プロフィール |
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| 略歴 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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著書
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私の足跡 |
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| 絵葉書になったテメロー橋 - 私がこの橋を架けました。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| NEW TEMERLOH BRIDGE crossing the Pahang River connecting main road to the east coast of Peninsular Malaysia. |
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この絵葉書に描かれているテメロー橋は、マレーシアの首府クアラルンプールと東海岸のクアンタンの中間に流れるパハン川に架かっています。この橋の特徴はロング・スパンといい、橋脚と橋脚の間が一般的な橋より長くなっていることです。これまでパハン川に架かっていた橋脚の間が短い橋は、洪水の都度、流されてしまうため、ロング・スパン橋を架けることとなり、マレーシア政府はその資金を日本政府に求めました。 日本政府は1971年マレーシア向け第2次円借款にテメロー橋建設プロジェクトを組み入れ、栗本鉄工所は兼松と組んでこれを受注しました。 |
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| 1973年6月テメロー橋建設現場 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 栗本鉄工所はローカル業者をサブコントラクター(下請)に起用、現場に派遣した技術スタッフは少数で、工事のほとんどはローカル業者の手で行われました。私はODA(政府開発援助)による土木建設工事契約(FIDIC)は初めての経験でしたので、ずいぶんと勉強しました。 この種の公共事業は、施主(オーナー)、設計と施工管理のコンサルタント、請負人(コントラクター)の三者が鼎立する形で施工されるのが普通で、これに下請や協力商社がからみます。商社はコントラクターになることもありますが、テメロー橋建設においては、兼松は協力商社として栗本がオーナーやコンサルタント、下請と交渉する際のコーディネーターの役割でした。 私は完工前にジャカルタに転勤したので、最後の仕上がりは知りませんでしたが、この橋への思い入れは非常に強いものでした。上記の絵葉書は、ジャカルタから東京に戻った時、会社の先輩の石黒さんからいただいたものです。そんな時、7年ぶりにクアラルンプールに出張する機会があり、休日、駐在員から車を借りてこの橋を渡りに行きました。 「私がこの橋を架けました」とは相当な思い上がりですが、ローカル業者、コンサルタント、栗本の現場派遣の技術屋さんや営業の担当者、そして協力商社の担当者の私にも言える、要するにプロジェクトに関わった誰もが味わえる喜びの表現なのです。その意味で、大成建設の「地図に残る仕事」というコマーシャルのキャッチフレーズに共感してます。 |
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