これはどうだ!のおすすめ狛犬
No.84〜 2012.9

               日光東照宮(栃木県日光市山内2,301


家康公二十一回忌の寛永十三年(1636)四月、二代将軍家光によって東照宮は建て替えられたが工事は奥の院前の鳥居のところで終わった。
この時の総奉行は秋本但馬守泰朝である。
寛永十七年八月六日(1640)松平正綱と秋本泰朝に奥の院の造営奉行を命ぜられる。
宝塔・唐門の設計は大工棟梁平内正信、石工棟梁は石屋又蔵と懸五郎作である。
なお設計者の平内正信は鹿島神宮と大国魂神社の木彫狛犬の作者でもある。
赤薙山(あかなぎさん)より六千人の人夫により厚さ一丈余り(約3m)、四方一丈九尺(約5.8m)の巨石を引き出した。
寛永十八年七月二十四日、三録緑山増上寺にて家光が笠石を新宮に引き付けたと語り、翌二十五日に経十六尺(約4.9m)の笠石が乗せられて宝塔は完成。
かくして寛永十八年(1641)九月、奥の院宝塔と唐門が完成、九月十七日に正遷宮が行われた。


十月三日、松平正綱・秋元泰朝に日光山廟搭成功の恩賞が下され、石工棟梁の石屋又蔵と懸五郎作には金二万両が下された。
この時に奥の院の石狛犬は献上されたと思われる。
その証しが狛犬の前肢に刻まれた阿像の「松平右衛門太夫源朝臣正綱」、吽像の「秋本但馬守藤原朝臣泰朝」の銘である。

天和三年(1683)五月十九日、地震で石造宝塔と唐門は倒壊し、その後宝塔と唐門は銅製となり、天和三年十一月に竣工。

銅製唐門前には銅製の狛犬が置かれている。

前例に倣ったとしたら石唐門前にも石の狛犬が置かれていたであろうことは想像される。

因みに昭和四十二年に東照宮宝物館近くに移築された石唐門(一番上の写真)にも狛犬を置く充分なスペース(左写真)がある。(参考資料・日光市史)









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