米国旅行1ヶ月(2008年5月)

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   米国旅行1ヶ月 (2008年5月)
 商社マンの婿は、テキサス州フォートワースにある子会社に出向しており、私の娘は、現在1歳半の孫娘を出産後、半年遅れて出発してからもう1年になる。婿は、2003年から2005年までの2年間、ニューヨーク州イサカのコーネル大学にMBA留学し、その間、娘も一緒だったので、娘夫婦のアメリカでの生活は今回で2回目である。
 このほど、娘夫婦の招きで、孫娘に会いに5月9日から6月2日までほぼ1ヶ月、妻ともども訪米した。せっかくのアメリカであり、1ヶ月もろに娘夫婦に世話になるのもうっとうしく、ローカル線を使ってラスベガス3泊、サンフランシスコ3泊の国内観光旅行をした。
 ラスベガスでは宿泊したBally’s のカジノで少額のスロットを楽しみ、ホテル内にある有名な ”Jubilee” のショーを観賞した。またグランド・キャニオン・デラックス・バス・ツアーというオプショナル・ツアーに参加し、グランド・キャニオンのサウス・リム(南壁)を見てきた。
     
   サンフランシスコではユニオン・スクェアにあるヒルトンに泊まった。在米35年の日本人ガイドが運転するバンに語学研修中の好青年と相乗りで、ヨセミテ国立公園を観光した。
     
   日本人ガイドは、私と同じ年齢であり、奥さんが私と同じ会社の出身とのことで話が弾んだ。また、語学研修生の出身会社も、私の現役時代、ずいぶんと接触したことがあり共通話題もあって、楽しいドライブであった。もう一日は、アルカトラス・クルージングというツアーで監獄島の見学をした。
   
    テキサス滞在中は、ケネディ大統領暗殺で有名なダラスの旧教科書倉庫ビル(現在はThe Sixth Floor Museum) やカウボーイのロデオ大会に連れて行ってもらった。
     
     
また「アラモの砦」のあるサンアントニオに泊まりがけで出かけた。
 日本出発前に娘からのアドバイスで、ビデオで見た映画「JFK」と「アラモ」は大いに参考になった。
 サンアントニオは昔、タイトルも「サンアントニオ」という西部劇を見たことがあり、また「アラモの砦」があることから、西部劇の町というイメージを持っていたのだが、市内に流れる水路沿いに"River Walk"という南欧風の町並みがあって観光客を集めていたのは意外であった。泊まったホテルの名前も、”川沿いの館”の意をこめたOmni Hotel La Mansion del Rioであった。   
     
     
 サンアントニオでは、孫娘のために、"SeaWorld"という「ディズニーシー」に似たリゾートパークで1日遊び、帰り道では、"Prime Outlets"という巨大なアウトレットに立ち寄り、半日がかりの買い物に付き合わされた。
 テキサス滞在中の特筆ものは、テキサスでイチローが出る大リーグの試合と左利きのフィル・ミケルソンが出場するアメリカ・プロゴルフのトーナメントを観戦したことである。    































   e-ticket
 2004年5月の訪米の時、初めて、航空機のチケットレス・チェックインを経験したが、4年後の2008年5月の米国旅行では、娘夫婦が手配してくれた国際線、私自身が予約したローカル線のすべてがチケットレスであり、"e-ticket” という呼称が定着していた。
 国内旅行のホテルもオプショナル・ツアーもすべてネット予約であった。

セルフ・チェックイン
 5月20日(火)、サンフランシスコ空港からダラス・フォートワース空港までのアメリカン・エアラインのチェックインは長蛇の列であった。カウンターに置かれたコンピューターを操作してのセルフ・チェックイン・システムが原因のようである。
 セルフ・チェックインは初めての経験だったが、日本語版も用意されていたので、なんとか無事にすませた。セルフ・チェックイン・システムは便利なようで、かえって遅滞を招くと思う。


