諸法実相 「法華経の智慧」「やさしい生命哲学」より引用

諸法・・・この現実世界において、様々な姿・形をとって現れている「すべての現象」
実相・・・「真実の相」、すなわち「真理」。天台大師によると、「相」の字は、「真理は見えないが、諸仏が確かに覚知した壊せないものであることを示している」(法華玄義)
十如是・・・見えないが、実在する実相。如是とは「このような」という意味で、それぞれの現象、個々の生命(諸法)について、仏は「このような相(如是相)、このような性(如是性)・・・」と実相を知見した。

真理(実相)といっても、どこか遠い別世界にあるというのではない。具体的な現象(諸法)から絶対に離れず、あくまで、この具体的な現実(諸法)の真実の姿(実相)に、英知を集中させている。
現実世界(諸法)から決して離れない決心−これが仏の心なのです。
同時に、現実世界(諸法)の表面にとらわれず、そこに秘められた偉大なる真実の姿(実相)をとらえ、教え、開いていく−これが仏の智慧なのです。「諸法実相」という言葉の中に、仏法の徹底した「現実主義」と「現実を超えていく智慧」が込められているのです。

十如是 意味
如是相 外に現れて見分けられる姿・形など。事物の表面に現れる「物質的」「肉体的」側面の特徴 個々の生命の本体を3つの角度から見たもの
三諦(空・仮・中)
三身(法・報・応)
如是性 内にあって見えない性質、性分、可能性など。事物の容易に変わらない諸特徴。天台は、如是性の究極は仏性だといっている
如是体 相と性をあわせ持った主体。相・性を担う身と心を含めた生命全体、生命の本質そのもの
如是力 色心の潜在的な能力。内に在って直接的な原因として、結果を引き出すはたらき 隠された可能性。生命の本体が具える力、はたらき
如是作 力が色心に現れた働き。現実のうえになんらかの姿形ある結果を示す「作用」
如是因 個々の諸法それ自身の中にある変化の原因。行動・発言・思考・感情など、自身が行った種々の行為 因果
変化しうる開放性
如是縁 変化を促す内外の条件、間接的な原因。主体的要因から結果を引き出す契機となる補助的要因
如是果 変化によって得られた直接的な結果。因と縁が合わさって生み出される直接的な結果。生命に刻まれた結果を指す
如是報 結果によってもたらされる報い。はっきりと分かる形となって現れる
如是本末究竟等 如是相を本とし如是報を末として首尾一貫して等しい 仏が悟った実相においては、仏の生命(本)も、九界の衆生の生命(末)も、詮ずるところ(究竟して)妙法の当体として等しい。いかなる衆生も、自身が妙法の当体であるという実相を悟れば仏となる