六難九易 創価学会ホームページより転載
法華経見宝塔品第十一では、六難九易を説いて、滅後に法華経を受持し、弘めることが困難であることを強調し、菩薩たちに、釈尊滅後に法華経を弘通する誓いを立てるように勧めています。
「六難」とは、滅後に法華経を(1)説き、(2)書き、(3)読み、(4)一人のために説き、(5)意義を問い、(6)受持することが困難であること。
「九易」とは、例えば、「須弥山を他の無数の仏土に投げ置くこと」「大地を足の甲に置いて梵天まで登ること」「乾いた草を背負って大火の中に入っても焼けないこと」「ガンジス河の砂の数ほどの経典を説くこと」などの九つです。
ここで九易として挙げられている九つの事例は、いずれも、普通ではとても為しえないことですが、滅後悪世に法華経を弘める六つの難事に比べれば、まだ易しいことであると説かれているのです。
このように説いて、至難中の至難事である滅後悪世の法華経弘通を勧める仏意を強く示しているのです。
大白蓮華2004.10より転載
六難九易は、いわば「仏意」を表現しているのです。仏は、滅後における法華弘通の至難なることを明確に示しながら、厳然と「誓言」を述べるように勧めているのです。
それは”「誓い」を立てて法華経への信を確立すれば、乗り越えられない難はない”という、末法の法華経の行者への厳然たるメッセージであると考えられる。・・・・
肉体的な力がなかろうと、神通力がなかろうと、智慧がなかろうと、誰人であれ確固たる誓いをもって仏とともに歩めば、無限の力、無限の勇気、無限の智慧がわき、いかなる大難も越えることができるという、無限の希望のメッセージが込められているのではないでしょうか。