    厳しい米国への入国・通関
 2004年5月以来、まる4年振りの訪米で驚いたのは、入国・通関とローカル線搭乗前の手荷物検査の厳しさであった。
 5月9日(金)、成田からダラス・フォートワース空港に到着し、入国審査の列に並んだ。一見中東系の人たちの入国審査にはずいぶん時間をかけているように見受けられた。
 私は、入国審査よりも、娘や孫娘への土産の日本食品の通関の方が気がかりであった。バイオ・テロ法の施行以来、牛肉調整品などの食品に対する規制が厳しくなっており、時には開梱もあると聞いていた。機内で記入する税関申告書のうち、規制対象品の有無についての照会には、全てNoと記入するのが通常だが、大荷物の中に食品の土産物が入っていないと申告するのは、かえって疑念をもたれると考え、食品についてはYesと記入した。
 入国審査待ちの列に並んでまもなく、探知犬を連れた税関吏の巡回がやってきた。12年前、ニューヨークJFK空港で梨を摘発された経験を思い出す間もなく、またまた、探知犬は妻の手荷物に鼻を寄せてきた。今回も、妻は成田空港の待ち合わせラウンジに置いてあったリンゴを手荷物に入れて持ってきたのだ。
 私は、ただちに、税関吏に”Apple”と伝えて、リンゴを取り出そうとしたところ、税関吏は、申告書にマジック・インクで”Apple”と書き込んで、そのまま、犬を連れて立ち去った。  
 入国審査では、テキサスに来た目的を尋ねられ、指紋を取られた。
 その後、いよいよ税関である。”Apple”とマジック・インクで書き込まれた申告書を呈示すると、係官は ”Apple” を出せという。リンゴを取り出し手渡すと、リンゴを持ったまま、指で”OK”のシグナルを出してくれた。リンゴ1個が、その他の食品を代表し、通関パスとなった次第である。


 厳しい米国の国内線搭乗前検査と失敗例
 国内線のチェックインと手荷物検査は、国際線の場合よりも厳しいと聞いていたが、ラスベガス行きのフライトに乗るためにダラス・フォートワース空港で実際に体験して、その厳しさを実感した。航空会社カウンターでのチェックインの後、搭乗ゲートに入る前の機内持ち込み手荷物の検査は、パスポートなどのIDと搭乗券の確認後、手荷物はもちろんのこと、時計、携帯電話に加えて、履いている靴までも脱いでかごに入れ、レントゲン検査に通さなければならない。
 この厳しさを経験し、国内線に乗る場合は、相当な余裕をもってチェックインすべきとノートした。この早めにチェックインしようと心がけたことが、とんでもない失敗例につながったことを下記する。
 5月17日(土)、ラスベガスからサンフランシスコへのフライトの出発時刻は午前11時50分だが、チェックインと手荷物検査を早めに済ませ、搭乗までの時間は、朝食と飲み水を買うなどしてゆっくり待機していようと考え、午前7時頃、チェックイン・カウンターにやって来た。
 チェックイン・カウンターの係員から、搭乗券をもらう時、ゲート番号とゲート番号の隣に記されている番号925Aにマル印を付けて注意されたものの、なんとなく聞き流してしまった。搭乗券を確かめるべきところを、自分の乗る飛行機は11時50分発と思いこんでいるため、より早いフライトに変更されたことに思い至らなかった。ただ、ゲート番号が変わっているため、搭乗券記載のゲートに出向き、係員に確かめたところ、”You missed the flight”と言われて愕然とした。搭乗券をあらためて確かめたところ、フライトNo.と思っていた925AはBoarding Timeであった。
 階下の事務所に行くよう指示され、事務所では、外に出てカウンターであらためてチェックインするように言われた。言われたように再度のチェックインをしたところ、本来、自分と妻の乗る飛行機を確保できた。
 必然的に再度の手荷物検査を行うことになるが、ゲート近くの売店で買った飲み水のボトルがひっかかった。レシートを見せて、中で買った水だと説明したが、同じものという証明はできないとして没収された。とにかく予定通りの飛行機に乗れたからよかったが、どの飛行機も満席で立ち往生という最悪の事態もあり得たわけである。サンフランシスコに先行した荷物も無事回収できた。 


