平成16年6月16日~23日までの6泊7日の個人旅行を妻と二人で楽しんできました。
行程
1日目 |
西安へ |
福岡空港 青島空港 西安・咸陽空港
ホテル 皇城賓館 |
2日目 |
西安市内散策 |
西安郊外西方面1日観光ツアー探し(西安中国国際旅行社散客接待駅へ)
西安駅 小雁塔 大雁塔 |
3日目 |
西安郊外西方面1日観光 |
咸陽博物館 茂陵博物館 黄土民族村 章懐太子墓 乾陵 法門寺 |
4日目 |
西安市内散策 |
華清池 鼓楼 北門院保存区 歴史通り 清真大寺 |
5日目 |
西安郊外東方面散策 |
兵馬俑博物館 |
6日目 |
西安市内散策 |
碑林博物館 西安中国書法芸術博物館 吉備真備公園 陝西歴史博物館
西安舞踊 |
7日目 |
西安市内散策 |
シルクロード基点群 西安城壁・門 興慶宮公園(阿倍仲麻呂記念碑)
唐代芸術博物館 |
8日目 |
帰国 |
西安 青島 福岡 |
1日目
定刻より40分遅れて16時15分、中国東方航空機が福岡空港を離陸。
私と妻、二人だけの個人旅行です。不安と期待でいっぱいです。
18時(現地時刻)、青島空港に到着。
福岡発西安空港行きは、青島までが国際線で青島からは国内線です。
青島空港では、手荷物を持ち飛行機から一度降ります。出口前の通路で係員が「シーアン?」と聞きながら西安空港行きの人には仮の搭乗カードを渡します。カードをもらって入国手続き箇所へ移動します。
係官がパスポートと入国カードを照合しながら入念に検査します。私は漢字で名前を書いていたので、ローマ字に書き直されました。
入国手続きを済ませ、円を元に換金するため、コーヒーショップに立ち寄りました。なんとコーヒー1杯が38元。
20時30分、西安・咸陽空港に着陸。
空港両替所で1万円を700元に換金して、空港からリムジンバスで西安市内へと向かいました。
空港から西安市内までの高速道路は明るい照明に照らし出され、とてもきれいです。
鐘楼バス停でおりました。
空港でバスに乗るとき、荷物を預けた際引換券をもらっていましたが、飛行場では荷物の引換券と荷物の照合がなかったこと、リムジンバスに乗ることができこれで無事西安まで来ることができたという安心感から荷物引換券のことはすっかり頭から消えていました。
バスのトランクから荷物を取り出し、タクシーを探そうとすると係員が「引換券を見せなさい」と言います。引換券をどこにしまい込んだのか思い出せません。妻と二人でポケット、手荷物バッグと一生懸命探し、手荷物バッグの中にしまい込んでいたものをやっと探し出し、荷物を受け取ることができました。
その様子を見ていたのでしょう。直ぐにタクシー運転手が近寄り「どこまで行くのか?」と聞いてきます。
「皇城賓館まで」と言うと、「20元」と言います。高いので断りました。別の運転手にいくらで行くかを尋ねると「10元」と言います。市内は5元くらいと聞いていたので高いとは思いましたが、大きなトランクもあることからそのタクシーに乗りました。5分も走らずにホテルに着きました。
21時30分、ホテル皇城賓館にやっとの思いでつきました。
初めての二人だけの旅で、通訳兼現地案内人役の妻はとても疲れたようでした。
2日目
○ホテルで朝食。バイキング形式です。一人75元です。
和食、洋食、中華風料理があります。牛乳やジュース、果物も豊富に準備してあります。
平成3年、初めて中国旅行した北京のホテルで「牛乳はありませんか?」と尋ねると、「ホテルには置いていないので今から取り寄せる」と言って、とても高い金額を示された記憶があります。
今回は、自由に飲むことができます。中国の現代化・洋風化の一つでしょう。
そういえば、平成12年、蘇州、無錫、南京を旅行をしたときは、南京の孫文公園で温めた牛乳を飲んだことがありました。
○西安郊外、西方面1日観光ツアーを求めて
乾陵、茂陵方面へのツアーを探しに「解放飯店」内の旅行社「西安天源旅遊有限公司」へ行きました。
ホテル前停留所「瑞履門」から路線バスで西安駅へ向かいます。バスの乗車賃は1人1元です。
車窓から街の景色を眺めていると、どうも行き先が違うようです。
乗客の中国人の一人に、地図を見せながら「今どのあたりを走っていますか?」と尋ねると、長安城北西方面を指さし、「この辺り」と教えます。
駅は北東の方向です。西安駅へ行くつもりが全く方向違いの所へ来てしまいました。車の右側通行と左側通行の違いから、方向が逆のバスに乗ってしまったのです。
終点で女性運転手に、西安駅はどちらかを尋ねると、「全く方向違いだ。ここから乗り換えて駅へ行きなさい」と言っているようです。言葉が早口で妻には十分聞き取れないようです。もちろん私にはちんぷんかんぷんです。
バスから降りると、一人の男性が古めかしい煉瓦塀のそばで立ち小便をしています。
私もそこで用をたしながら塀を見ると「立ち小便お断り」の意味のスローガンが大書してありました。立ち小便する人が多いのでしょう。
バスを乗り換えて、西安駅へ行きました。西安駅はさすがに人がいっぱいです。雑踏という感じです。
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西 安 駅 |
私たちを旅行者と見てのことでしょう。次から次へと旅行勧誘のおばさんが声をかけてきます。大声で「NO」と拒否しても、無視しても、執拗についてきます。
解放飯店で旅行社を尋ねるとそのような旅行社はないと言います。
もう一つの旅行社「西安中国国際旅行社散客接待駅」へ行くためにバスの乗り方を尋ねると、丁寧に教えてくれました。
