ちょっと豆知識
落雷時は電化製品から離れよう
雷がなっている時は、屋外よりも室内の方が安全です。ただし、室内でも電化製品や電話線から1メートル以上離れておいた方がいいでしょう。近くの配電線に落雷すると、雷の異常電圧が建物や電灯線を伝わって建物内に侵入し近くにいる人の体に放電して死傷事故を起こす恐れがあるからです。この落雷による異常電圧を避けるための方法です。
@アンテナ、電話線これにつながるすべての電化製品(テレビ・冷蔵庫・照明等)から1メートル以上離れる
A天井・壁・柱などからも1メートル以上離れる
B室内が狭く、1メートル以上取れない場合は、しゃがんで姿勢を低くする。
落雷と落雷の間は1分以上の間隔があるので、その間に広い場所に避難できればするといいでしょう。また電化製品を落雷から守るには、プラグをコンセントを抜いておくといいでしょう。家の中では安全と油断せず、電化製品から離れていましょう。
子供の日の行事あれこれ
5月5日は「端午の節句」子どもの日。両親、祖父母にとっても、この日は子どもの成長を願う欠かせない行事の一つといえるでしょう。端午の節句の歴史は古く奈良時代から続く行事です。端午とは、月の端(はじめ)の午(うま)の日という意味で、もともとは5日に限ったものではありませんでしたが、午(ご)と5(ご)が同じ発音なので毎月5日をさすようになり、やがて5月5日になったとも伝えられています。
どなたも思い浮かぶのは「鯉のぼり」と「鎧・兜」。鯉は生命力の強い魚。「登竜門」という言葉がありますが、鯉が「竜門」という滝を上ると竜になって天にのぼるという中国の伝説にちなんで、どんな環境にも耐え、立派な人になるようにと、子どもの立身出世を願った飾りが「鯉のぼり」です。鎧・兜は、長い武家社会の中では身を守る大切なものでした。つまり兜を飾るのは、その兜(あるいは鎧)が子どもの身を守り、災いが降りかからないように、無事に成長するようにという願いが込められています。
春のお肌はなぜ荒れやすいの?
春はお肌にとってトラブルの多い季節です。日差しは暖かくて心地よいのですが、少しずつ力強くなってきているのを感じますよね。つまり紫外線が強くなってきているのです。風が強いのも春の天気の特徴です。この風が花粉や砂ぼこりを舞い上げてお肌を汚すのです。風がお肌の水分を飛ばして、ますます乾燥させるのです。
肌は生まれてから28日かけて皮膚の表面に出てきます。ですから今表面に出ている肌の細胞は乾燥していた2月に作られたものなので、もともと水分が少ないのです。肌自体が乾燥しているので、トラブルが起こりやすいのです。この時期は気温の変動が大きいので肌を守る皮脂は気温によって分泌する量が変化します。つまり気温の変動が大きい時は、皮脂の量も一定にならないので、皮膚の状態も敏感になりやすいのです。このためお肌のトラブルに注意が必要ですね。ですから、紫外線対策・洗顔・水分補給を心がけて下さいね。
なぜこの時季雨が多くなるの?
西高東低の気圧配置でカラカラ天気の続くことが多い冬の太平洋側も、春が近づくとともに時々雨が降るようになります。これは冬の主役、大陸の高気圧の勢力が次第に弱まって、日本付近を通る低気圧が陸地に近いコースを通ったり、発達ながら通ることが多くなるからです。
2月下旬に降水量が多いこの頃を「催花雨(さいかう)」といいます。聞きなれない言葉ですが、植物が花を咲かせるための大切な雨のことです。また3月中旬から下旬にかけて日本の南岸沿いに前線が停滞して、関東以西では梅雨どきのような雨が降り続きます。菜の花の咲くころにあたるため「菜種梅雨(なたねづゆ)」と言われています。「催花」が同じ音の「菜花」に通ずることから「菜花雨」「菜種梅雨」になったという説もあります。
まだ雨が降っても弱い雨や短い時間の雨のことが多いのですが、これからはひと雨の量や時間が増えてきます。春の花や木々が活動を始めるのもこの時期ですから、植物にとっては目覚めの雨、活動開始を促される恵みの雨です。
北国の雪の使者って知ってますか?
