俺達には口に出さない約束があった。
その約束を交わしたのは今からもう何年前の話になるのか。

あれはフレンの両親が死んで、俺達の身寄りが誰もいなくなってしまった時の事だった。
その時俺は、生まれた時から両親がいなかったせいで
「家族を失って悲しい」という気持ちがよく分かっていなかった。
でもフレンの両親にはよく世話になっていたし、とても大好きな人達だったから
「大好きな人たちを失って悲しい」と思って、これ以上ないくらい泣いた事を覚えている。
それでも、
「家族」と「大好きな人たち」の重みは違うのだと、その時の俺はまだ分かっていなかった。


家族を失ったフレンの心の傷は、俺が思っていたよりずっと深いものだった。





身寄りを失った俺達はすぐさま孤児院に預けられた。
最初は、ハンクスじいさんが俺達を引き取ろうと名乗りを上げたけど、
年老いて稼ぎも何もないじいさん一人に子供二人も育てられるわけがないと周囲の猛反対を受けた。


『まぁねぇ、フレンだったら・・・賢い子だし、引き取ってもいいんだけど・・・』


中にはそういう人もいた。
フレンは幼い時から頭の回転も速く、知識や知恵もあった。それに運動も出来て誰よりも優しい。
そんなフレンを引き取りたいと考える人がいても、それは当たり前の話だろう。
フレン程の子供なら将来期待に応えてくれるだろうという打算もあったのかもしれない。
それでも、孤児院に行くよりはずっといい暮らしが出来る。
だがフレンは、手を差し伸べる多くの人達をぎっと睨みつけると、
戸惑う俺の手を強い力で握りしめ、はっきりとした口調で言い切った。


『ユーリは僕のだいじな家族です。ユーリが一緒じゃないなら、僕はどこへもいきません』
『フレンお前っ・・・何言ってんだよ!俺はいいから・・・』
『ユーリは黙ってて!』


視線は大人達を睨みつけたまま、フレンは聞いたこともないような激しい口調で拒絶を示した。
常に無いその勢いに大人達もたじろぎ、お互い戸惑うように顔を見合わせる。
ハンクスじいさんは「フレンは家族を失ったばかりで傷付いとる。すぐに新しい家族を・・・といっても戸惑うだけじゃろ」と言って、
あくまで硬質な態度を崩そうとしないフレンに困惑や憤りを示していた大人達を宥めた。
引き取る事を諦めて、一人二人と去っていく大人達の背中を睨みつけながら、
俺の手を握りしめるフレンの手は、ずっと細かく震えていた。


そうして俺達は、二人揃って孤児院に預けられる事になった。




「フレンって、頭はいいけど絶対馬鹿だったよな・・・昔から」




孤児院、正確には児童擁護施設というらしいその場所は、俺達が思っていたものとは全然違うものだった。
建物自体は小さいが明るく清潔に保たれており、そこにいる人も俺達よりも小さな子供から高校生ぐらいの子供まで様々だ。
先生と呼ばれる人に案内され、施設内を見て回ると身体のどこかしらに怪我がある子供が多いことに気付く。
だがそれを口に出すのも憚られる気がして、俺達は顔を見合わせて口を噤んだ。

そして、数日後のある夜。
俺はフレンの様子がどこかおかしいことに気付いて、話を聞こうとフレンを外に誘った。


『ゆ、ユーリ!屋根の上なんて危ないよ・・・っ』
『だーいじょうぶだって!部屋だと他の奴ら起きちまうだろ?それにほら、』


俺が上、と指を差すとフレンもつられて上を見上げる。


『星・・・?・・・綺麗だ・・・』
『だろ?まんてんの星空ってやつだ』


使い慣れない覚えたての言葉を披露してやると、
フレンはくすっと声を立てながら「ありがとうユーリ」と呟いた。
いつも通りにも見えるフレンの微笑みに少し安心しながら、本題を切り出す。


『なぁフレン、何かあったんだろ?』
『!ユーリ・・・』
『俺がお前のこと、気付かないわけないだろ』


話せよ、と少しきつめの口調で促すと、フレンはしばらくの沈黙の後おもむろに口を開いた。
その口調は普段とは違い酷く重い。そして、およそ子供らしくない物言いだった。


『僕は、とても心がいやしい人間なんだ』
『!』


子供の俺には少し難しい言い回しだったが、言いたい事はわかった。
俺はその発言に驚きすぎて声も出すことが出来ず、ただ問うような視線をフレンに向ける。
フレンはそんな俺を見て、悲しそうに頭を振ると堪えるような声音で言葉を続けた。


