ESTA申請時には、一人当たり14米ドルを課しており、支払い可能なクレジットカードは、MasterCard、 VISA、American Express及びDiscover(JCBを含む)とのことです。


米国のビザ 
 アメリカの移民法(Immigration and Nationality Act)の定義によれば、アメリカ市民(Citizen)でない外国人(Alien)は、移民外国人(immigrant)と非移民外国人(nonimmigrant aliens)に分類されます。従って、アメリカに入国する外国人のビザは、非移民ビザと移民ビザ(永住権:An alien lawfully admitted for permanent residence)に分けられます。「非移民ビザの種類」は多様です。就労ビザやF-1ビザ(学生)、M-1ビザ(職業訓練学校生)、Pビザ(スポーツ選手、芸術関係者)、Rビザ(宗教家)などがあります。
就労ビザには、「E-1貿易駐在員ビザ」と「E-2 投資駐在員ビザ」があり、他に「L-1 企業内転勤者ビザ」と「H-1B 専門職ビザ」があります。
 E-1ビザの取得条件として、米国が通商航海条約を結んでいる国に親会社があり、当該条約締結国と米国間において、サービスや技術を含む貿易で相当額の取引を行っている米国法人の子会社で就労するために渡米しようとしている当該条約締結国の国籍がある人に発給されます。E-1ビザの申請者は管理職または特殊技能職者に限られており、管理職以外の一般従業員については対象になりません。
 E-2ビザは、投資のプロセスを進めている事業の展開や監督のために渡米しようとしている人に発給されるビザです。現地雇用を促進させる会社を優先対象としているため、投資金額が大きくても現地雇用を発生させない株や不動産等の投資では取得が不可能です。従って、申請時の初期の段階で少なくとも2~3名程度の現地従業員を雇用する必要があります。また、ただ単に資本金だけを銀行に預金しているのではなく、実際に投資を行う必要があり、ビザの申請は投資実績の確認後となります。
 L-1 企業内転勤者ビザの区分により、複数の国で事業を行なう多国籍企業が管理職・幹部社員を米国内の親会社、支社、系列会社、子会社に転勤させることが可能になります。 H-1B 専門職ビザは、特殊技能を要する職業に従事する人のためのものです。