これはどうだ!のおすすめ狛犬
No.67〜 2011.4

縁日の狛犬

                 子の神社(茨城県古河市長谷町2)


縁日は会日(えにち)や有縁日(うえんにち)から転訛したものといわれ、神仏がこの世に現れた日などを指し、お祭りや供養が行われる。
因みに浅草の観音様が漁師の網に掛かったのが3月の18日と云われ、以来毎月18日は観音様の縁日として多くの人々に親しまれている。
狛犬も縁日に因んで奉納されますが殆どの場合は吉日として日にちまでは入れません。
だが、18日が奉納日の狛犬が古河の子の神社にいます。
銘は「元禄十六癸未稔五月十八日(1703)」「寺尾理太夫長清 原田武太夫長好」です。



古河の長谷寺は明応年間(1492〜1500)初代古河公方成氏が、鎌倉の長谷寺から勧請したもので木造十一面観世音菩薩を本尊とし、通称長谷観音と呼ばれた。
その後、子の権現(現・飯能市大字南461)を勧請して境内に祀る。
子の権現は足腰守護の神仏で、同じ十一面観世音菩薩を祀る。
だが明治の廃物毀釈で長谷寺は廃寺、子の権現だけが長谷組屋敷に居住する元足軽岡田鉄之進以下37名が連名で現在地に移し管理、子の神社と改称した。
子の神社の明治期のいきさつを考えると、長谷町の足軽連中がその昔勧請を欲し、信仰していたものなのでしょう。



長谷観音も子の権現も18日が縁日狛犬は最も御利益があるとされる18日に奉納日されたものなのです。
余談だが狛犬が奉納された3ヶ月程前の武江年表に「元禄十六年癸未二月四日、浅野家四十七士自尽。泉岳寺へ葬す。」とある。
浅野内匠頭が切腹したのは3月の14日、そして吉良上野介を討ったのが12月の14日であったという。
浅野家にとっては14が縁日といえるのかもしれない。


                                    
(文・写真/山田敏春)