「比較宗教学」(著者 湯田 豊)より転載
日本に生まれ、外国の影響を受けずに成立した宗教は神道(神の道)である。
神道はヒンドウー教と同じように創始者をもたず、如何なる教義の書も知らない。
そして、この宗教は来世のこととは何のかかわりもなく、この世の事柄だけを扱う宗教である。
神道の関心はこの世にだけ向けられ、家族および民族共同体の運命だけが重んじられる。
神道は、すくなくとも最初期の段階においては、古代ギリシャ、ローマおよびゲルマンの民族と対応する。
神道のなかには日本の国民感情が露わになっている。日本人は不可避的に、彼の所属する氏族と彼の民族の共同体のなかに組み込まれている。
メンシングは、日本の神道のことを「神聖な国家および家族共同体の宗教」と呼んでいる。メンシングはさらに続けて次のように述べているーー仏教がその多数の宗派とともに本来の個性的な日本の宗教になったのに、神道は国の制度と義務を神聖化するのに役立っていると。
神道においては、太陽の女神天照およびこの太陽の女神の子としての天皇が神として崇拝される。
神道は三つの時期に分けられる。初期は、552年ないし538年に仏教が伝来するまでの期間である。これが古神道である。
第二期は、552年ないし538年から1868年までの期間である。この時期には神道は仏教と混淆した。1868年以降においては神道の改革が行われ、神道は日本の国教となった。最後の段階の神道をわれわれは天皇崇拝と呼ぶことができる。天皇を神とみなして崇拝するというのが国家神道の中心思想である。
1945年に、当時の連合国の最高司令官マックアーサーによって天皇の人間宣言がなされたが、日本のナショナリズムはとにかく店の崇拝を何らかの形で保持して今日に至っている。日本の国家と神道は、目に見えないところで深く結びついているように思われる。