ミツバチ失踪の謎 自然界が発した警告か 不気味な異変    47NEWSより転載

 【神戸新聞のコラム】 海外児童文学に「みつばちマーヤの冒険」という作品がある。ミツバチが退屈な日々から逃げ出して新しい世界を体験する物語で、かつてテレビアニメで人気を博した
 ◆マーヤを思い出したのは「米国でミツバチの大量失踪(しっそう)」といったニュースがしばしば伝えられているからだ。…
 ◆主因は受粉用セイヨウミツバチの供給難である。女王バチを主に輸入している豪州での伝染病が影響したためだ。しかも日本で働きバチの失踪が疑われる報告もあるという。広がれば供給減に加えてダブルパンチだ
 ◆大量失踪は原因が何であれ、異変には違いなく、不気味である。自然界が発した何かの警告のようにも思えてくる。…(2009年6月1日付「正平調」)全文はこちら

 【あるユーザーからのコメント】 「姿が見えないのは、ミツバチだけじゃないよ。ほかの昆虫も、今年はあまり見かけない気がするよ。例えば、ブルーベリーの花には、毎年多くの昆虫が来るが、今年は、昆虫があまり来なかったよ。何か変だよ。」(匿名、2009年7月6日)

 【秋田魁新報のコラム】 働き者のミツバチたちにどうも元気がない—。この春、県内の養蜂(ようほう)家が首をかしげた。何よりハチの個体数が昨年あたりから減り始めているという…
 「おかしい。はちみつの量も昔に比べだいぶ減った」。養蜂歴60年以上の男性がつくため息は深い。「見えないところで何か起きているのではないか。それとも働き過ぎ、ストレスのせいだろうか」…(2009年5月18日付「北斗星」)全文はこちら

 【琉球新報のコラム】…農作物の受粉に利用するミツバチが全国的に不足し、県養蜂組合は県産ミツバチを増産する方針を固めた(4月30日付1面)。主要輸入相手国のオーストラリアで感染症が流行し、輸出が停止されたことが不足の原因
 ▼世界各地で一夜にしてミツバチがいなくなる「蜂群崩壊症候群」といわれる現象が起きているようだ。環境の変化、ストレス、伝染病、原因はよく分かっていない
 ▼温暖な気候でミツバチの生育に適している沖縄が注目されている。沖縄産のミツバチが全国の農園で飛び回ることを想像するだけで夢が膨らむ。ミツバチは受粉だけではなく、はちみつやプロポリス、ロイヤルゼリーなど有用生産物も生み出す(2009年5月1日付「金口木舌」)全文はこちら


 【神奈川新聞のコラム】 円形ダンスに尻振りダンス。授業で学んだミツバチのダンスは、子供心に驚きだった。蜜(みつ)の場所が近いか、遠いか。蜜は甘いか、それほどでもないか。情報をダンスで仲間へ伝達していくミツバチの世界は、複雑な人間社会を思わせた
 ▼そのミツバチに異変が起きている。大量死などで農作物の受粉を仲介するセイヨウミツバチが全国的に不足し、県内でもスイカ、メロンなどの栽培に影響が出ている。数万匹で構成する群れが崩壊したケースもある。県外ではミツバチの盗難事件まで起きた…
 ▼ミツバチの減少は地球規模で起きている。米国では大量失踪(しっそう)によって農家が大打撃を受けた。ハチなど花粉を運ぶ昆虫の作物への貢献は、世界で年間約二十四兆円の働きに相当するとの研究結果もある。ミツバチに何が起きたのか。「ハチの一刺し」では済まない、深刻なミステリーだ。(2009年4月27日付「照明灯」)全文はこちら


 【河北新報のコラム】 …働きバチになるか女王バチになるかは、幼虫時代に与えられる餌次第。女王バチは一日2000個もの卵を産み群れを形成、維持する。高度な共同生活は人間社会を思わせるが、役割分担はより厳格だ…大量死は欧州などでも起きている。最も進化した昆虫社会の異常。時代のひずみへの警鐘なのか。(2009年4月25日付「河北春秋」)全文