駅からはバスがあちこちへひっきりなしに出ています。バスは冷房がなく、窓を開けています。
排気ガスのにおいが強烈です。
旅行社に日本語を話せる社員がいて、丁寧に応対してもらいました。
日本語ガイドつきのツアーにするか、中国人対象のツアーにするかを聞かれ、中国人対象ツアー(咸陽博物館、茂陵、乾陵方面1日観光ツアー)を申し込みました。
日本で読んでいた旅行ガイドブックには、西線1日ツアーは450元程度とありましたが、中国人ツアーにすると240元でした。
○小雁塔 入館料 18元
小雁塔は即天武后が高宗の冥福を祈るために建立した大薦福寺境内にあります。
小雁塔は、インドで25年間修業した唐の高僧、義浄が持ち帰り、翻訳した経典を納めるため707年に建立された塔です。
軒と軒の間隔が狭い独得の造りで丸みを帯びた優美な姿を見せています。
平成3年の旅行で印象深かった小雁塔は、当時の姿そのままで感動しました。
境内には国指定の樹齢1000年の魁樹(?)やかなりの価値があると思われる文物が無造作に転がっています。
境内は手が入れられていなくて、歴史の重みを感じます。
境内の一角で、美しい曲が流れています。近寄ってみると、CDや絵はがきを売っています。
CD1枚いくらかを尋ねると、100元と言います。再生している曲は2枚1組だから200元と言います。
高いからまけるようにいうと、150元でどうかと言います。まだ高い、絵はがきと併せて130元でどうかと交渉し、CDと絵はがきを買いました。
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優美な姿の小雁塔 |
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中庭の馬石像 |
○昼食
小雁塔近くのレストランで昼食をたべました。
メニューを見ても食べ物のイメージがわきません。漢字の表記を見て、勝手にイメージして次の品を注文しました。
何が出るか期待と不安でいっぱいです。
湖濱
22元
酸湯面 3元
葱花餅 8元
涼袢賞困
8元
初めに出てきたのが、味が全くない食べ物。形から葱花餅だろうと話しながら食べました。
酸っぱい麺などが出てきます。
サービスでフルーツをいただきました。
味や量よりもどうにか昼食がとれた安堵感でいっぱいでした。
○大雁塔
(大慈恩寺) 入館料 25元
大雁塔は慈恩寺境内にあります。
慈恩寺は、648年、唐の3代皇帝高宗が母である文徳皇后を供養するために建立した仏教寺院です。
慈恩寺の名は、「慈愛深い母の恩徳を追慕する」という意味で名付けられたそうです。
大雁塔は、玄奘がインドから持ち帰った経典や仏像などを保存するために、652年に建立されました。
大雁塔の名は、玄奘がインドで修行中に雁の一群が飛ぶのを見て、ふとそれを食べたいと思った瞬間1羽の雁が目の前に落ちてきて大いに恥じた、という逸話に由来しているそうです。
境内や寺の伽藍等かなり手がいれてあり興ざめしました。
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大雁塔と玄奘三蔵 |
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力強さを感じさせる大雁塔 |
○夕食
鐘楼近くの個食食堂で夕食を食べました。
キュウリの炒め 8元
餃子(6個)
8元
まんとう4個
4元
肉・野菜入りまんとう4個 8元
青梗菜 8元
ペットボトル緑茶(低糖)
3元
店内は、お客でいっぱいです。
食品カウンターに並んでいるものを自分で選び、その場でお金を払うセルフサービス形式の食堂です。
どれも油で炒めてあり、生ものはありません。店員さんはゴム手袋で食べ物を取り扱っています。衛生に気をつけていることがよく分かりました。
餃子がとてもおいしい。
青梗菜には、ニンニクがかなりはいっていてこれもおいしい。緑茶には、わずかに糖がはいっています。飲みにくい。
帰りに、ハミウリ(12元)を1個買って帰りました。水分がなくおいしくない。
3日目
○朝食
ホテルレストランでおかゆを食べてみました。おいしかったです。
梨や桃などのフルーツが新鮮でみずみずしくおいしい。
○西安郊外1日ツアー 乾陵方面
8時35分
小型バスがホテルに迎えに来ました。
車内はほぼ満席。私たちの席は運転手のすぐ後ろ、出入り口近くに用意してありました。車内を見ると、中国人ばかりです。
「さぁ、乾陵方面へ出発だ」と心うきうきです。ホテルを出てすぐに、ホテルの門前で交通事故に遭いました。
直進車が来ているのにバスの運転手が強引に門から出ようとして、乗用車と衝突してしまったのです。
中国では交通ルールはあってもないような感じで、これでよく交通事故が起きないものだと思っていましたが、私たちが乗っているバスが交通事故に遭うとはびっくりしました。
事故そのものは軽いものだったのですが運転手同士のやり合いから、中国人も車を大切にしていることがよくわかりました。
8時55分
バスを乗り換え、再出発。
白樺の街路樹がきれいに整備されています。歩道、自転車道、車道と街路樹で仕切ってあります。
道幅が広い道路では、街路樹が8列ほど並んでいるところがあります。
道路の中央に市民憩いの公園もあります。長安城を出たところで、シルクロード起点群像が見えます。
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シルクロード起点群像 |
○咸陽博物館 入館料8元
明代に建てられた文廟(孔子を祭る祠廟)を利用して1962年に開館した博物館だそうです。