『昨日仲良くなったあの子・・・父親に殴られたんだって・・・辛そうだった』
『ふ、れ・・・?』
『それでも・・・いるだけマシだと思ってしまった僕は、とても心がいやしい・・・っ』


胸の奥から引きずり出したようなフレンの悲痛な叫びに、俺ははっとなった。
そうだ、フレンはほんの数日前に家族を失ったばかりだ。
フレンがこんなにも傷付いていることに気付かず、俺は隣で何をやっていたのか。
大人達を仇でも見るようにきつく睨みつけた目、震えながらあんなにも強く握り締めた手、全てサインだったんじゃないか。


『フレン・・・ッ!』
『何故お父さんは死んでしまったんだろう、どうして!お母さんはどうして・・・っ死ななければ・・・!』
『フレン!落ち着けッ・・・落ち着けよ!』
『嫌だ!返して・・・っ!・・・っく・・・返せよ!』
『フレン・・・!』


こんなにもフレンが情緒不安定になったのは、後にも先にもこの時だけだった。
小さい時から聞き分けも、物分りも良かったフレンは我侭というものを言ったことがない。
ましてや不可能だという事をねだって、駄々をこねるような子供ではなかった。
そのフレンが死んでしまった人を想い、返せと叫ぶ。
・・・だが俺には死んだ人を生き返らせる事は出来ない。どうすることも出来なかった。


(ばかフレン・・・っ!)

『フレン!聞け!!俺の方を見ろ!!!』
『っ!・・・・・・ひっく・・・・・・ゆぅ、り・・・?』
『俺のこと、家族だって言ったのお前だろ・・・!?』
『・・・!』


俺は想いのたけを込めて、嗚咽を漏らすフレンを力いっぱい抱きしめた。
泣いてるフレンなんて、傷付いてるフレンなんて見たくない、その一心で。
そのまま、落ち着かせるように背中をさすり、ゆっくりと噛み締めるように呟く。


『だいじょうぶ・・・俺は、死なない。ずっとそばにいるから・・・』


失くしたものを取り戻すのは無理でも、これ以上失うことはないから、だから。
約束だ、と声には出さずに呟く。
フレンを抱きしめている体勢のせいで、震える唇はきっとフレンは見えていない。
一方的な約束だった。それで良かった。

俺はフレンと、約束を交わした。


『だからお前も・・・泣くな、頼むから・・・』
『ユー・・・リ・・・ごめ、ごめん・・・ユーリ・・・』
『フレン・・・な、今すぐここを出よう』
『・・・え・・・?』


フレンをこれ以上この場所に居させる訳にはいかない、漠然とそう思った。
所詮は子供の浅知恵だ、でなければ約束された衣食住を自ら捨てようと等とはしないだろう。




「俺も大概馬鹿だったってことだな・・・昔から」




そうして二人で孤児院を脱走したのは、それから1時間後の話だった。
その後、連れ戻される事を危惧した俺達は無理を承知でハンクスじいさんの元を訪ねた。
じいさんは「どうせこうなると思ってたわい」と呟きながら散々嫌味を言って、それから俺達二人をぎゅっと抱きしめた。
お互いの身体が思いきりぶつかって痛かったが、・・・とても暖かい抱擁だった。








「じいさん、サンキュな・・・恩、返せなかったらごめん」


本人に聞かれたらまた嫌味を言われそうだが、それも仕方がない。
俺は昔を思い出しながらひとつの覚悟を決めていた。

(一人で方法を探す。あいつらにこれ以上迷惑かけらんねぇもんな・・・)

万策尽きた時の為にもこちらで知り合った仲間達とは距離を置いておいた方がいいだろう。
その方が、もし万一フレンとの約束を守れなかった場合も都合がいい。
所詮は自己満足でしかない事は承知の上だった。

フレンも悲しませたくないが、あいつらも悲しませたくはない。


「・・・今すぐ、ここを出よう」


あの時フレンを救おうとして発した言葉が、
今は別の意味を持つことが、少しだけ苦しかった。




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もっとこうさ・・・ハートフルな萌えと愛と夢が詰まったさほのぼのしたさ・・・見切り発車だったのにさ・・・ なんか・・・重いんですけど・・・こいつら・・・(お前が言うのか・・・