学級経営日誌


  1月 9日  子どもの作文から

   かなり前に受け持った学級のある子が、私についての作文を書いた。



     田村先生はどういう人か


    田村先生はぼくにとってどういう人か、ぼくの考えるところでは五つある。

    一つは、守れる約束はきちんと守ってくれる人。

    二つ目は、授業を早く終わらせ、好きな時間を作ってくれる人。

    三つ目は、よほどのことがない限り怒らない人。

    四つ目は、みんなの口ぐせをまねしたり、軽い話でも笑ってくれる人。

    五つ目は、忘れそうなことも、ちゃんと思い出すえらい人。他にもあったような感じがするけれど、書けない。

    田村先生のことで印象に残っていることがある。修学旅行の時、帰りのバスの中でお笑いをやった時、田村先生が笑ってくれたこと。

   それから、田村先生は、どんな話でも、笑ってくれる先生、楽しい先生、信らいできる先生だと知った。

    ぼくは、田村先生のことを、最高の先生だと思っている。こういう先生(他の先生も)はずっと学校にいてほしい。ぼくらがいなくなっても

   ずっといてほしい。そして、子どもたちに楽しさをもたらしてほしい。これまで印象に残った先生は、栄養士の○○先生、3、4年の時の担

   任だった○○先生、5年生の時の担任だった○○先生、そして、最も印象に残っているのは、何が何であろうと田村先生だ。みんなに楽

   しさをもたらしてくれるし、学習面でも楽しいことはいっぱいだ。



  なにも自分の自慢をしようというのではない。ここから何を「読み取るか」である。

  私が学級経営で心がけている幾つかを、それもきわめて大切なことを、この子は感じ取っている。この子はすごいと思っている。

  果たしてそれは何であろうか。

  別の子の作文も紹介する。



     
六年生になりできるようになったこと


    六年二組は、六年になりできるようになったことがたくさんある。

    一つ目は、短所・長所を、見つけられるようになったことである。六年生の始めごろには、短所しか見つけられず、相手をほめることが

   あまりできなかった。でも、田村先生に指てきされ、長所もだんだん見つけられるようになった。

    二つ目は、もめごとなどが少なくなったことである。六年生になる前は、もめごとなどが多く、少したいへんだった。でも、六年生になる

   と、もめごとが一、二回しかなく、とても平和だった。それは、二組のみんなが、仲良く生活していた証こである。

    三つ目は、終わる時間を守れるようになったことである。前までは、勉強の終わる時間を過ぎてしまい、いろいろなことがおくれてしまっ

   た。でも、六年生になって、私の記おくの中では、一度も勉強を終わる時間がおくれたことは、ない思う。そのおかげか、どんどん勉強が

   進み、二学期に三学期の勉強をするまでになった。

    他にもたくさんできるようになったことはあるが、これが私の思う大きなできるようになったことである。だが、これは六年二組のみんなも

   がんばったが、担任の田村先生も指てきしてくれたからできたのだと思う。ありがとう!!これが、私の思う、六年になりできるようになったこと

   である。




  この子も作文の中で、私が学級経営を行ううえで大切にしていることをきちんと見抜いている。

  やはり子どもの勘はスルドイ(それに比べ、私は鈍い)。

  このページを読まれた方は、考えてみてほしいなあ。