7千点あまりの文物が展示してあるといいます。咸陽は秦の都だったところから秦王朝と漢王朝の文物が多いそうです。
鉄器、瓦等1級文物が多数展示してありました。漢時代の彩陶兵馬俑(高さ60~70cm)が展示してありました。
秦の始皇帝の兵馬俑とは趣が違いますが、すばらしいものでした。
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咸陽博物館 |
○茂陵博物館 入館料28元
紀元前87年に没した漢の武帝の陵墓です。高さ46.5m、周囲は960m。
周辺には武帝に関わる人々の陵墓が点在しています。匈奴と戦った霍去病の墓もあります。
車中で、メモ帳に「茂陵」と書いていると中国人から「漢字で書いている」と話しかけられました。
「日本語ではなんと読むか?」と聞かれ、「もりょう」と読むと答えると、中国語では「マオリンと読む」と教えてくれました。
武帝は、西域に張鶱(ちょうけん)や霍去病らの将軍を送り、シルクロード交易の基礎を築いた人です。
一帯は9人の皇帝の墓が並んでいます。
劉邦の長陵、景帝の陽陵、恵帝の安陵、武帝の茂陵、昭帝の平陵をあわせて五陵と呼ばれ、このあたりを五陵原といっているそうです。
○黄土民族村 入館料25元
鐘、太鼓、銅鑼の音で迎えられました。黄土高原に住む昔の住居が再現してあります。
窰洞(ヤオトン)は黄土高原の特徴的な住居です。もともとは、黄土の崖に横穴を掘り、そこで暮らしていたそうです。
中は広くて、4室ほどが連なっています。オンドルがあります。料理をつくったり、お湯をわかしたりする大きな鍋が部屋のなかにあり、煮炊きの煙をオンドルに通して、床暖房をするそうです。ヤオトンの中は冷房がしてあるようにひんやりとしています。夏は涼しく、冬は暖かいそうです。
山崎豊子原作「大地の子」で、陸一心が妹のあつこに会いに張玉花の家を訪ねたとき、「オンドルの上で、人影が動き・・・・」とある場面を連想しました。
トイレも昔そのままを再現してあります。トイレにはドアーはありません。2枚の板がわたしてあるだけです。便がそのまま残っていました。
中国の民族歴史、生活の移り変わりがよく再現してあり、子どもの歴史学習には適しているだろうと思いました。
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黄土民族村 |
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窰洞(ヤオトン)入り口 |
○昼食
章懐太子墓公園内のレストランで昼食をとりました。
メニューを見ながら、麺類(12元)と定食(25元)を注文しました。とてもおいしく、初めて食事らしい外食をした感じでした。
中国人はとても、辛抱するなと思います。親子3人連れは、麺類と、焼きめしを3人で食べています。隣の親子も簡単な食事を注文しています。
○章懐太子墓
1971年7月から1972年2月にかけて章懐太子の墓が発掘されたそうです。
墓はスロープ状の墓道、天庭、別室、前後の墓室という構成で、墓道は長さ71m、幅3.3m、深さ7mです。
墓の中に壁画が50点ほどあり、その中の「迎賓図」、「狩猟出行図」、「打馬球図」、「観鳥捕蝉図」の中の人物像はいずれも均整と調和がとれていて、真に迫った表現で正確に描かれていました。
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墓 道 の 壁 画 |
○乾陵 入館料30元
高宗と中国で唯一の女帝となった即天武后の合葬暮です。
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乾陵参道 |
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参道 石像 |
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61賓王像(高宗の葬儀に参列した王などの像) |
○法門寺 入館料60元(入館料28元、博物館32元)
1987年、法門寺内にあった倒壊寸前の塔を解体したところ、基壇部に4室からなる地下宮が発見され、中から佛舎利4片を含む唐代の大量の宝物が出土し、始皇帝の兵馬俑坑に次ぐ考古学的大発見と、世界的に注目を浴びたところです。
お釈迦様の指とされている舎利が入っていた8重の金銀の小箱、他121点の金・銀器はまばゆい程に輝いていました。
○ホテル着 20:45
中国人ばかりのツアーに参加して、ガイドさんの話は全く分かりませんでしたが、とても楽しい、心躍る旅でした。
若い美人のガイドさんは、早口でよく説明していました。説明を聞いても私には中国語は全く分かりませんので見ることを心がけました。妻は、漢や唐時代の歴史や陵の大きさなどを説明しているみたいと言っていました。ノー原稿で次から次に説明できるとはすごいことだと感心しました。
陵周辺の景色は雄大で中国の国土の広さを痛感しました。黄土高原の一部を見ることができ、とても感動しました。平成3年の旅行で飛行機から見た黄土高原の風景がよみがえってきました。
茂陵や乾陵近くの畑はきれいに整備されていました。一面麦畑です。人々が麦の収穫で忙しそうに働いていました。道路に、麦をおき、車にひかせ脱穀したり、脱穀した麦を道路に干してありました。また、麦を幅広スコップのようなもので投げ上げ、麦と殻を選別していました。
○夕食は、ホテルの室内で。
持参のインスタントラーメン
まんとう3個
3元
いくり1斤 1元
ビール2本 25元
4日目