北海道では平地でも雪が降り北から冬の足音も聞かれるようになりました。その北国には雪の季節を告げる使者がいるんです。それは北海道の『雪虫』、東北山形の『雪迎え』です。
北海道では11月頃にまるで雪が降っているかのようにたくさんの白い小さな虫を見かけることがあります。これが雪虫で正式にはトドノネオオワタムシというアブラムシの一種です。お腹には白い綿のようなものをつけていて、これが雪のように見えます。『雪虫』を見かけてから1週間から2週間後に初雪が降るといわれています。
もう一つ『雪迎え』とはちょうど今ごろの晩秋に、糸を引いて空を飛ぶクモのことです。このクモが飛んだ後には決まって雪が降るので、雪迎えと呼ばれています。このクモは暖かく穏やかな小春日和の日に、グライダーのように空高く飛びます。
このように北国には雪が降るのを知らせてくれる虫がいるんですね。最近では、開発が進みこのクモも少なくなってしまいましたが、ちょうどこれからが見られる時期です。
台風とハリケーンの違い
台風とハリケーンはまず場所が違います。台風というのは東経180度より西の北太平洋上にあるものだけを言います。ですから、東経180度より東にあるハリケーンが、このエリアにはいってくると台風に呼び名が変わります。また、最大風速の定義も違って台風の場合は最大風速が17.2メートル以上になると台風になりますが、ハリケーンの場合は最大風速が33メートル以上にならないとハリケーンとは呼ばれません。これは台風でいうと「強い台風」以上に相当し「並みの強さの台風」ではハリケーンにはならないことになります。
ハリケーンの方が規模が大きいと思われるのも、この辺に原因があるのかもしれませんね。季節風は大陸と海洋の分布の違いなどによって吹き方が違うので当然場所によって風向や風速に違いがあります。日本を含む東アジアに吹く季節風はインド洋とアジア大陸の間で吹くもので、世界でも最もはっきり現れる場所です。またインド洋などで発生したものをサイクロンと呼びます。
カレーライスとライスカレーの違い
御飯の上にカレーがかけてありそれこそソースやしょう油をふって食べる大衆的な雰囲気のものがライスカレー、御飯とは別の容器にカレーが入って出てくるややハイカラなイメージのするものをカレーライスと呼ぶと言われています。
カレーライスの名付け親については、ホーイズ・ビィ・アンビシャスで有名なクラーク博士だという説があります。つまり札幌農学校時代に日本青年の体格があまりにも貧弱だったことを憂慮し、何とか肉食をすすめようとして「生徒は米飯を食すべからず。ただしらいすかれいはこの限りにあらず。」なる一文を寮規則に書き加えたことからライスカレーと呼ばれるようになったと言うのです。
またどちらにしろ食べる時はスプーンでなくフォークで食べるのが正式だそうです。西洋マナーからいうとスプーンはスープ類、固形の物はフォーク類と決まってます。ただ子供だけはスプーンでも許されるそうです。ついでですがパスタはスプーンを使わずフォーク1本がグローバルスタンダードだそうです。
十二支の言い伝え
大昔のある年の暮れのこと神様が動物たちにお触れを出したそうな。「元日の朝、新年の挨拶に出かけて来い。一番早く来た者から十二番目の者までは順に
それぞれ一年の間動物の大将にしてやろう」動物達はおらが一番とて、めいめいが気張って元日が来るのを待っておった。ところが猫は神様のところにいつ行くのか忘れてしまったのでねずみに訊くと、ねずみはわざと一日遅れの日を教えてやった。猫はねずみが言うのを間に受けて、喜んで帰っていったと。
さて元日になると、牛は「おらは歩くのが遅いだで一足早く出かけるべ」と夜のうちから支度をしまだ暗いのに出発した。牛小屋の天井でこれを見ていたねずみは、ぽんと牛の背中に飛び乗った。そんなこととは知らず、牛が神様の御殿に近付いてみるとまだ誰も来ていない。我こそ一番と喜んで待つうちに門が開いた。とたんに牛の背中からねずみが飛び降り、ちょろちょろっと走って一番になってしまった。それで牛は二番。猫は一日遅れで行ったものだから番外で仲間に入れなかったそれでねずみを恨んで今でもねずみを追い回すのだそうな!
なぜ母の日にカーネーションなのか
母の日にカーネーションをあげる習慣は20世紀初頭のアメリカの時代から始まったものなのです。カーネーションが母の日に選ばれたのは母への愛という象徴だったからです。また、十字架に架けられたキリストに聖母マリが涙した後に咲いた花だといわれています。カーネーションの中央部の赤色は、キリストの体から散った血の色ともいわれています。
名前の由来としては、古代ギリシャ時代にさかのぼります。古代ギリシャ人は、オリンパス山の神々の主神ゼウスに花冠を捧げる習慣がありました。カーネーションは、その時代花冠を作るのに欠かせないものでした。そこで花輪を意味するラテン語CORONAにちなんでCARNATIONと名付けられたといいます。そして母の日の提唱者であるアンナ・ジャービスのお母さんがカーネーションが好きだったことも原因の一つです。
なぜお花見は桜の木なのか
桜の木の下で飲食をするのは、神様と人との食事という古代よりの信仰行事の名残りです。でも、数ある花の中でなぜ桜なのでしょう?それは、桜の木が山の神様が降りてくるときの目印になる木として特別に神聖視されていたからだそうです。お花見に付き物のお酒も本来は神様にお供えしたお下がりをみんなでいただくものでした。お花見が盛大に行われるようになったのは、平安時代からで今の京都の二条城あたりに天皇が桜を見物したのが始まりと言われています。そののち、貴族や武士の間で盛んになりました。現在のように一般人の娯楽として定着したのは江戸時代に入ってからのことです。
