「比較宗教学」(著者 湯田 豊)より転載

ハンス・ヨアヒム・シェップスによれば、イスラム教は「遵守の宗教」である。その中心にあるのは、言うまでもなく、コーランによって要求される律法である。
イスラム教徒は律法を神の命令として忠実に履行する義務がある。人間が神の意志に服従・帰依することが、人間にとってただ一つの自由な行為である。
イスラム教においては、「信仰」とは単なる宗教上の心情を指すのではなく、人間が自己の宗教上の義務を忠実に履行することを意味する。ここでは、思考ではなく行動がすべてである。
イスラム教においては、神の存在は決定的な事柄である。しかし、神の存在は何によって確立されるのであろうか?ここでも神の存在を証明するただ一つの方法は、神自身が行為をするということである。神の行為が、すなわち、神のただ一つの証である。
イスラム教においては、神のいしへの絶対帰依がすべてである。そして、この神に対する信仰は人間の宗教的な行為によって証明されなければならない。
イスラム教においては、5つの基本的な信仰の柱が知られている。信仰告白、礼拝、断食、喜捨および巡礼が、いわゆる「イスラムの五基」である。
信仰告白は二つの部分から成る一つの文章である。−−アッラー以外には如何なる神もなく、マホメットは神の遣わした使者である。・・・・。
「イスラムの五基」にもう一つ追加するとすれば、それは「コーラン信仰」である。コーランは、キリスト教におけるイエスの人格に相当する。この宗教においてはコーランの読誦は何よりも重要な行為である。