TOSSの主張

     2 跳び箱は誰でも跳ばせられる

          「跳び箱は誰でも跳ばせられる」とは,紛れもない事実です。

          いくら優れた教育理論があっても,子どもが変わらないのであれば机上の空論にしかすぎません。

          私は,5年生のある学級に8分間だけ飛び入り授業をおこない,5年生全員を跳ばせたことがあります。

          最後に跳んだ二人の女の子は,「今まで一度も跳んだことがなかった」と話していました。

          わずか5分間で跳ぶことができるのに,今まで一度も跳んだことがないというのです。

          きっと今まで体育の跳び箱の時間はつらかったにちがいありません。

          どんどん跳んでいく友だちを横目に見て,自分も一生懸命練習をしていたはずです。

          しかし,一度も跳ぶ体験をせずにここまできたのです。

          もちろん,これまでの担任の先生も一生懸命跳ばそうとしたにちがいありません。

          なぜ跳ばせられなかったのでしょうか。

          それは,跳ばせかたを本当に知っていたかどうかということに関係しています。

          断っておきますが,これは「個性」の問題ではありません。「跳べない子がいたっていいではないですか」という問題

         ではないのです。跳び箱は跳べたほうがいいに決まっています。そして,跳ばせ方もはっきりしているのです。

          理論や既成の事実にとらわれるあまり,目の前の子どもが見えなくなる。

          目の前の子どもが大事といいながら,ちがうことを意識するあまり,学級がぎくしゃくする。

          それは,子どもたちにとって,あまりにも不幸です。

          TOSSは,目の前の「子どもの事実」を大切にします。