○朝食
毎朝、同じメニューですが安心して食べることができるのがなによりです。
ご飯は米粒がぽろぽろしていて美味しくありません。おかゆとまんとうが美味い。
持参の梅干し、のりをおかずに食べました。
○バスで西安駅へ
ホテル前バス停「瑞履門」から611路で西安駅へ。バス賃1元。
バスから降りると直ぐに、勧誘に人がよってきます。チラシをわたす人、交通地図を買うように勧める人、安いツアーがあると勧める人などなど。
華清池への306路バスの発車場所は直ぐに見つけることができました。
「地球一人歩き」に掲載してある緑色の車体で大きなバスです。車内はほぼ満員で席に着くと、まもなく発車しました。
車内で切符を買うと、華清池まで4元です。バスの運賃の安さには驚きます。高速道路を走り、約40Kmの距離の乗車賃がたったの4元なのです。日本円では55円相当です。
約45分で華清池に着きました。
華清池 |
(入館料 40元) |
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華 清 池 正面門 |
11:00~13:00までいました。
古くは玄宗と楊貴妃のロマンスの地であり、また近代では西安事件の起こった場所です。
池には大理石で作った楊貴妃像があり、五間庁の壁には事件当時の弾痕が残っていました。
園内はきれいに整備され、風呂跡は、大きな建物で覆われています。楊貴妃が湯浴みした風呂、お付きの女官が入浴する風呂などがあります。
平成4年に訪れたとき設置中だった楊貴妃の大理石像が、観光客に人気があるようでした。この大理石像を背景に盛んにシャッターを切っていました。
○昼食
華清池正門前のレストランで昼食をとりました。
コーラ 4元
手工麺
5元
炒麺 5元
レストランのウェイトレスは、中学生くらいの女子でした。
メニューを見てもなかなか注文できない私たちにいやな顔一つせず、応対してくれました。チャーハンのようなものが美味しかったです。まんとうも注文したのですがこれは出てきませんでした。
○西安市街へ
西安省政府の前でバスのタイヤ(前輪左)がパンクしました。後続車に乗り換えるよう運転手から指示されました。乗客は誰一人文句を言うこともなく、後続のバスに乗り換えました。こんな場合、日本ではこうスムーズにいくでしょうか。
鼓楼へ上ることにしました。道路横断が一苦労です。
私たちには、中国には交通規則はないように思えます。赤信号でも車はどんどん走ります。人も平気で横断します。
中国人は車や自転車が行き交う中をすいすいと横断していますが、私たちは必死です。しばらく、中国人の横断の様子を観察して、横断するグループの後から付いていくことにしました。必死の思いで横断することができました。
鼓楼近くはきれいに整備され、公園化されています。コンクリートと芝生、そしてあちこちに花が植えてあります。ところどころで、人がゆったりと休んでいます。のどかな感じです。
○鼓楼 入園料12元
鼓楼は西暦1380年に建てられたそうです。
昔、鼓楼には大きな太鼓があり、夕方になると太鼓を叩いて時刻を知らせるので、鐘楼の「晨鐘」と同じように、「暮鼓」という言葉あり、鼓楼と呼ばれたのだそうです。
鼓楼は土台の面積が1924㎡で、高さは34mです。土台全体が青いレンガで築き上げられています。楼閣は長方形で、表から見ると三階建てですが、内部は二階建てです。
鼓楼は陝西省重要文化財に指定され、二回にわたって大規模な修繕を行い、昔のように立派な面影を戻したといいます。
鼓楼2階から市街地を眺めると、都市の近代化が急速に進んでいることがわかります。高層ビルが建ち並ぶ一角と中層ビル、昔ながらの家屋が並ぶ地域が目にはいります。保存区の家並、白樺の街路樹がきれいに整備されています。しかし、NHKのシルクロードにあったような長安の街が見える場所はありません。
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鼓 楼 |
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鼓楼からみた旧街並み(西方面) |
○北院門保存区 入館料15元
中国の昔の民家をそのまま保存している箇所です。入り口は狭いが中は広く、男の子の部屋、女の子の部屋、主人の部屋、執務室、寝室、反省の部屋などがいく部屋もあります。
応接室で記念写真を撮ろうと椅子に座ると、案内の人が席を替わりなさいと言います。玄関に向かって左に男、右に女が着座するのだと言います。言われるとおり、席を替わって写真に収まりました。
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鼓楼西側の通り |
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北院門保存区 |
○歴史通り
歴史通りを歩いていると、西安市政府前まできてしまいました。市政府は大きな建物です。
清真寺への道がわからなくなり、小学生らしい男の子2人に場所を尋ねると、清真寺は2つあると言うのです。清真大寺はこちらと教えてくれました。疲れていたので清真寺まで人力3輪車に乗りました。5元のところを交渉して4元にまけてもらいました。1km弱の距離でしたが疲れている足の休養になりました。下車時、妻が「日中友好で5元やろう」と5元渡したら、車夫は丁寧におつり1元を返しました。
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歴史通り |
○清真大寺 入館料12元
