最後のバスビーベイブス
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| 世界中が注目した1999年のトヨタカップは、ヨーロッパクラブ選手権の覇者であり、ヨーロッパ代表のマンチェスターユナイテッドが勝利をおさめ、クラブチーム世界一の座に着きました。 若手の台頭により、黄金時代を築きつつあるM.Uですが、何しろ歴史のあるチームですから、過去にも強い時代がありました。 1958年の第1期黄金時代。このチームは、ヨーロッパナンバー1のクラブチームを決めるヨーロッパクラブ選手権に出場し、準々決勝を勝ち抜き、ベスト4進出を決めました。しかしその直後、『ミュンヘンの悲劇』 として有名な、帰途の飛行機事故により、一挙にレギュラー陣のうち、8名の命を失い、1名が後遺症で引退に追い込まれることとなり、たった一夜にして消滅してしまいました。このチームを手塩にかけて育てた監督のマット・バスビーの落胆は計り知れないものがあります。 この時生き残った、ビル・フォルケスとボビー・チャールトンの二人の選手は、その後のM.Uを支える二本の柱に育っていきます。そして10年後の1968年、彼ら最後の『バスビーベイブス』(バスビーの子供たちという意味です。いかにマット・バスビーが、選手たちと気心の知れた関係を作っていたかがわかります。)と若手のジョージ・ベストらの活躍もありM.Uは第2期の黄金時代を迎えました。因縁のヨーロッパクラブ選手権を順調に勝ちあがった彼らは、ついに決勝戦でも勝利をおさめ、念願のヨーロッパの王座についたのです。 この写真はそのときの決勝戦と準決勝のパンフレットです。 この話を詳しく知りたいと言う方は、こちらにどうぞ。PDF文書があります。 (ちょっと長いけどすみません) |