私たちが住むこの世界は第六天の魔王が支配する国土である。一切衆生は久遠の昔から、ずっとこの魔王の家来であり領民であった。地獄から天界までの六道を25種に分けて、その牢の中に一切衆生を入れるだけでなく、妻子という足枷手枷をかけ、父母や主君という権威や力の網を天に張り、貪じん痴という煩悩の酒をのませて仏性という本心が目覚めないように騙している。ただ悪の行為だけを酒の肴として勧めて、三悪道の大地にごろごろと横たわらせている。そしてたまたま善の心を起こす者があればその邪魔をする」 
                                           日蓮大聖人  (「兄弟抄」御書1081ページ 通解)


第六天の魔王は、法華経の修行によって仏の境涯を得られるものが出たことを見て、驚いて言う。何と嘆かわしいことか。この者がこの国に住んでいるなら、彼自身が生死の迷いと苦を離れて仏になってしまうこと、そのことは置くとして、彼は一つには人を導くであろうし、また一つには此の国土を押さえ取って、私のこの国土を浄土とするであろう。どうしたらよいであろうか。
 第六天の魔王はこのように考えて、欲界・色界・無色界という三界の一切の眷族を招集し、命令して言う。それぞれ、自分の能力に応じて、あの行者を悩ましてみよ。それがうまくいかないならば、彼の弟子や檀那、また社会の人々の心の内に入り込んで、その行者を諫めたり、脅したりしてみよ。それでもだめなら、私自ら三界に降りていって、国主の心身に入り込んで、国主に成り代わって脅してみれば、どうして止めさせられないことがあろうか。このように皆で打ち合わせをするのである。
                                           日蓮大聖人 (「三沢抄」御書1487ページ 通解)

人間とは、わたしたちが宇宙と呼ぶ全体の一部であり、時間と空間に限定された一部である。わたしたちは、自分自身を、思考を、そして感情を、他と切り離されたものとして体験する。意識についてのある種の錯覚である。
この錯覚は一種の牢獄で、個人的な欲望や最も近くにいる人々への愛情に私たちを縛り付けるのだ。
私たちの務めは、この牢獄から自らを解放することだ。それには、共感の輪を、すべての生き物と自然全体の美しさに広げなければならない。実質的に新しい思考の形を身につけなければ、人類は生き延びることができないだろう。

                                                      アインシュタイン