清真大寺は西安に住むイスラム教徒の礼拝寺で、大殿、省心楼などがあります。現在の建物は明代のものといいます。
幅50m、奥行き250m。西から東に向いて建てられています。境内に立てられた「創建清真寺碑記」には、紀元742年に玄宗皇帝の勅命により建造されたという記載がありました。
門を入るとすぐ9mの琉璃瓦焼のやぐらが目に入ります。色鮮やかです。
次の庭に浴室と八角形の省心楼があって、礼拝の前にまず体を洗い、心を清めるのだそうです。
羽ばたく鳳凰で造られた亭を通ると、大殿の礼拝堂が目の前です。建築面積は1300㎡、1000人が収容できるそうです。
1日に数回礼拝するそうです。正面には礼拝時刻を示した時計がいくつも掛けてあります。礼拝時刻に礼拝できなかった人でしょうか、2人が礼拝していました。
路地の両側は回族の土産物屋がビッシリと並んでいます。みやげもの屋といっても工芸品から骨董品に近いものが多いようです。毛沢東語録を30元で買いました。
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清真大寺正門 |
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清真大寺 木牌坊 |
○鐘楼近くのデパート、地下通路
鐘楼北東角には大きなデパートができています。東京都心のデパートかと見まちがうほどです。店内もきれいで、買い物しているお客も身ぎれいな人ばかりです。
地下通路の有料トイレ(0.5元)をつかいました。トイレもきれいです。
○夕食 ホテルの部屋で
持参のインスタント食品と街頭で買ったもので夕食をすませる。
牛乳
3元
まんとう 3元
いかのてりやき 5元
ビール 10元
5日目
○朝食 ホテルレストランで
○306路で兵馬俑へ
9:40 駅前から306路で兵馬俑へ。バス代は1人5元です。
約1時間で兵馬俑前に着きました。車掌さんから「この道を真っ直ぐ歩いて行きなさい」と丁寧に教えてもらいました。
兵馬俑博物館(入館料90元) |
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兵馬俑1号館 |
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兵馬俑2号館 |
平成3年、ツアーで親子で行った兵馬俑博物館とは感じがかなり違います。
道路から博物館まできれいに整備され、公園化されています。木が植えられ、石が敷き詰められています。たくさんの人が公園内で談笑しています。
10分ほど歩き、兵馬俑博物館に到着しました。1号館はドーム形式で以前のままです。2号館は作り替えてあるようでした。
1974年3月に地元の農民がここで井戸を掘った時、偶然にいくつかの陶俑の破片が目に入り、その後、考古学者が一年間余り実地調査をしたり試掘したりした後、大型な俑坑と確認したのです。これが1号兵馬俑坑です。東西約230m、南北約62m、現地表からの深4.5~6.5m、総面積1万4260㎡の規模です。
1976年4月23日に1号俑坑の東側20mの所で、2号俑坑が発見されました。2号俑坑は、その表面が曲尺の形を呈して、東西約124m、南北約98m、現地表からの深さ約5m、総面積約6000㎡の規模です。
2号俑坑には、跪き射り俑、立射り俑、騎兵俑が配置されて、戦車が80余りあります。
1976年5月11日、3号兵馬俑坑が発見されました。3号坑の規模はかなり小さくて、東西約28.8m、南北24.57m、現地表からの深さ約5.2~5.4m、総面積約520㎡の規模です。
坑に陶俑、陶馬が72体あります。3号俑坑は、1号、2号兵馬俑坑を統帥する指揮部で、古代では軍幕と称したそうです。
1976年夏、まだ完成されていなかった4号坑が発見されました。この坑は、東西48m、南北75m、現地表からの深さは4.8m、総面積3600㎡の規模です。坑からは遺物は見つかっていないそうです。
西安の旅で一番見たかったここ兵馬俑博物館に、11:00~15:30まで4時間半いました。
1号傭の第一印象は、「少し違うようだな」でした。傭の色、形が初めて見たときの印象よりきれいに見えます。黒っぽかった色が茶色っぽくなっています。傭の表面がなめらかなような感じでした。
妻は「本物は収蔵庫に納められ、ここにあるのは模造品バイ。だから撮影も許されているのだろう。」と言います。
2号傭館に、ガラスケースに収められている傭が展示してあることから彼女が言うことに信憑性があるようにも思えます。
暗い部屋の銅車馬館で見た銅車馬は、神秘的、幻想的でした。
2号傭裏のねむの木の木陰で、西安駅前で買ったパンとビスケットの昼食をとりました。世界遺産の博物館内で妻と二人で昼食をとる気分もなかなか良いものです。
土産物売り場で、傭を買いました。
跪き射り俑と将軍傭(立射り俑かも)15000円。
店員が「今は、夏ではなく観光客も少ないので売れないのでまける。」と言います。はじめ2傭で2200元。それを約半値の1200元に。日本円なら16800円と言います。さらに16000円。子ども達への土産として15000円で購入しました。
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兵馬俑全景 |
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土に埋もれている俑 |
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整然と並んでいる兵士俑 |