 【福島民友新聞のコラム】  野菜や果物生産に必要な花粉交配用のミツバチ不足が深刻だ。本県ではイチゴ栽培で影響が出ているという▼ミツバチは女王バチ1匹、多数の働きバチ、少数の雄バチで群をつくるが、一昨年から女王バチの輸入が止まり、不足の主な原因となっている。このほか寄生ダニやウイルス、農薬による被害、地球温暖化なども原因とされている…
 ミツバチ不足は環境悪化に対する人間社会への一刺しのように思えてならない。(2009年4月18日付「編集日記」)全文

 【熊本日日新聞のコラム】 …植物はハチのためにみつをつくるわけではない。子孫を残すため、昆虫に花粉を運ばせようと誘っている。そして人間様は、そのどちらからも「恩恵」をいただき生活している
 ▼ところが最近、全国でミツバチが大量に死んだり、姿を消す“事件”が相次いでいる。農水省が調査したところ、熊本など二十一都県でミツバチが不足していることが分かった…
 ▼真偽は定かではないが、アインシュタインの予言と言われるものがある。「もしハチが地球上からいなくなると、人間は四年以上は生きられない」。口に入る食品の三分の一はミツバチの助けを借りたものだというから、あながち大げさでもないようだ…(2009年4月14日付「新生面」) 

【写真】メロンの花のみつを吸う花粉交配用ミツバチ(千葉日報)

 【山陽新聞のコラム】 海の向こうの米国で起きていたミステリーが、日本にも波及したのだろうか。農林水産省は、農作物の受粉を仲介するミツバチが二十一都県で不足しているとの緊急調査結果を発表した。
 米国ではここ十年ほど、ミツバチの「謎の大量失踪(しっそう)」が問題になっている。日本でも同様の現象が見られ始めたのは昨年ごろからだ。
 農水省が今月、全都道府県を対象に調べた結果、ミツバチ不足の地域と影響がある主な作物は、岡山や香川のイチゴ、山形のサクランボ、宮崎のスイカなど全国に広がっていることが確認された。…(2009年4月14日付「滴一滴」)全文はこちら



東京新聞より転載

ミツバチ異変 自然の警鐘か

2009年4月21日

 夏が旬のスイカやメロンなどの果物や野菜を受粉するミツバチの不足が深刻化し、一部で生産コストが上がり始めている。主たる原因はオーストラリア産の女王バチの輸入停止とする説が有力だが、米国では3年前から巣箱から働きバチが失踪(しっそう)するミステリーも話題となった。自然界のバランスの崩壊を指摘する声もある。ミツバチの世界に何が起きているのか。 (野呂法夫)


山田養蜂場のHPから転載

---------ある日、巣箱を開けると中にいるはずの何万匹ものミツバチが忽然と姿を消している。女王蜂と幼虫と大量のハチミツは巣に残されたまま、そばにはミツバチの死骸さえ見当たらない--------
 忠誠心に富み、組織を大切にするミツバチの習性からは考えられないこの衝撃的な現象がいま、世界中で起きています。蜂群崩壊症候群(ほうぐんほうかいしょうこうぐん)またはCCD(Colony Collapse Disorder)と呼び、2007年春までに欧米では4分の1のミツバチが消えたとも言われています。1960年代に環境問題を告発した生物学者レイチェル・カーソンの著書「沈黙の春」に書き記された警告は、いま現実のものになろうとしています。原因は諸説ありますが、ミツバチの死骸も消えているため、実体を調べることもできず、未だ原因は究明されていません。
 もしミツバチがいなくなったら人間の生活がどんなに困るかということは、いままであまり知られていませんでした。しかし、この問題が地球上で深刻になるにつれ、ミツバチの恵みはハチミツだけではなく、私たちがふだん食べている農作物がミツバチにどれほど頼っているかが知られるようになりました。イチゴも、さくらんぼも、リンゴも、スイカも、かぼちゃも、キュウリも、花から花へ飛びまわるミツバチの受粉によって生まれます。これを「ポリネーション」(花粉媒介)と言います。もしミツバチがいなくなったら、毎日の食卓で何気なく食べている多くの果物も野菜も、自然には実らなくなってしまいます。私たちが思っている以上に、人間はミツバチの花粉媒介の恩恵を受けて毎日を生きているのです。また、果物や野菜などの農作物に限らず、地上に大気を供給し、気象を安定させている地球上の膨大な種類の植物のかなりの部分は、ミツバチたち、訪花昆虫の花粉媒介によって命の鎖をつないでいます。このような微妙な生態系のバランスが崩れたとき、命の鎖は途切れ、共に人間も滅びていく運命が待っているでしょう。これは、大げさな話ではありません。人間もまた、生態系の、大自然の一部にしかすぎないということを私たちは決して忘れてはならないと思います。

