高級紙と大衆紙

 8月31日土曜日、いつも土曜日は交通量が少なく、静かな朝を迎えることができますが、夏休みの最終日であるこの日は、ことのほか車通りが少なく、本当に静かでした。どうしてこんなに静かなのか、それはテレビをつけたとたんに理解できました。プリンセス・ダイアナの事故死。きっとどこの家でもテレビを見ていたのでしょう。

 私がこの事件を知ったのは、だいたい7時半ごろのことでした。日本時間では、午後の3時半ですから、日本の皆さんの方が、早く事件を知っていたかもしれませんね。ちなみに、学校で生徒たちに、何時頃知ったかたずねたところ、一番早かったのは、そのとき旅行中で、パリに滞在していた生徒でした。現場近くのホテルに宿泊中だったため、午前1時頃から外を救急車やら何やらが、ひっきりなしにサイレンの音を響かせて通るようになり、何事かと思っていたら、3時頃に、ダイアナさんが事故で死んだらしいという報道がながれたそうです。

 さっそく新聞を買いにいったところ、何種類もの新聞を抱えたおじさんとすれ違いました。ニュースエージェント(新聞だけでなく、雑誌やお菓子などいろいろなものを売る店で、駅前などにあります。)の中には届けられたばかりの新聞が何種類も無造作に置いてありました。私も何種類か買って帰りましたが、どの新聞も、この時点ではさすがに詳報はなく、簡単な事実のみを伝えておりました。大衆紙のしつこい取材に追いかけられた末の事故とのことですが、この出来事により、各大衆紙が空前の売上を記録したことは、誠に皮肉と言うほかありません。そこで今回は、その英国の大衆紙について取り上げたいと思います。

 英国の新聞で良く知られているものといえば、タイムズ紙があります。その記事の正確さ、論評の堅実さから、英国国内ばかりでなく、海外でも評価が高いことは有名です。他にもガーディアンやインデペンデントなどがあり、これらが日本で言えば読売、朝日、毎日などにあたる高級紙の大手です。

 日本の新聞は、実際にそうかは別として不偏不党をうたい文句にして、公正な報道を目指しています。しかし英国の高級紙は、自分の政治的立場というものをはっきりさせ、ある政党寄りの報道を各紙がおこなっています。先の新聞を例に取れば、タイムズは保守党寄り、ガーディアンは労働党寄り、インデペンデントは比較的中立とみられています。新聞の購買者は自分の意見に最も近いと思われる新聞を各自購入するわけで、持っている新聞を見れば、その人の支持政党も推測できます。このように、旗幟を明確にすることにより、各紙は固定購買層をしっかり把握しており、経営の安定に寄与することにもなっているようです。一方では、新たな購買者の拡大という点では、デメリットになってしまいます。山高きがゆえに貴からずとでも言いますか、発行部数の多さイコール新聞の格の高さという考え方は英国では一般的でなく、各新聞社とも少ない発行数で泰然としています。 このような状況の隙間を埋めて発行部数を伸ばしてきたのが、サンやミラーなどのタブロイド版(高級紙の半分のサイズ)大衆紙です。こちらは、高級紙に比べますと、かなり興味本意の編集で、記事の正確さよりも、い かに大衆を引き付け、部数を伸ばすかという点にやっきになっています。日本のように、新聞配達のシステムのない英国では、こうした大衆紙の定期購買者は少なく、一般の人々は、通勤途中の駅の売店や、買い物のついでにおもしろそうな新聞を選んで買っています。そうなりますと販売部数躍進の鍵を握るのは、店頭に並べたときに、人々の目につきやすい、第一面のトップ記事の見出しや写真ということになります。

 日本では新聞に取り上げられるというと、確度の高い情報と考えますが、こうした大衆紙ではそれは二の次、まずは大衆の興味を引く話題作りが先行してしまいます。(実際、『死霊の住む家』だとか、『呪われた一家』といった、眉唾な記事が堂々と紙面を飾っているのです。)そんな努力?のせいで、今では、最大部数のサン紙などは三百万部とも四百万部ともいわれており、高級紙の発行数を大きく引き離しています。(ちなみに、タイムズの発行部数は、せいぜい六十万部止まりです)大きな事件のない時など、新聞の記事とは関係のない女性のヌード写真が、大きく一面を飾っていることも珍しくありません。ダイアナさんをはじめとする王室は、一般の人々の興味を引くものとして、恰好の題材であり、しばしば第一面をにぎわせてきました。時には写真やビデオテープの捏造が行われるほどエスカレートしていました。もちろん、このような現状への批判は度々ありましたが、それが大きな声になる前に、流されてきたように思います。

 結局、大衆紙の過激な報道合戦を支えてきたのは、王室好きかどうかはともかく、王室の話題好きな多くの読者であり、今回のような事件がおきて、直接ではないにしろ、自分も加担していたことになるのかなという寝覚めの悪さは、けっこう多くの人が感じているようです。

 英国の良識とも言える高級紙、しかしその新聞が、多くの人々に読まれてはおらず、一部のインテリの間にのみ良識が共有されていることにも問題の根があるように思います。高踏に満足せず、部数を広げる努力も必要なのかもしれません。

 

街の様子の近況報告 

 ダイアナさんの事故死の後のフィーバーぶりは、日本でも報道されていることと思います。実際に、バッキンガム宮殿やケンジントンパレスに置かれた花束や、メッセージの数は、すさまじいものがあります。花屋では、とにかく花でありさえすればどんな花でも飛ぶように売れ、記帳コーナーには人々が長蛇の列を作っています。彼女が皇太子と暮らしたケンジントンパレスでは、特に記帳の列が長く、8時間並んでようやく書くことができた人もおります。並んでいる人々のために、ダイアナさんと一緒に亡くなったドゥディ・アルファイドさんの父親が経営するハロッズ百貨店が、温かい紅茶の差し入れもしています。もちろん、ハロッズ百貨店の方にも、多数の花束が捧げられており、記帳の人の列も途絶えることがありません。こちらの方は、ドゥディさんがエジプト人であることを反映して、アフリカ系の人の訪問が多い傾向が見られます。

 葬儀の様子を衛星中継で御覧になった方も多いと思います。私もテレビで見ていましたが、バッキンガム宮殿からウエストミンスター教会まで、棺の後をチャールズ皇太子らとともに、ダイアナさんの子供である二人の王子がつき添って歩いていました。特に、15歳になる長男のウイリアム王子は、道中ずっと下を向いたままだったのが印象的でした。 15歳といえば、感受性の強い年頃です。離婚後新しい恋人と、ああいう死に方をした母親を、世界中の人々が見ている中、送らねばならなかった王子は、あの時、世界で最も不幸な子供のひとりだったと思います。せめて、寄宿生活を送っている学校での、充実した生活が、その心の傷を癒してくれる事を祈らずにはいられません。

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