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跪き射り傭 |
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立射り傭 |
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1号銅車馬 |
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2号銅車馬 |
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兵馬俑公園に建つ始皇帝像 |
○夕食
ホテル近くのレストランで
レストランの料理は1皿ごとで量が多く2人では食べきれません。料理はおいしいがかなり残しました。
6日目
○ホテルレストランで朝食
○碑林博物館へ
市街地の地図を見ると、南門の近くに碑林博物館はあります。ゆっくり歩いて行きました。
仕事の準備で人々は忙しく行き交っています。花屋さんがあることに驚きました。きれいな花が店頭に並んでいます。大きなあざやかな百合の花、カーネーションのようなものもあります。一般家庭に花を飾る習慣があるのか分かりませんが、碑林博物館までの15分間で花屋を2軒見たのは、中国にも花を飾る経済的ゆとりがある証拠だと思います。
南門横に碑林博物館があります。
○碑林博物館 入館料 30元
碑林とは文字や図像を刻んだ多数の石碑の集合のことだそうです。西安碑林は昔の西安の孔子廟を基礎として1087年に建てられたといいます。この博物館は石碑展示室、石刻展示室、臨時展示室の3つに分かれ、建築面積は約4000㎡、展示品は約3000点といわれています。
まず目に入るのは碑亭の中に立っている石台孝経。この石碑は高さ5.7m、唐の玄宗皇帝の天宝四年(745年)の自筆で、内容は孝経に関する解説で、碑額の題字は皇太子李亨の書。碑文の中に、「身体髪膚これを父母に受く」という明言があります。
碑林には古代中国と外国の友好往来の史実を記載している石碑もあります。この中で、大秦景教流行中国碑は外国にも名高い石碑です。
土産物店で「唐・張継昨 楓橋夜泊」の拓本の掛け軸と銅車馬の拓本を450元で購入しました。はじめは650元と言っていたのですが、交渉して200元まけてもらいました。
楓橋夜泊
月落ち烏鳴いて霜天に満つ
江楓漁火愁眠に対す
姑蘇城外の寒山寺
夜半の鐘声客船に到る
唐・張継
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碑 林 |
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拓 本 |
○南門 西安中国書法芸術博物館 入館料 12元
上ってみると、長安城の城壁だけあって、幅も非常に広い。幅5~6mはあろうかというその城壁上では、貸し自転車、周遊観光の小型車が営業していました。
おもしろ半分に周遊観光小型車に乗りました。時速10キロ程度の早さで走ります。途中、物見櫓だろうと思われるものがいくつもあります。東門まで行きました。東門で記念写真を撮りました。
往復30分はかかったでしょう。
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南門入り口 |
周 遊 車 |
○昼食 吉備真備記念公園で
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吉備真備記念公園 |
南門入り口車道はきれいに整備されていますが、歩道が見つかりません。南門車道の端を車に注意しながら門をくぐり抜け、城門環状公園へ行こうとしますが横断歩道がありません。左右を確認しながら必死で横断しました。
南門西側の公園内に吉備真備記念公園という看板が見えます。
吉備真備は菅原道真と並ぶ大学者で、716年唐に留学し、735年帰朝した人です。19年も唐に留め置かれたのは、玄宗皇帝がその才を惜しみ、帰国させなかったためといわれています。
752年、遣唐使として17年ぶりに唐に渡り、鑑真を伴って帰国します。
775年73歳で亡くなるまで、時の政府で活躍しました。
日なたは暑いが木陰はしのぎやすく、公園内の休憩所でお茶を買って昼食をとりました。
いすに腰掛け、食事しているところに店の主人がホースで水をまきます。客がいるのに水をまかなくてもよいものをと思ったのですが、店の主人にしてみると水をまき、少しでも涼しくしてやろうとのサービスからだったのでしょう。
陜西歴史博物館 |
(入館料 35元) |
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即天武后の生母の墓(順陵)にある石獅子のレプリカ(高さ3.1m) |
西安の南門より南側約1.5kmのところにある国立歴史博物館です。
伝統的宮殿様式の外観を持つ陜西歴史博物館は、展示面積は約11,000㎡、収蔵文物は約37万点にものぼり、参観ルートは1500mにも及ぶといいます。
1階は、先史時台(藍田猿人の化石、石器時代の土器など)から秦代、2階は漢時代から魏、晋、南北朝時代、隋、唐、明、清の各時代の文物が陳列されています。土器、青銅器、傭陶、壁画、瓦、唐三彩 等々。
土産物売り場で、380元と示してある女官傭を250元だったら買うと言うと、店員さんはだめと言います。やりとりを聞いていた客を装った主人らしき人が走り寄って「OK」と言うので、250元で買いました。顔の表情がすてきな人形です。