    手荷物のオーバーウエイト
 2008年6月2日(月)、ダラス・フォートワース空港のアメリカン・エアラインのビジネス・クラス・カウンターで帰国便のチェックインをしたところ、預け手荷物のトランク・ケース1個の重量50kgは、規定を上回るという理由でオバーウエイト・チャージを請求された。ビジネス・クラスのチケットでのチェックインであり、極めて不本意であったが、早くチェックインを済ませたいという気持ちが働いて、50ドルを支払った。
 私が、経験した航空機のチェックインは、かなりの数になるが、30数年前に1度だけ、ジャカルタ空港のJAL便でオーバーウエイト・チャージを払ったことがある。この費用は、出張精算で処理したが、経理の担当者から、融通の利かないカウンター・スタッフがいるものですね、と言われた。
 成田に着いてすぐ、アメリカン航空の職員を捕まえて、refundを期待してのクレームをした。夫婦で一つのトランクを使った場合、2人分の許容重量を合算できないのか、ましてビジネス・クラスではないかと質した。しかし、職員の説明によれば、トランクケース1個の許容重量は、人数に関係なく、28kgまでとのこと。昔のジャカルタ空港での経験を思い出し、受付けスタッフの判断で、請求されたり、されなかったりすることがあるのか、尋ねたところ、ありうると肯定された。その上で、refundは、管轄・管理が異なるため、できないと拒絶された。よりによって融通の利かないスタッフにぶつかった不運を嘆かざるをえなかった。下に示したのが、そのクーポンで、" NOT VALID FOR TRANSPORTATION "と記されており、OVERWEIGHT 50-70L、FARE USD50.00とある。
   
   






































 大リーグとPGAツアー
 在米の娘夫婦の招きで、テキサス州フォートワース市を訪ね、イチローが出場する大リーグ野球と日本でも見たことのないプロ・ゴルフのトーナメントを観戦させてもらった。   

   
     
 




























   テキサスでイチロー
 5月12日(月)、テキサス州アーリントンのレンジャーズ・ボールパーク球場で地元のテキサス・レンジャーズとイチローや城島が所属するシヤトル・マリナーズ戦を観戦した。
 イチローは5打数1安打。ゲームは城島が同点3ランを打って12-12となり延長戦になった。娘夫婦には1歳半の孫娘がいるため、10回表のイチローの打席を見た後、切り上げることにし場外で車を待っていると、大歓声があがり、サヨナラ・ホームランが出た様子。劇的場面を見逃し、いささか残念であった。
     
 



























 


テキサスでPGAツアー、ミケルソンが優勝
 5月23日(金)、フォートワースのコロニアル・カントリー・クラブで、米国PGA (Professional Golf Association)ツアーのCrowne Plaza Invitational2日目を観戦した。
 看板は左利きのフィル ミケルソン(Phil Mickelson)で、私も左利きでプレーするので、大いに興味を持って観戦した。
 プロゴルファーのティーショットを、テレビのように後方からではなく、横から見て、振り返って打球の行方を追うということは至難の業である。打球が早いせいか、首を回している間に打球を見失ってしまう。
 ミケルソンのギャラリーは大変な数で、グリーンで待ちかまえているギャラリーも多く、ティーグランドから追いかけると、パッティングは、はるか遠方から見ることになる。
 そこで、一つ乃至は二つのホールをカット、先回りして面白そうなグリーンで待ちかまえるという見方をした。たとえば、池越えのショートホール13番は名物のようで、ミケルソンの先行組の中には、1打目を池ボチャ、ペナルティ・ショットも水に落とすというプレーヤーもいた。
 私が見たのは2日目の金曜日、その後、土・日にサンアントニオに泊まりがけの旅行に出て、5月26日の月曜の朝、ホテルの新聞を見たら、ミケルソンが最終日の最終ホールでのバーディ・パットで優勝を決めたとあった。
 残念ながら、カメラや携帯の持ち込みは禁止のため、ミケルソンのプレーを写すことはできなかった。