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No.130〜 2016.12

鶴見神社 獅子山の石工

                 鶴見神社(横浜市鶴見区鶴見中央1-14-1)


飯島吉六作とも言われてきた鶴見神社(横浜市鶴見区中央)の獅子山、右の山の脇下に泥まみれで傷んでいる銘板の存在を教えていただき、写真を撮った。

銘は「宮司 黒川荘三 石工 松原為三郎 庭師 山田政五郎」とあり、吉六ではないが全て私の知った名前であった。


「鶴見歴史の会」によると、
宮司の黒川荘三は弘化3年(1845)生まれで昭和11年没。
明治22年から昭和5年まで、途中明治26年だけ離職したようだが42年間鶴見神社の宮司を務め、明治5年から21年まで鶴見村の副戸長・戸長を務めた。
明治16年12月には「生麦事件の碑」を建てている。
その石碑には「彫刻師飯島吉六」とあり鶴北斎こと九代目飯島吉六〜文字彫名人茂吉の作品である。


石工 松原為三郎は総持寺の入口にある昭和10年奉納の大灯籠を手掛けた石工。
寺近くに店があるが、松原石材店の出張所として開設したのが大正8年、昭和2年に本店になっている。

なお獅子山を囲う柵には昭和3年6月の銘がある。

庭師 山田政五郎は横浜市南太田町在住で明治36年に船橋大神宮、翌37年には成田山参道の獅子山を手掛けた庭師である。

残るは奉納年だが、左の山脇に焼けた銘板がある。
文字として推察できるのが「正拾」、月日銘は「五月吉日建設」。
松原石材店進出と「正拾」の文字から大正10年から15年かと思うのだが。

                                 (文/山田敏春 写真 /阿由葉 )