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外叔鼎(殷代) |
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金怪獣(漢代 凶土奴の帽子飾り) |
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唐三彩 駱駝 |
○ホテルへ
市街地のバスはワンマンバスか車掌乗車のバスです。乗車賃は市内は1元です。
停留所で、小さな子ども連れの客が乗車するとすかさず車掌が座っていた青年に向かって、「席を替わりなさい」と言います。 青年もすぐに席をゆずっています。席をゆずってもらった若い母親はとても感謝し、青年に対して気を遣っているようでした。
とても心温まる光景でした。
○夕食
ホテルのルームサービス(カレー、麺)持参食品ですませました。
○西安舞踊鑑賞 20:30~21:40 送迎バス込みで 284元(2人分)
華麗な舞、音楽、衣装、舞台装置に約1時間酔いしれました。
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西 安 舞 踊 |
帰りのライトアップされた長安城南門、三日月が印象的でした。
7日目
○朝食 ホテルレストランで。
○路線バスで
ホテル前の「瑞離門」バス停からバスに乗りました。
西安で初めて乗る冷房車です。1人2元です。冷房車は乗車賃が高いかと思っていましたが、長安城外までは2元ということです。
例により、道路横断は必死です。シルクロード起点群像の前は、人通りがあまりなく車はひっきりなしに走っています。
横断のタイミングを見定めようと暫く道路の様子を見ていたら、中国人3人が横断を始めました。その人たちの後ろについて横断を始めました。ところが、道路の中程まで来たとき、何の用を思い出したのか3人は引き返してしまったのです。私たちは道路の真ん中で立ち往生です。しばらく車の流れを観察し、車が少し途切れたところで必死で横断しました。
○シルクロード起点群像 入園料 1元
西安市街の西にあるシルクロードをテーマにした石像です。
ここは唐の時代、シルクロードへの出発地だったといいます。
石像には、彫りが深く髭を伸ばした西域商人と彼らが率いるラクダのキャラバンが彫られています。
中国人らしき顔もあります。ラクダの動き、馬の動き、人物の表情が実に躍動的でした。
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シルクロード起点群像 |
○西安城壁
市街地は城壁に囲まれています。この城壁は、1368年、元を破った明王朝が唐の都だった長安城の基礎の上に築いたものだそうです。
城壁の長さは東と西がそれぞれ2、65km、北と南が4、2km、高さ12m、底部は幅15~18m、上部は12~14m、周囲の長さは12kmあるそうです。城壁には4つの門があります。
東が長楽門、西が安定門、南が永寧門、北が安遠門とよばれています。
バスや車は簡単に城門広場に行けますが、徒歩ではなかなか行けません。道路を横断するのにいつも必死です。
バス、タクシーなどが行き交う道路を西安市民はすいすい横断していますが、初めての私たちには横断のタイミングが難しく横断は必死です。
○北門(安遠門) 入館料 10元
門の柱の一部が朽ち果てていました。木造でよくもこんなに大きな門を建造したものだと思います。ここは、外国からの使いや戦場から帰る兵士を迎えるところだったといいます。
土産物売り場で人物傭を買いました。駅前の土産物売り場ではこれと同じものが200元だったと言って500元を220元にまけてもらいました。
○昼食をとる。
昼食は北門の休息ベンチでとりました。
○興慶宮公園 入園料 6元
唐代の興慶宮の一部で、西安市民憩いの場です。
唐代の興慶宮は玄宗皇帝の5人の王子たちの御殿として造営されたものです。
玄宗皇帝が興慶宮で政務を執りはじめてから、ここは唐代の政治の中心地でした。
また、玄宗皇帝が楊貴妃と共に酒と歌舞に明け暮れ生活を欲しいままにしたところでもあります。
現在の興慶宮には勤政務本楼の遺跡や沈香亭、花萼相輝楼、長慶軒、湖などがあります。
湖は面積38haで、竜池と呼ばれています。
湖水は樹木の陰を映して非常に美しく、玄宗は楊貴妃と船に乗り、風景を観賞し、楽しい生活を送ったと伝えられています。
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興慶宮 竜池 |
○阿倍仲麻呂の記念碑
阿倍仲麻呂の記念碑は興慶宮公園にあります。
西安と奈良市の友好都市関係締結5周年を記念して、1979年7月1日に立てられたそうです。
大理石作りの美しい記念碑の高さは6.1m、碑の正面には金文字で「阿倍仲麻呂記念碑」と刻まれ、側面には阿倍仲麻呂が故郷の奈良を偲んで詠んだ望郷詩と唐の詩人李白が仲麻呂を哭す詩がそれぞれ掘られています。
仲麻呂は長安で35年間生活しましたが、祖国日本を偲ばないことはなくて、小倉百人一首で有名な短歌を作りました。
「天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に いでし月かも」
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阿倍仲麻呂の記念碑 |
○女性ドライバータクシーで唐代芸術博物館へ
興慶宮公園から唐代芸術博物館へタクシーで行くことにしました。