私たちの、ミツバチを呼び戻す研究がスタートしました。

 現在進行中のミツバチの失踪と減少は、生態系全体に重大な影響を与える地球規模の問題です。私たち山田養蜂場は「みつばち健康科学研究所」にて蜂群崩壊症候群を解明するための研究を進めると共に「みつばち研究助成基金」を設立し、この問題の解明と解決に取り組む研究者への助成をスタートさせております。原因究明にはまだ至りませんが、人間が自然に介入し、不自然な手を加えてきた歴史をいま一度見つめ直し、これから進むべき道を模索することが不可欠だと考えています。
 私たちの文明は、農業を基盤として成り立つものです。農業(アグリカルチャー)は「耕す文化」ですが、人間は近年、農業本来の「自然の声に耳を傾けながら耕す」という謙虚さを忘れ、自分たちの都合により地球を破壊し続けてきました。自然界の多くの命と関わる農業のあり方は、人間の生き方そのものが問われるのです。山田養蜂場の原点である養蜂(アピ・カルチャー)は農業の一つでありながら、自然やミツバチと共に生きる「共生の文化」です。自然環境も、家畜としてのミツバチも、そして我々人間も、ポリネーション(花粉媒介)などの大自然の営みにより、共に生きて初めて恩恵を受けることのできる「共生の文化」だと考えています。だからこそ、私たち山田養蜂場は、ミツバチから学んだ自然との共生という理念の下に、様々な活動を行っているのです。子どもたちの世代に、チョウやミツバチの飛びまわる自然環境を残していくために、自然と共生する養蜂文化を守り育てていくことが、私たちの使命だと考えています。


2009年05月11日 (月)視点・論点 「ミツバチ異変と動的平衡」

青山学院大学教授 福岡 伸一

ミツバチに異変が起きています。昨年らい、日本中の農家から「ハチが足りない」という悲鳴があがっています。農水省の調査によれば、平成19年、3万9千あったミツバチの群れは、20年には5千以上も減少しています。価格も上昇し、東京都世田谷区ではミツバチが巣箱ごと盗まれる事件まで発生しているということです。 

ミツバチといえばすぐに私たちはハチミツを思い出します。しかし、今、問題になっているのは、意外なことにハチミツを採るミツバチではないのです。スイカやメロン、イチゴなどの果実あるいは野菜を効率よく実らせるための、花粉の媒介役として、ハチたちが非常に広範囲に利用されているのです。 

ある場所で野菜のビニールハウスを見学したときのことでした。わたくしは、ハウスの隅に小さな段ボール箱が置いてあるのをみつけました。怪訝に思って近づくと、たくさんのハチたちが箱の穴から忙しく出入りしているのでした。

 つまり、現在、ハチは、箱入りの物品として、あたかも肥料や農薬のように便利に売り買いされているのです。そしてある意味で工業化した現代農業における、ひとつの歯車として使い捨てされているわけです。 

ミツバチ不足の背景を探ってみますと、世界規模でハチの群れに何らかの異常が起きていることが分かります。主な輸入もとだったオーストラリアのミツバチに伝染病が発見され、現在輸入が禁止されています。日本国内の生産地でもハチの大量死が起きています。一方、アメリカでは、ハチ群崩壊症候群と名づけられた、ハチの奇妙な大量失踪が報告されています。ウイルス病だという説、ダニなどの寄生虫説、あるいは農薬による中毒説などが取りざたされていますが、いまだ真相はつまびらかではありません。

 近代農業のもとで、ハチたちは品種改良がかさねられてきました。おとなしく、人を刺さない、それでいて効率よく受粉作業をこなすハチの品種が、極端なまでに均一化されてきたのです。

 これは生物学的に見ると、非常に脆弱な状況といえます。ちょっとした病気や環境変化などのかく乱要因が来ると、均一な系はたちまち破綻をきたします。

 生命現象を、私たちはよくメカニズムという言葉で説明しようとしますが、実はそこにあるのはメカニズムではありません。そこにあるのは機械論的な因果関係ではなく、もっと動的なものです。

