プロフィール 

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総合商社(プラント部門)を経て現在、貿易投資コンサルタント
得意分野 インドネシアへの投融資および輸出入取引(インドネシア駐在通算12年)  
中国、マレーシア、フィリピン等への投融資および輸出入取引
安全保障貿易管理分野のコンサルティング
その他国際ビジネスのコンサルティング
 
 




















                   略歴
 
                           主な職歴
1961年~92年 兼松株式会社プラント部勤務、この間ジャカルタに4回通算12年駐在
1969年~72年 インドネシア石油ガス公社(プルタミナ)・日本子会社に出向
1981年~82年 日本鋼管コタキナバル水道管敷設工事現場事務所に出向
1988年~92年

兼松ジャカルタ事務所に長期出張、ODAおよび石油ガス公社プラント案件開発、
インドネシア向け投資案件推進のシニア・プロジェクト・コーディネーターを勤める。

1992年~95年 常石造船・神原汽船グループに移籍、フィリピンに船舶解撤会社を設立
現在

ヨシダパッケージ(株)顧問、ジェトロ貿易投資相談Q&A編集委員

 






























著書
著書出版の内容:書名・出版社 労働省ビジネス・キャリア制度テキスト(出版元:産能大学)1998年
「資源開発」、「貿易実務基礎・規格と基準認証制度」、「輸出実務・品質条件と規格および検査」、「輸入実務・品質条件と規格および検査」
東京リーガルマインド貿易講座テキスト「貿易実務の基礎」
 






























 

私の足跡
                                       注:()内の数字は初めて訪問した年

地域   建設工事 機器調達   会社設立 調査・視察 
 インドネシア        
 スマトラ (1963)シアンタル製紙工場
(1970)デユマイ製油所
(1970)デユマイ重油積出桟橋
(1973)パレンバンGIシート工場
    (1970)ミナス油田視察
(1970)パレンバン製油所視察
 ジャカルタ (1974)LPGタンク基地
(1974)LPGシリンダー・プラント
(1974)アルミサッシ工場
(1976)上水道プラント
(1974)LPGタンク基地
(1974)LPGシリンダー・プラント
(1974)アルミサッシ工場
(1976)上水道プラント
 
 (1978)電力量計製造会社  
 ジャワ  (1979)グレシック送電線     (1963)スラバヤ肥料工場F/S
(1974)スラバヤ・セメントF/S
(1978)スラバヤ・ミシン製造F/S
(1983)スラバヤ・プラスチック容器製造F/S
 スラウェシ (1965)マカッサル製紙工場
(1977)マカッサル変電所
   

(1994)メナド・ビトゥン港周辺調査

カリマンタン       (1977)サマリンダ上水道F/S
(1977)バリックパパン製油所視察
 その他       (1991)バタム島鉄鋼加工視察
(1992)ビンタン島リゾートF/S
(1994)東部海域港湾施設調査/集荷F/S(ビアク・ソロン・メナド・ビトゥン・テルナテ・アンボン)
(1994)バチャン真珠養殖施設視察
 マレーシア (1973)テメロー橋
(1981)KL下水道プラント
(1982)コタキナバル水道管敷設
    (1982)サンダカン視察
(1982)ラブアン島視察
 シンガポール (1981)ベドック下水放流管敷設 (1982)ヒューム管(KK向け調達)    
 フィリピン     (1992)セブ島船舶解撤会社 (1994)ダバオ視察
 中国     (2002)包装有限公司(無錫)
(2002)包装有限公司(蘇州)
(1987)LPGシリンダープラントF/S(広州) 
 その他   (1977)ミニトランス(台北より調達)   (1991)米国LA・製油所F/S会議
(1992)ニュージーランド南島西岸・石炭積出施設F/S
(1995)グアム島マグロ缶詰工場F/S
(1995)サイパン海中観光船視察
 
 



































 絵葉書になったテメロー橋 - 私がこの橋を架けました。
 
 
        NEW TEMERLOH BRIDGE crossing the Pahang River connecting main road to
         the east coast of Peninsular Malaysia.

 この絵葉書に描かれているテメロー橋は、マレーシアの首府クアラルンプールと東海岸のクアンタンの中間に流れるパハン川に架かっています。この橋の特徴はロング・スパンといい、橋脚と橋脚の間が一般的な橋より長くなっていることです。これまでパハン川に架かっていた橋脚の間が短い橋は、洪水の都度、流されてしまうため、ロング・スパン橋を架けることとなり、マレーシア政府はその資金を日本政府に求めました。
 日本政府は1971年マレーシア向け第2次円借款にテメロー橋建設プロジェクトを組み入れ、栗本鉄工所は兼松と組んでこれを受注しました。
     
 1973年6月テメロー橋建設現場
 栗本鉄工所はローカル業者をサブコントラクター(下請)に起用、現場に派遣した技術スタッフは少数で、工事のほとんどはローカル業者の手で行われました。私はODA(政府開発援助)による土木建設工事契約(FIDIC)は初めての経験でしたので、ずいぶんと勉強しました。
 この種の公共事業は、施主(オーナー)、設計と施工管理のコンサルタント、請負人(コントラクター)の三者が鼎立する形で施工されるのが普通で、これに下請や協力商社がからみます。商社はコントラクターになることもありますが、テメロー橋建設においては、兼松は協力商社として栗本がオーナーやコンサルタント、下請と交渉する際のコーディネーターの役割でした。
 私は完工前にジャカルタに転勤したので、最後の仕上がりは知りませんでしたが、この橋への思い入れは非常に強いものでした。上記の絵葉書は、ジャカルタから東京に戻った時、会社の先輩の石黒さんからいただいたものです。そんな時、7年ぶりにクアラルンプールに出張する機会があり、休日、駐在員から車を借りてこの橋を渡りに行きました。
  「私がこの橋を架けました」とは相当な思い上がりですが、ローカル業者、コンサルタント、栗本の現場派遣の技術屋さんや営業の担当者、そして協力商社の担当者の私にも言える、要するにプロジェクトに関わった誰もが味わえる喜びの表現なのです。その意味で、大成建設の「地図に残る仕事」というコマーシャルのキャッチフレーズに共感してます。