興慶宮公園前で客待ちをしていた女性ドライバーは芸術博物館の場所がわからない様子です。地図を見せると、地図を片手に運転しながら、親戚の娘さんが日本に留学していると話しかけてきます。
芸術博物館の場所は大雁塔のそばでした。
タクシー代は10、75元とメーターが示したのですが、「10元でいい。」と言います。「7角も払います。」と言うと「要らない。」と言って受け取りません。スムーズに案内できなかったからでしょうか。運転手の気持ちに甘えました。
○唐代芸術博物館 入館料 5元
ここの博物館は唐代の代表的な文物コピー展示場でした。
○鐘楼近くのデパートでウインドーショッピング
バスで鐘楼まで行き、鐘楼近くのデパートのウインドーショッピングをしました。
靴、化粧品、その他いろんな品物が展示してある。日本のデパートと全く同じです。地下から最上階までの吹き抜けの休息場所ではたくさんの人が休息しています。ジュースを飲み、しばし休息しました。
○ホテルで土産物購入
人物傭1体、チョコレート7箱。
人物傭一体220元とチョコ1箱100元の7箱で920元のところを日本円で1万円で購入。
ホテルでは値切ることはできないものと思っていたのですが、数日かかって値切っていたら当初の半額以下で土産物を買うことができました。
○夕食
ホテルのルームサービスですませる。
夕食後、空港での出国手続きをメモに書き留め必死でおさらいしているのに妻は知らんふりです。
彼女曰く「どうにかなるよ。」
空港税、安全チェックなど、もっとも大切な荷物の預け方などを再度確認し、就寝。
8日目 帰国へ
5:30 起床
この時刻、レストランは開いていないので朝食抜きです。
6:00 チェックアウト
この滞在期間中、何かと日本語で教えてくれたボーイさんがと記念写真を撮る。
6:30 予約したタクシーで出発。
道路は混んでいなくて割とすいすいと走ります。
途中、小学生らしい子どもたちが登校しています。
道路清掃の人が清掃に励んでいます。高速道路までも掃除しているのに驚きます。
7:00 空港到着。
空港税を払い、荷物検査、搭乗手続きと思っていると、係官は何も検査することなく指で行き先を示すばかりです。
あんなに心配したのに、何のトラブルもなく荷物を預け、搭乗手続きが済んでしまいました。
妻曰く「ほーらみてごらん、なんもなかったでしょうが。でも、出国手続き方法が再確認できて良かったたい。」
出発ロビーで待つこと約2時間。
この間、妻は中国元を円に換金するために両替所を探すがありません。西安に着いたときは両替所があったのに今日はないということで結局両替できずじまいでした。
9:40 西安空港離陸
11:30 青島空港着
(出国手続き パスポート提示 出国カード提出 健康カード提出 航空券提示)
12:30 青島空港離陸
15:40(日本時間)
福岡空港着
17:20 自宅着
念願だった西安への個人旅行。行く前は不安がいっぱいでしたが、「案ずるより産むが易し」です。思い出多い旅行となりました。
路線バス利用、そして、中国人向けのツアー参加とまさに時間持ちシルバー夫婦の旅行でした。
妻の中国語は中国人に半分程度は通じているようでしたが、中国人の言うことは早口でなかなか聞き取れないようでした。それでも、楽しい旅行、何のトラブルにも巻き込まれない旅行ができたのは妻の度胸の良さです。言葉が通じないときには、漢字で示したり、身振り、手振りで表現し、意志を相手に伝えました。
私は、ホテルや旅行社などの日本語の分かる人と会話ができたのみでした。
秦の始皇帝陵、兵馬俑、華清池、陝西歴史博物館、茂陵や乾陵、大雁塔、小雁塔、長安城壁、城門などをつぶさに見て、中国の歴史の重みを実感しました。中国の歴史を読み返そうと思っています。
街を行き交う車、そして人を見るにつけ、中国の発展には目を見張ります。車の多いこと。以前は広い歩道であったところが駐車場に変わっています。自転車専用道路だったと思われるところに車がどんどん入り込んできます。
人々の服装は全く日本と同じ。特に若い女性の服装は日本の街を歩いているような錯覚を覚えるほど。茶髪もノースリーブのきれいな娘さんもたくさんいました。
街並みの近代化が進んでいます。昔の街並みの破壊と近代的街並みの建設が同時に進行しているようでした。
中国の物価のつけ方がとても合理的に思えます。バスはワンマンが多かったのですが、市内はどこまでも1元。本当に安い。華清池までの約40kmが4元、兵馬俑まで約50kmが5元。市民が毎日の生活に使う交通費が安いことは良いことです。
反面、博物館などの入館料はが高く設定してあります。贅沢できる人には高いお金を払ってもらおうということでしょうか。
中国人の優しさにも接することができました。バスに乗るとき、行き先を書いたメモを見せ、「ここに行きますか」と問えば、なにやらつっけんどんな感じで無言で首を縦に振るだけの車掌さんが、停留所ではわざわざ「ここで降りなさい」と教えてくれます。子ども連れの母親が乗車すると、車掌が即座に若い青年に席を替われと指示します。それに素直に応じている人たちです。
仕事なのでしょうが、朝早くから道路を清掃している人がたくさんいます。
本当にすばらしい旅行ができ、妻に感謝。感謝。
近い将来、再度訪れたいものです。
今回の旅行での経費
西安までの航空券(2人分) 126,000円
ホテル代金(2人分)
54,600円
保険金 (2人分)
14,450円
航空保安特別料金(2人分) 1,840円
西安滞在費(食事代、路線バス代交通費等)
43,484円
土産代 42,430円
総計
282,804円