神智学大要 第1巻 エーテル体 第16章 死
 

プラーナを伴ったブッティ質料より成る生命網は死亡と同時に、それまで絡み合っていたところの肉体を構成している濃密な物質質料から抜け出て、心臓の中で恒久原子の廻りに固まる。
すると、恒久原子と生命網とプラーナとはスシュムナ・ナディを上昇して脳の第三室に入り、そこから頭頂骨と後頭骨との縫合部に至り、ついにそこから肉体の外に抜け出る。
しかし、生命網は生まれ変わって新しい肉体ができあがる時期までは前期の物質恒久原子を包み込んでコーザル体の中にずっととどまっている。
エーテル複体が去り、それと共に当然プラーナが離れてしまうと、今まで完全な統一体であった肉体は瓦解して、てんでばらばらな細胞の単なる集団と化してしまう。
ばらばらになった各細胞自体の生命はしばらくは続く。エーテル複体が退いた瞬間、したがってまたプラーナの循環が止んだ瞬間、下級生命すなわち各細胞は暴走して、それまでは明らかに有機体だった肉体を破壊し始める。
かくして肉体は、全体としては死んだがその個々の構成単位は生きている・・・。
この複体が離脱する間、そしてまたその後、人は自分の過去よりの全生涯を自分のエゴ(魂)の前に急速に繰り広げて見せつけられる。
今まで秘めてきた記憶の隅々から、秘密という秘密が絵巻物のように次から次へと展開するのである。
この時間にして僅々数秒の間にエゴはその全生涯をいわばふたたび生きるのである。
彼は数々の成功と失敗、数々の愛と憎しみを見、そのすべてを支配してきた傾向を見、自分の全生涯を支配してきた考え方が浮き彫りにされ、死後の生活の主な部分を送ることになる界層が明らかとなる。
プラーナは肉の身の死とともにすべてを回収し、肉体よりの離脱とともにその一切を、一切の受け入れ手である「知る者」(魂)へと手渡すのである