教育事情紹介(学校視察とストライキ)

 昨年の後半、ある学校に関するニュースが、英国のマスコミをにぎわせました。一時、テレビや新聞でこの学校を取り上げない日はなく、全国の耳目を集めたのです。その学校は、ウェストヨークシャーのThe Ridings Schoolというアッパースクールで、(日本で言う中学校と高等学校が一緒になったような学校です)事の発端は、ここの学校の教師42人が、61人の問題行動の多い生徒の追放(退学)を求めてストライキの決議をしたことに始まります。教師のストライキ権が認められている英国では、給与などの待遇改善を求めるストライキはたまにあるのですが、この学校のように、大量の生徒の退学を求めてのストライキとなるとさすがに前代未聞で、みんな驚いたようでした。

 事件を詳しく説明する前に、少々背景を補足して述べますと、英国の学区制は、日本の義務教育における学区制に比べて、その運用が弾力的で、生徒が別の地区の公立学校に入学を希望する場合、受入先の学校長の許可があれば、転入学ができることになっております。(もちろん、自分の住んでいる学区の学校には、無条件で入学できます)実際にそうして越境して通ってくる生徒はたくさんいるのですが、その理由は生徒によりさまざまです。ある生徒は、より良い学習環境を目指してA校からB校に転入してきます。またある生徒は、問題行動の結果、B校を退学処分になり、A校に転がり込むといった具合です。こうした現象が続けば、

  @A校=問題生徒の多い学校。

  AB校=学習に熱心な生徒の多い学校。

ということになり、教育に関心のある親は、自分の子供をB校に入れようとし、A校に入学する生徒の数は減少してしまいます。

 ここで問題になるのが、A校の学校予算です。英国の公立学校は、在学している生徒の人数に応じて配分されることになっており、このままではA校の予算は減らされ、教育設備の充実が計られなくなってしまいます。そこでA校の校長は、やむなく他の地区を追われた、問題行動の多い生徒を受け入れることで、生徒数を増やし、予算を獲得することになります。この結果、A校とB校の格差はさらに広がり、新たな生徒の移動を招くことになってしまいます。この悪循環の繰り返しにより、地区の問題校と目される学校の中にはThe Ridings Schoolのように、理想の教育とはかけ離れた、惨憺たる現実に苦しむ所も出てくるのです。

 では、子供を持つ親たちは、どのようにして問題校と優秀校とを見分けるのでしょうか、これが実に簡単。新聞の全国版に出るのです。それも教育省発表の資料としてです。

 英国にはスクール・インスペクションという制度があり、公立学校に対してスクール・インスペクター(視学官とでも訳せばいいのでしょうか)が学校の現状をチェックしに来ます。これは抜き打ちではなく、あらかじめ当該校に(何と数年前に!)インスペクションの実施を連絡しておくものです。いざインスペクションともなると、数人のインスペクターが、膨大な項目のチェックリストを持って現れ、約2週間に渡って徹底的に学校のすべてをチェックしていきます。そしてこれが一般に公開され、その学校のランク付けに利用される訳です。これだけの長期の調査ですから、前日に徹底的にそうじをするといったたぐいの付け焼き刃では、何の役にも立たず、すぐに実態を見抜かれてしまいます。もちろん、大がかりな調査ですから、ひとつの学校をしょっちゅう行なうわけにはいかず、せいぜい数年、あるいは十数年に一度順番がまわってくるのです。逆に言えば、今回のインスペクションの結果が、それだけ長期に渡って影響をもたらすことになります。

 今年の1月に、アクトン地区にあるハイスクールを訪問しました。そこでは今年の5月にスクール・インスペクションが実施されることになっており、廊下ですれ違う先生方が、一人の例外もなく、全員そのことを話題に、私たちや同僚の教師に話しかけて来ることに、驚かされました。日本と違い、教師は勤務先の学校の異動がなく、スクール・インスペクションの結果は、その教師の残りの人生を左右しかねない場合もあり、自然と指導に熱が入るようです。

 さて、例のThe Ridings Schoolはと言いますと、事件の前年に、地域の問題校2校を統合し、新たな場所に新校舎を造って出発した新設校でした。当初は意欲に燃えていたであろう教職員たちも、厳しい現実の前に打ちのめされた、前述の結果になってしまったのです。(ちなみに、ある学校では持ち物検査をしたところ、100本ちかいナイフが、生徒から押収されました。またある学校では、生徒同士のけんかの仲裁に入った校長先生が、生徒にナイフで刺され、死亡するという痛ましい事件が起きました。どちらもごく最近の出来事です。)

 事態を重く見た英国の教育省は、臨時のスクール・インスペクションを行ないました。その結果、

 ◯現状は、コントロールできない現状に来ている。

 ◯教師の教育方針にも問題があり、教師として不適格な者もいる。

 ◯問題の核となっている生徒は12名である。

という見解が発表され、生徒に対しては退学、不適格とされた教師に対しては退職が勧告されました。

 ここ英国の教育現場でも、校内暴力といじめは深刻な問題となっており、このことを、教師による体罰の復活とからめて考える人もおります。英国では伝統的に、教師の鞭による体罰が認められていたのですが、それが10年前に禁止され現在に至っております。ある調査では、3分の1の親たちは適度な体罰の復活を望んでいるとの結果が出ています。保守党のメイジャー首相は、自身が幼少のころ、教師から理不尽な体罰を受けた経験があり、そのことの心の傷の大きさを訴え、体罰の復活を認める意志の無い事を言明しています。労働党のブレア党首は、教育の荒廃は、基礎学力の不足から来ているとして、生徒たちへの宿題を義務づけるための、法律を作る準備があると述べています。(1年生に対しては30分、7年生以上は1時間30分以上の宿題を、教師は毎日出すのだそうです。)さすがに、この法律案に対しての街の反応は冷めたもので、賛成の声は多くはありませんでした。関係者の地道な努力と信頼回復だけが、現在取り得る最良の方法のようです。

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