その日、僕は確かに機嫌が悪かった。
そのせいで大事な幼馴染に八つ当たりのように感情をぶつけてしまったのは紛れもない事実だ。


「・・・食生活なんてどうだっていいじゃないか」


君がいなくなるよりはずっとマシだ。
意識せず落とした呟きは、思っていたよりも自棄的な響きを含んでいて。
それに気付いた僕は思わず苦笑を浮かべた。

喧嘩をしたのが昼休み。
それから僕はユーリと顔を突き合わせるたび小言をいい、
我慢の限界を超えた彼が、僕を振り切るように走り出し、
道路に飛び出したのがその日の夕方。
信号は青だった。


「ユーリ・・・君は今、どこにいるんだい?」


脳裏に浮かんだ最悪の展開を首を振って打ち消し、
辺りが段々と暗くなっていくことに目をそむけ、ただひたすらに彼を探した。







昔の夢を見たのは数日前だ。


――・・・さっきの話、聞いていたのか?
――紛い物の心臓って、どういう意味ですか・・・?アレクセイ様も貴方も一体何を・・・
――・・・。・・・死人にくちなし、語るべくもない。
――?それはどういう・・・
――何でもない、忘れてくれ。・・・聞いたのはそれだけだな?ならばもうこの件には関わるな、いいな。


彼のあの言葉の意味も、あの時聞いてしまった会話の意味も、
僕は未だに理解していない。
年月だけが無駄に過ぎ、理解することもないまま安穏とした日々を送っていた。
あれから何かがあったわけじゃない。
一度彼に問いただした時に「そんなこと言ったっけ?」と神妙な顔で返されて、言葉を失った。
それ以来、昔の彼が言った通り、関わることはやめていた。
ただ何かが引っかかる、ふとしたきっかけに思い出す。その程度。

そのふとしたきっかけ≠ノ意味があるなんて、思ったことはない。





『おっフレンちゃん、おはよう』
『シュヴァーンさん・・・おはようございます』
『違うでしょ?レ・イ・ヴ・ン先生。ハイ、りぴーとあふたーレイヴン先生おはようございます今日も素敵でダンディなクールガイでとても惚れ惚れし』
『レイヴン先生、おはようございます』
『てしまい・・・ってちょっ!』


お決まりの文句を聞き流すと、
レイヴン先生が驚いたように、わざとらしく身を引いた。


『青年に相当仕込まれたわねフレン・・・!』
『授業以外でレイヴン先生の話を真面目に聞いているとユーリに怒られるんです』
『ひどっ!フレンちゃんだって昔はあんなに素直だったのに・・・!キラキラした尊敬の眼差しでおっさんを見つめてくれていたのにぃぃ!』
『・・・否定はしませんよ。本当に尊敬していましたし・・・まさかこんな形で再会するなんて思ってもみませんでしたけど』


昔を思い出して苦笑に似た笑みを浮かべると、
レイヴン先生は苦々しい顔をして「大人にも色々あんのよ」と呟いた。
その時計ったかのようにタイミングよく鳴った予鈴に、レイヴン先生は大袈裟に肩を震わせると、
じゃ、と手を挙げいそいそと踵を返した。


『優等生もちゃんと教室戻んなさいよー』
『すぐそこですから。・・・先生は、ちゃんと遅れず授業に行って下さいね』
『・・・フレンちゃんって顔に似合わず意外と手厳しいわよね』


元々の猫背な姿勢から更に背を曲げ(昔はあんなに猫背ではなかったはずだけれど)
ゆるゆると歩いていく背中を少々複雑な想いで見送っていると、
レイヴン先生がふと、といった様子で立ち止まり、少しだけ顔をこちらに向けた。


『・・・ああそうだ、昔のよしみで忠告』
『え?』
『嬢ちゃんに気をつけてあげなさい。・・・また、独りにさせないように』



――そんなことより、お前は私に何か用があったんじゃないのか?
――あっ!・・・エステリーゼ様が突然泣き出されて・・・どうしていいか・・・
――・・・それでお前は放ってきたのか、私のところに。彼女を、独りにして。
――っ!
――お前の役目は何だ?・・・お前は何のために、ここにいる?



夢の続きが頭の中で自動再生されてがんがんと反響する。



『また、って、何ですか。・・・シュヴァーンさん』
(何度目の「また」ですか、何故貴方がそんなことを言うんですか、)



思わず漏れた呟きは小さすぎて耳に届かなかったのか、
レイヴン先生はお決まりの否定をすることもなく、
こちらに背を向けたまま、ひらひらを手を振って立ち去った。
先程一瞬見えた表情が、数年前の彼と被って見えて、
理由もわからないのに、言いようのない不安を覚える。



あの日、待っていると言って寂しげに笑った彼女の顔を忘れたことはない。
再会して、傷ついた彼女の瞳を見たとき、どれほど後悔したことか。


――次に会うときは、友人として


守れなかった約束、そのせいで彼女を独りにしてしまったという自覚はある。
先程の彼の言葉が自分を責めているようにも思えて心がささくれ立った。
仕方がなかった、と言うつもりはない。
だが約束を破らせたのは他でもない、シュヴァーンなのだ。

僕はそのまま今朝からの授業を理不尽な苛立ちを抱えたまま過ごし(もちろん態度には出していないつもりだったが)
それでも様子に気付いたらしい隣の席のソディアに、大層心配されてしまった。







ユーリがトラックに轢かれたのは、ちょうどその日の夕方だった。
そのことで頭がいっぱいになった僕は、
あの人が送ってきたサインも、何かの予兆のような昔の夢も、守れなかった約束も、
全て無意識に頭の隅に追いやっていた。



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書いてる途中で設定変えたせいで後半半分書き直しました凄い難産・・・ 回想という名のフラグです← 過去の話もちょいちょい入るので、ローウェルさんサイドはフレン君サイドも織り交ぜて進行していくっぽいです(ぽいて