宿命転換 聖教新聞から引用
一般的にも「避けることも変えることもできない運命的なもの」を表現する言葉として用いられる「宿命」−。
仏教では、自分自身の善悪の行為の影響力が、自身の生命に刻まれて因(原因)となり、未来の果(結果)が定まるという、因果による業思想を説きます。
自分自身の運命の形成も、また運命からの解放も、あくまでも自分の意志と行為によると捉えるところに「内道」である仏教の特徴があります。
ただし、一般の仏教では「業の報いは避けられない」ということに力点を置くあまり、ともすると、業の重さそのものに人間が縛られてしまいかねません。ここに従来の仏教で説く「宿業論」の限界があります。
これに対して日蓮大聖人の仏法は「宿命は必ず転換していける」と説く希望の宗教です。「因果」の根幹に「妙法の因果」を説いているからです。
宇宙と生命を貫く根本法則に基づいた「妙法の因果」によって、過去からの罪業を消滅し宿命の苦悩を乗り越えていけます。いわば「太陽が昇れば、空の星の明かりが見えなくなるように」通常の業報からの苦悩を免れることができるのです。
すなわち、いかなる宿命も今世で転換していけるとの希望の法理が明かされています。