 そこでは、非常に多くの要素が絶え間なく動き、連携し、変化しながら、互いに律しあい、全体として均衡をとり、恒常性を維持する、そして、干渉やかく乱に対して復元する力を発揮します。私はこのような仕組みを動的平衡と呼んでいます。動きながらバランスをとるという意味です。生命、自然、環境はすべて動的な平衡状態にあるといえます。

 動的な平衡状態に対して、局所的に、ピンポイントで、何かを操作したり、組み替えたりするとどのようなことがおきるでしょうか。操作の直後は、確かに、その部分の効率が上がったように見えるでしょう。しかし動的平衡は、押すと押しかえしてきます。沈めようとすると浮かび上がろうとします。部分的な介入はやがて動的平衡全体に波及し、平衡が乱れたり、あるいは逆襲をうけることになります。部分的な効率化は、決して全体の幸せにつながることはないのです。

 

ハチの異常の話を聞いて、私はすぐにあることを思い出しました。狂牛病の問題です。

 

狂牛病は、食物連鎖という、自然界のもっとも基本的な動的平衡状態を人為的に組み換えたことによって発生し、その後、複数の人災の連鎖によってこの地球上に広まったものでした。

 

乳牛は、ミルクを搾り取るために妊娠されられ続けます。生まれてきた子牛たちが飲む余地はありません。子牛たちを、できるだけ早く、できるだけ安く、次の乳牛に仕立て上げるために、安価な飼料が求められた。それは死体でした。病死した動物、怪我で使い物にならなくなった家畜、廃棄物、これらが集められ、大なべで煮られ、油を濾し取ったあとに残った肉かす、いわゆる肉骨粉が餌としてあたえられました。つまり草食動物である牛を、効率化のために肉食動物に変えてしまったのです。そして原料の死体に病原体が紛れ込んでいました。それだけではありません。安易にも人々は、肉骨粉の製造コストを節約するため、原油価格が上がると死体の加熱時間を大幅に短縮しました。こうして、羊の奇病であるスクレイピー病が、牛に乗り移り、その牛を食べたヒトにも飛び火していったのです。牛が草を食べるのは、自然界の中で自分の食べるものを限定することによって生態系全体の動的平衡状態を維持するため、38億年の進化の時間が選び取ったものです。それを効率の名のもとに、部分的に組み替えたため、動的平衡から逆襲をうけた。それが狂牛病の教訓でした。

 

私は、ハチの異常に同じ危惧を感じます。

 

そもそもハチは、自然界において受粉の道具として存在しているのではありません。昆虫と植物は一対一の利害関係にあるのではなく、複雑な食物連鎖網の結び目のひとつとして、生態系全体に組み込まれています。つまり、昆虫と植物の共生関係はもっと大きな動的平衡状態の中にあります。

 

にもかかわらず、その中で、ハチは人間の都合だけで効率的なツールとして極端なまでの道具と化してしまったのです。

 

動的平衡状態は、その内部にできるだけ多様な生命が相互に関係しあっていることによって維持され、また干渉やかく乱に対する回復力を保っています。近年、生物多様性が地球環境問題の重要課題として注目されるようになっています。その理由は、多様性が、単に生命の可能性を担保しているというだけではないのです。生物の多様性こそが、動的平衡を支える大きな力のみなもととなりうるから、重要なのです。

 

狂牛病をこれ以上拡大しないために私たちは何をすればよいでしょうか。それは実は単純なことなのです。牛を正しく育てればよい。つまり牛を本来の草食動物として育てればよいのです。

 

現在、大きな問題になっているインフルエンザの問題の本質もまた、私たちの生命観を問い直しているように思います。ウイルスが次々と変化を起こし、新型のインフルエンザが発生しつづけるのは、私たちがトリや豚をあまりにも集約的に飼育しているからです。ウイルスに、進化の実験場を与えているようなものだからです。

 

ハチの謎の失踪や大量死は、ある意味で、いきすぎた効率思考への、文字通り、イエローカードのようなものではないでしょうか。

 

多様性のない世界の脆弱さに気づくこと、そして、近代社会が単純化しすぎた機械論的な生命観、自然観を、動的平衡の観点から考える。そのような思考の転換を求める警鐘ではないか。そのように私は受け止めたいと思っています。