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No.70〜 2011.7

児玉神社の成立メモ

                 江の島 児玉神社(藤沢市江の島1)


日露戦争最大の激戦地であった二〇三高地、現地指揮官の乃木大将に代わり参謀長の児玉元太郎大将が指揮をとるべく赴任したのが明治37年12月1日(1904)。
だが4日までが休戦となった。
その間に28センチ砲10門を移設し、5日の未明より攻撃、午前9時から歩兵の攻撃が始まり、10時20分には二百三高地を占領。
直ちに旅順湾内のロシア艦隊を攻撃してこれを壊滅。
10日には児玉源太郎は帰還した。
明治38年、日露戦争は終結。
翌39年7月23日、児玉は脳溢血の為死去、55才であったという。



児玉の盟友である杉山茂丸氏の向島の別荘内に三回忌を祈して霊を祀る。
だが度々の大水で流されたため、
江の島の別邸に移設
しかし今度は杉山氏の借財のため、屋敷が債権者の手に渡ってしまった。
大正7年、盟友の後藤新平より公認神社への請願が出され承認。
大正10年、
伊東忠太設計の社殿が完成、遷座された。
なお台湾総監としても功のあった児玉、
神社の木材と石材は台湾からの奉納である。
昭和4年4月、後藤新平死去、同年7月、石塚英蔵氏が十三代目の台湾総監に就任。
翌5年11月、
台湾の石工と石材で獅子を造り奉納した。
精緻を凝らした彫りは各部に至り見る者を圧倒する。
なお首元にあしらった蝶と蝙蝠は中国では吉祥のものと言います。(参考 坂の上の雲 児玉大将伝)

    
銘文 昭和五年十一月(一九三〇年)
       臺湾総監 石塚英蔵
       石材産地 臺湾臺北州観音山

(文・山田敏春/写真・阿由葉)